大学生集団失踪事件の真実14 作成日時 2137年01月11日17:24
蓮口の指がパソコンの前で踊り、動画が再生される。鳥山はトイレから戻ってきて、画面に注目しながら座る。
人のお尻のアップなった。ジーンズの後ろポケットが見え始め、越本がソファに歩いていく。越本が振り返って座り、ソファが軋む音を立てる。
相変わらず音質は良くなっていない。
越本は前のめりになって口を開く。
「前回まで、白川琴葉が行った山口春陽の偽物の死体の話をしました。白川琴葉は偽物の死体を投げ入れた後、屋根裏部屋へ逃げました。その後、山荘に残っていた宮橋、三嶌、火野、僕は 2階に上がって窓から外を確認していました。怪しい人影すら見つけられなかった僕らは、この事件の発端に気づき始めた火野の部屋に集まることになりました。
その間、安西美織と山口春陽は 3つ目の死体の設置作業に取りかかっていました。
安西たちは僕らが火野の話を聞いている間、山林の中に平たい板を浮かせました。山荘の 2階の窓、つまり、宮橋の泊まっていた部屋、『essence』の窓の高さまで脚立で登り、事前に写真を撮っていました。安西美織の死体があたかも串刺しになっているかのように加工して板に貼り、枝や幹にくすんだ白いロープで括り付けました。
この作業は僕らに見つかってしまう危険もありました。そこはかなり賭けだったようです。火野の部屋が北側に位置していることも幸いしていました。
安西と山口が作業していたのは山荘の東、つまり、井戸のある方角です。正確には東北東です。そのため、僕らに見られる心配はありませんでした。それを知った安西たちは、堂々と作業を進めることができました」
鳥山は目を瞠った。ぼんやりと越本の右に何かが浮かんでいることに気づいたのだ。うっすらと映り込む人の影。人の影は透けており、赤い革製のソファは見えているものの、確実に何かが見え始めている。
2人の様子を窺うように視線を振ってみるが、蓮口と楠木は動じていなかった。気づいていないと思うが、ここで口にしても何も解決しない気がした。そして口にすれば混乱を生む、そう考え、鳥山は再度画面に注意を向ける。
「しかし、問題はまだあります。『essence』の部屋の窓から見て、違和感がないようにしなければなりません。枝の向きや位置、背景に溶け込むように写真の位置を調整する必要があったのです。
そこで、安西たちはレンタルした腕時計型無線機で連絡を取り合うことにしたのです。写真の位置を確認したのは白川琴葉です。宮橋の部屋に入り、窓から写真を確認して、外にいる安西たちに位置を教えていました。そして、三嶌は腕時計型無線機を送信状態にしたまま、僕らの行動を3人に知らせていたんです。
僕らは火野の話を聞き終え、外部からの侵入を防ぐため、厳重に施錠を行いました。しかし、三嶌は僕らの目を盗んで風呂の窓の鍵を開け、安西美織と山口春陽の侵入経路を作ったのです。その後、安西と山口はワイン蔵に逃げました。
三嶌は僕らを『essence』に誘導しました。三嶌は僕らの隙を見て、腕時計型の無線機をベッドの底に両面テープで取りつけます。
そして、白川琴葉が三嶌の腕時計型の無線機に恨みの言葉を送り、その場にいた宮橋と山口を窓に誘導させたのです。友人が立て続けて死んでいく光景を目の当たりにして、火野はパニックになり逃げ出しました。
練りに練られた計画は功を奏し、僕らは火野を
すると、蓮口が丸い目をして呟いた。
「誰か隣にいませんか?」
「え?」
楠木は蓮口の隣に視線を振っては、辺りを見回し始める。
「いや……動画の方です」
「……ボケたんだよ。それでどこだよ」
楠木は拗ねたように言い、画面に目を向ける。
「ここです」
蓮口は画面の右側を指差した。
「人に見えるな」
「これで怖がらせてるつもりなんですかね」
「CGなんてこんなものだろ」
右に表れていた人の影はさっきより存在感を示していた。形だけでなく、色まで付き始めている。体や顔のほとんどが画面から見切れている。下ろした長い髪やジーンズや裾にフリルのついた服で、女性というのが辛うじて分かるくらい。
だが、3人にはその服装に見覚えがあった。
「白川琴葉じゃないですか?」
「たぶんな」
鳥山は蓮口の問いに頷く。
「僕と宮橋まで
一方、いくら探しても火野は見つかりませんでした。大声で呼びましたが、反応もありません」
越本の左側にも誰かが座っている。またしても見切れている。今度は男性らしい。
横を刈り上げた短髪の男、革ジャンを着ており、画面の中に入っている左手の指には大きな銀色の指輪が見える。
越本は2人の存在を気にかける様子はない。
「落葉樹林の中に入ってしまったのではないか。火野の姿が見えないことを不思議がった宮橋はそう言いました。
しかし、白川や三嶌は火野の慌てぶりを思い出して、まだ笑っていました。火野は根性なしだから、1人でこんな林の中に入れるわけがない。その辺でおもらしでもしてうずくまってる。2人は心配どころか、火野の悪口をずっと言っていました。
僕らは山荘から出て、大分歩いていました。更地となった土の道路の先には、薙ぎ倒された木があることを思い出しました。よくよく考えたら、あの時越えようと思ったら越えられたんです。
山口と三嶌の誘導にそう思わされただけだったのだと気づいたのです。そんなことを考えているうちに、薙ぎ倒された木々が見えてきました。すると、人が木々にもたれかかるように座っていました」
越本の顔が蒼白した。目を見開き、網膜にこびりついた残像を凝らしているようだった。
「黒い革ジャンを着た男でした。僕は火野を名を呼びました」
越本の左にいた男の手が動いた。ふわりと浮かぶように動いた手は、越本の肩に触れた。
「だけど、火野は僕の声に反応してくれませんでした。気づいてないのかもしれない、僕はもう少し近づいてから呼ぼうと思いました。でも、僕の予想は大はずれでした。火野は気づいてないんじゃない、気づけなかったんです」
越本の唇の動き、口調が緩んでいた。明らかに常軌を逸している人の声色だった。
「僕らの足は自然に止まりました。誰が合図したわけでもありません。これ以上近づけなかったんです。火野翔馬は、大きな目を開けて、僕らを見ていたから。
薙ぎ倒された木から生えた枝が、火野翔馬の額を貫いていました。開けられた穴から滴る赤い雫は、鼻根からほうれい線、口の両端から顎へと伝っていました。火野の背中は木々に力なく預けられ、両足は投げ出されていました。
僕と宮橋は呆れて笑みを零しました。もうこんな冗談に付き合ってられないと、泊まり込みでテンションに身を任せた馬鹿な大学生のお遊びはここまでにしよう。そう言いたかった。
でも、計画を実行していた4人は、演技とは思えない驚いた顔をしていたんです。僕と宮橋は言いたかった言葉を最後まで言えず、体を吹き抜ける寒風に身を凍らせました。
山口は火野に近づき、火野の名を呼びながら震える手で肩を揺らしました。まったく力の入っていない体は生を感じさせないほどしなるように揺れました。半開きになった口から、白い息すら出ていない。
山口は僕らに振り返り、恐怖に染まった表情で答えました。
マジの死体だ。
僕は絶え間なく体を駆け巡る寒気を取りたくて、火野に近寄りました。火野の首に手を当て、反応を確認しました。肌の感触、生身の人間の寸分たがわず再現できるものなど、未だ存在しない。
だけど、僕の指先は何も感じさせてはくれませんでした。誤って付いた赤い雫は、僕の親指の付け根に生ぬるい温度を伝えました。そして、独特の生臭さ。本物の血痕と確信しました」
越本の右に座っていた白川琴葉らしき人物も、越本の肩に手を乗せる。2人は何がしたいのか。鳥山たちは理解に苦しむ。
「薙ぎ倒された木から伸びた枝は確かに火野の頭を貫いていました。木の枝が頭蓋骨を貫通した。枝で頭蓋骨が貫通するでしょうか? あれが人間の所業とは思えません。
僕らはこの状況を把握することでいっぱいになりました。困惑と悲哀、白川は震えるように泣き崩れ、山口は嗚咽するなど、あり得ない現実への拒否反応を示していました。
あまりの出来事に立ち尽くしていた僕たちの下に、メッセージが届きました。腕時計型の無線機が反応したんです。計画を企てていた4人はお互いに顔を見やっていましたが、誰も操作していなかった。
こもった雑音だけが流れている。僕らは声を無くし、安西たちの身につけた無線機の挙動に注意を向けていました。綺麗な声でした。
『行かないで。私を置いて、行かないで……』
無線機から聞こえてきた声は、悲しげにそう訴えてきました。誰もその声に聞き覚えはありませんでした。こもった雑音は消え、不快な静けさがそこに残ったのです。さっきの声は誰だったのか……。僕らには、分かるはずもありませんでした。
この動画はここまでになります。××警察署のみなさんも察しておられるかもしれませんが、僕らが経験した本当の恐怖は、ここからだったんです」
越本は不敵な笑みを零す。画面の奥から30年後に見ている人たちを
動画は越本の笑顔で止まった。3人の酔いも醒め、唾を呑み込む音が1つ鳴って、それぞれ顔を見合わせた。
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