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煌びやかな演出で紫色の照明を使ったようだが、今では不気味さを助長している。鳥山たちの顔も紫色に染まっている。厳しい表情で塩気のある乾物をゆっくりとした動作で食べていた。
「火野翔馬はやっぱり亡くなっていたんですね」
蓮口は悲愴を纏う声で呟く。
「越本は幽霊がやったと言いたいらしいな」
鳥山は咳払いをし、不服そうに口を歪める。
「もし越本がやっていなかったとしても、死体が出てこない以上どうにもならないですね」
楠木は困った様子でおでこの皺を寄せる。
「捜査資料には、火野翔馬の血痕が倒れた木に付着していました。一度刺さった後、誰かが抜いてどこかへ運んだと推測されていたようですが、それを示す証拠は発見されず……」
「でも、4人が実行した計画で作った板はそのままあったんだろ?」
楠木はカクテルグラスを持って蓮口に聞く。
「はい。ですけど、写真の中の枝の部分に本物の血が塗られていたんですよねぇ。人間の」
「誰の?」
「安西美織のものだ」
捜査資料を見ずに答えた鳥山に2人の視線が集まる。
「だろ?」
鳥山は俯いていた顔を上げて確認する。
「……はい、ただ致死量に至るほどの量ではなかったので、安西美織が死んでいるかどうかは不確定です」
「何が真実か分からなくなってきたなぁ」
楠木はグラスを 1度回して、水色のお酒をほんの少し口に入れる。
「ま、続きを見よう」
「はい」
蓮口はマウスパッドで次の動画をクリックする。険しい顔になるも、動画の再生ボタンを押した。蓮口の表情がそうなるのも頷けた。次の動画のタイトルに奇怪な変化がある。
「文字化けにしては不自然だな」
「はい……」
以前の動画の他のタイトルはなんともなっていないのに、この動画のタイトルだけが文字化けしている。
だが、蓮口は別のことも気になっていた。
「この文字化け、規則性ないですよね」
「規則性?」
「はい。普通もっと規則性のある文字化けをするはずなんですよ。漢字とカタカナとか、アルファベットと記号とか」
「へ~、まあ動画は再生できるみたいだぞ」
楠木は指を差した。瞬間、画面キャプチャーの中に映像が入った。
さっきと場所は変わったようだ。四角い机の上に置かれている傘を差したスタンドライトが黄色く点滅している。ゆっくり消えたり、ついたり。机に肘をかけている越本の側で何度も繰り返している。幸い、天井から降り注ぐ明かりは正常なようだが、越本は異常を示すスタンドライトを消さない。いや、消せなかった。不意にそういう考えが巡った。
越本は真顔でカメラを見つめている越本の右には大きな本棚がある。床には何冊かの本が乱雑に放ってある。
「僕らは謎の女性の声に困惑しました。その声に聞き覚えはない。ボイスチェンジャーを使ったような声でも、バーチャルな声でもない。生身の人間が放った声。
みんながそう感じました」
「最初から前置きなく話せるよな」
楠木は愚痴を零す。
「火野翔馬が誰に殺されたか分かりませんでしたが、早くこの山から下りた方がいいと言った山口春陽の促しを、断る理由はありませんでした。山口春陽は薙ぎ倒されて積み重なった木々を上っていきました。僕らもそれに続き、倒れた木々の上に足をかけ始めました。友達を置いて立ち去るのは胸が痛みましたが、やむを得ません。
先に山口春陽が木々を越え、反対側に下りました。僕らも下り始めるところでした。僕らが後に続いていることを確認した山口は走り出しました。
すると、普段聞き慣れない風音が、僕らの鼓膜を揺らしました。不快な音。
思わず僕は速度を緩めていました。誰かがその音について問いかけた時です。僕らの目の前で、山口春陽がこけたんです。豪快にこけた山口を見た時、僕らの足は完全に止まりました。
理解を要するのに数秒、なぜそうなったのか、僕らの思考の次元を超えていた。山口はなんてことなく立ち上がろうとしました。
僕は思わず大きな声で制しました。山口は僕の声に振り向き、事態を把握しました。山口の膝から下の足は山口の体から離れ、血を流していたんです。
山口はそれまで気づいていなかったんでしょう。痛みを自覚し、恐怖と共に絶叫しました。
おぞましい光景に誰もが不安定な生理反応や心理反射を示し、すぐに助ける行動を起こせませんでした。山口は助けを請いました。
本当は助けたかったです。けど、綺麗に切断された両足の切断面が見えていたんです。鮮血がピンク色の切断面から滲み出ている。あんなの、警察の方でも見たことないでしょうね」
蓮口は眉を顰めて今にも吐きそうな口をモゴモゴさせている。
「考える暇もなく、林の中からカサカサと葉の音が鳴り、鳥たちが空へ羽ばたく姿が見えました。すると、少しずつ木が傾き、道に倒れてきました。木は僕らの目の前に倒れました。それに続くように反対側にある林からも木が倒れました。4回ほどそれが繰り返され、僕らは一度下がることを強いられました。
木が倒れてこないことを確認し、前の道を見ました。僕らの行く手を塞ぐように積み重なった木々は、有刺鉄線の如くたくさんの枝が木々の上で張り巡らされていました。山口は、木々の下敷きになっていました。木々の下から出ている両足はピクリとも動きませんでした。
だみ音を響かせる風は未だ鳴っていました。風は地面の砂を舞い上げ、細かい砂を林の中に連れて行きました。すると、何もないところでトンッ! という音を鳴らしました。地面に生えていた草が一瞬宙に飛び上がり、地面に落ちたのを見ました。
また、誰かの体が切られる。僕らの頭に過った残像は、僕らを恐怖の底に突き落としました。
僕らは山荘に向かって逃げ出しました」
飲み込む音が鳥山たちのいる部屋の中で聞こえた。不快な音を聞いて、鳥山と楠木は蓮口を見つめる。
「大丈夫です」
「無理すんなよ?」
「はい……」
その最中、画面の中の動画では、越本が缶ジュースを飲んでいた。越本は飲み終わった缶を机の上に置き、カメラに視線を戻す。
「僕らは山荘の中に駆け込みました。冷や汗が止まらず、息は掠れていました。白川は腰が抜けて泣き、三嶌はキッチンのシンクに吐いていました。普段取り乱すことのない安西も顔面蒼白でした。宮橋はソファに座って頭を抱え、俯いていました。僕の手も小刻みに震え、膝が笑っていました。
白川は後悔の言葉を漏らして、上体を前に倒しました。僕は早く助けを求めた方が良いと思っていましたが、何をすればいいのか、考えが上手くまとまっていきません。
宮橋は歩き出し、暖炉を見ました。暖炉の中は灰ばかりの残骸しかありません。すると、宮橋はリュックの中に紙がないか尋ねてきました。何をする気か問いかけると、山火事を起こすと言い出したんです。
僕はまずいんじゃないかと思い、血迷った宮橋を止めようとしましたが、宮橋は、人がこれ以上死んでもいいのか! と怒鳴ったんです。もう手段を選んでられる状況じゃない。そう考えるのは妥当でした。
僕らは、人間ではない何者かの亡霊に殺される。そう考えていましたから。
安西は探してくると言って2階へ上がっていきました。僕は三嶌と白川が心配でしたが、気の利いた言葉をかけることもできませんでした。必死に自分の精神を保つのにせいいっぱいで、僕はこれからどうなるのか、不安と恐怖に支配されていたんです」
その時、机の上に置かれていた缶がカメラに向かって飛んだ。しかし、カメラには届かず、手前で地面に落下した。ジュースが床に広がり、落ちていた本たちを濡らしていく様が見受けられた。
越本は落ちた缶を見ていたが、反応は薄い。驚いているようにも見える。言葉も出ないほど驚いているのかもしれない。
越本はゆっくり立ち上がり、カメラに近づいた。越本の腹で画面が一瞬覆われ、映像が素早く横に流れる。窪みのある赤茶色の壁を映して止まり、ゆっくりとカメラが移動し始める。
「安西がレシートや経済情報雑誌を持って戻ってきました。宮橋はキッチンのガスコンロの火をつけようとします。しかし、何回点けようとしても火はまったくついてくれません。昨日すき焼きで使ったカセットコンロもダメでした。
暖炉の上にあったライターも、なぜかつきませんでした」
2人がやっと通れる間隔の通路。両側にところどころ隙間のある本棚が見える。それでも本の数は100を優に超える数がありそうだ。
窓がないせいか他の部屋よりも暗い。突き当たりに入り、本棚の端の側に座高の低い箱椅子がある。うっすらと埃を被っていた。越本は座面の埃を払って座った。
「どうにかして火をつける。僕と安西も部屋の中を見回しながら考えました。宮橋は動き出し、コンセントの穴に近づきました。安西は血相を変えて止めました。
宮橋は、これしか方法はないと言いましたが、安西はその後のことを考えていました。
これから夜が来る。ショートさせて電気が使えなくなれば、殺しやすい環境が整ってしまう。その隙に犯人が襲ってくる。
安西の説得に宮橋が折れ、謝りました。でも、幽霊なら電気くらい使えなくすることくらい簡単です」
カメラは反転し、越本の顔のアップになる。カメラが下り、越本も下を向き、カメラ目線になって自撮りを行う。
「安西は早口にこれからやることを指示してくれました。
備品室、あるいはワイン蔵なら代わりのライターがあるかもしれないから探すこと。
車を斧で壊して、火花を起こして爆発させれば火を起こすことができる。車から油を出し、林の中に続くよう地面に撒けば、引火して火が勝手に林の中に回る。引火しやすい物をかき集め、火の動線を作ること。車のフロントの中にあるバッテリーを壊して火を起こすこと。それが安西の考えた助けを呼ぶ方法でした。僕たちは協力してそれらを探すことにしました。
三嶌はようやく落ち着きを取り戻し、探しに行こうとしましたが、僕は引き留め、白川の側にいるように言いました。
安西と宮橋はライターを探しに行き、僕はワイン蔵にあった斧を取りに行って、部屋という部屋から燃えやすい物をかき集めました。そして、キッチンにあった油を取ろうとした時、僕の視界の端に黒い影が見えたんです。キッチンの窓の下から出ている黒い影は、山なりの形をしていました。細かい黒い線と質感からして、咄嗟に人の頭だと思いました」
越本は顔を逸らし、本棚の壁横を背にして、左右ずつ後方を見る。カメラに視線を戻し、安堵のため息を零した。
「一旦動画を切ります。ご視聴ありがとうございました」
ガタッと音を鳴らして、画面が揺れて暗くなり、動画は止まった。すると、素早く立ち上がった蓮口は口を押さえながら急いで出て行った。
鳥山と楠木は顔を見合わせる。楠木は肩をすくめて小さく笑った。
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