大学生集団失踪事件の真実10 作成日時 2137年01月06日22:13
待てども待てども届いてこない。日々起こる事件の捜査に邁進し、動画のことも忘れかけていた。
そんなある日、蓮口はくたくたになりながら自宅に戻っていた。駐車場に車を止め、蓮口が出てくる。静かな夜の世界の片隅でドアを閉める音が響く。鍵のスイッチを押して、ドアの取っ手に手を入れて引いてみる。鍵が閉まっていることが確認でき、一息つく。
息が白くなり始めた季節になったと身をもって感じる。迫りくるクリスマスから彼女欲しいなぁなんて漠然とした欲求が湧き起こるも、ふわっとし過ぎて結局行動を起こさない。忙しさを理由にしてしまうほど、最近の仕事は体にきていた。でも、そろそろ仕事も落ち着いてくるという見通しも立ち、休みも取れそうな雰囲気があった。有給でも取って、友達に合コンでも開いてもらおうと考える。
蓮口はマンションの中に入り、すぐ正面にあるマンションの集合ポストに近づく。106のポストを開ける。チラシや光熱費の支払い明細がある中で、茶色の封筒が見えた。宛名には『××警察署のみなさん』と書かれていた。
蓮口は目を瞠った。振り返ってみるが、誰かが見ている様子はない。蓮口は怖くなり、携帯を取り出し、楠木に電話をかけた。
数日後、蓮口、楠木、鳥山は前回と同じ大衆居酒屋に集まった。予約で個室を取り、襖を閉めた。テーブルには既に料理が並び、ノートパソコンも準備万端だった。蓮口は鞄から茶封筒を取り出し、テーブルの上に置く。
「字体は似てるな」
鳥山は身を乗り出し、茶封筒を見る。楠木は封筒を手に取り、部屋の電気に茶封筒をかざす。茶封筒の中にマイクロSDカードのシルエットが見えた。茶封筒の後ろには、前回と同じように『大学生集団失踪事件の容疑者』と書かれている。
「特に変わった様子はないな」
楠木はそう呟き、封筒を開ける。封筒を傾けると、黒い小さなチップが掌に落ちた。楠木は蓮口にマイクロSDカードを差し出す。蓮口は指先で取り、パソコンに繋いでいく。
パソコンからマイクロSDカードを読み取ったという文字の表示と共に、電子音が鳴る。蓮口はパソコンを操作し、ファイルを開いた。動画ファイルが14もある。同じようなタイトルがあることや作成者の名前が越本薫であることから、この動画はあの続きということは確定した。
「演説はまだまだ続くみたいですね」
蓮口は茶化すように言うが、3人に笑みはなかった。
「じゃ、行きます」
蓮口は動画ファイルを開いた。キャプチャー画面が表れ、読み込みが行われる。数秒後、キャプチャー画面に越本薫が木製の椅子に座っている姿が映った。横にはテーブルがあり、越本が座っている椅子の反対側にも同じ椅子がある。
越本は座っている椅子と共にカメラに正面を向けていた。その後ろ壁には、最初の脅迫文が映っている。2階のどこかの宿泊部屋だと思われた。
「××警察署のみなさん、お久しぶりです。お待ちかねの越本薫です」
「ふざけやがって」
鳥山は険しい表情で悪態をつく。
画面も音声も異常は見られず、綺麗な物に戻っていた。
「あなた方に逃げ場ありません。この動画を観た時点で、あなた方との契約は成立したんです。時が戻らないことを嘆いても、虚しいだけです。
お忘れかもしれませんが、××警察署のみなさんの優秀さを信じて、前回までのことは割愛させていただきます。××警察署のみなさんであれば、まだ動画を持っていることでしょうから、また以前の動画を観ていただければと思います。
さて、前回からの続きです。僕らは外部から侵入経路を徹底的に塞ぎ終え、昼食を取りました。1階には山口春陽の遺体が焼かれた臭いが残っていました。ここで食べるのはさすがに気分が悪いと言った三嶌の提案で、宮橋和徳の泊まっていた部屋、『essence』で食べることにしました。
会話はありません。ワイン蔵に保管されていた魚の缶詰は簡単に喉を通ってはくれませんでした。それでも、この異常な環境下で生き延びるためには、食べておいた方がいいと思いました」
すると、越本は立ち上がり、カメラに近づいて行く。カメラの画面は越本の腰に隠れて暗くなる。
数秒後、画面が動き、ドアを映す。カメラはドアに近づいて、越本の手がドアノブに伸びた。カメラはドアを開け、廊下に出る。ドアの閉まる音が鳴り、カメラが廊下を進み出す。
「部屋の名前が独特ですよね」
蓮口が呟く。
「まあな」
「わざわざ越本が部屋の名前を言ってるのって、何か意味があるんですかね?」
「俺たちに想像してもらうためだろ」
楠木は画面に意識を向けたまま返答する。
「まあ、そうですよねぇ」
「なんだその反応」
楠木は不満げな顔をする。
「あ、いえ、なんでもないです」
蓮口は慌てて取り繕う。
「昼食を食べた後も、僕らは何か会話をすることもありませんでした。ただ時が過ぎていくのを待つだけの時間は、とても長く感じました。
すると、三嶌璃菜がすっと立ち上がって、トイレに行ってくると告げました。その時、トイレには僕が同行することになりました。何があるか分からないため、トイレに行く時も2人で行動する、安全を確保するためにはやむを得ませんでした。
僕と三嶌は1階へ下りました」
画面も1階のリビングへとやってきて、キッチンに向かって行く。
「三嶌はキッチンの右にある廊下の前で振り返り、『ここでいい』と言ってきました。三嶌もさすがにトイレの音まで聞かれたくないようで、恥ずかしそうに言ってました。
そういう素直な表情を見て、今抱えている不安や恐怖が和らいでいくのを感じました。その時、僕がどういう表情をしていたかは分かりませんが、三嶌は少し怒った表情をしていました。何か言ってくるわけでもなく、三嶌は暗い通路を携帯の明かりを灯しながら進んでいきました」
越本は楽しそうな声で話した。まるで昔話をして懐かしんでいるようだった。
カメラはキッチン横のスペースにゆっくり振られた。右側にトイレ、風呂や脱衣場、ワイン蔵へ下りる階段がある通路の入り口が見える。大きく設けられたスペースに、冷蔵庫や食器棚がある他、展示物も飾られている。
「僕は展示物に目をやりました。アンティークのオモチャや民芸品が並んでいました。他にも写真が壁に飾られていました。写真は風景が多かったですが、写真の中には、この山荘の持ち主の宮橋和徳の親父さんと、幼い宮橋和徳の写真がありました。ですが、人物写真の中には、誰か分からない写真もありました」
越本は写真に近づいて行く。その写真はとても古い写真だった。カラーではあるものの、色褪せてきている。大きな犬を隣に座らせ、椅子に座る男性。この山荘のリビングで撮られた写真のようだった。
スマートな体型をした男性は、カメラに向かって笑っている。普通の男性ように見える。
「僕はこの男性について、後で宮橋に聞いてみようと思いました。その時、山荘の中に叫び声が轟きました」
カメラはキッチンから階段の手前に向けられた。
「声は2階から聞こえてきました。すると、階段を駆け下りる音が聞こえてきました。僕は思わず身を竦めました。
階段を下りてきたのは、恐怖に染まった表情をした火野翔馬でした。火野はソファに飛び込むように乗って伏せました。頭を抱え、体を震わせる姿は異常と言わざるを得ませんでした」
カメラはゆっくりソファに近づき、見下ろすようなアングルになる。
「僕は何があったのか声をかけましたが、火野は何も答えませんでした。僕は嫌な予感を覚えました。宮橋和徳の身に何かあったのかと。
その時、足音がして咄嗟に振り向くと、青ざめた顔をした宮橋が立っていました。僕は安堵したものの、余程のことが起こったと感じていました。
三嶌も駆けつけ、火野の様子に戸惑いながら何かあったのか尋ねてきました。僕は宮橋に視線で投げかけました。宮橋は小さく口を開き、『美織は死んでた』と言ったんです。
これにより、僕らを狙っているのが外部の者だと分かりました。しかし、僕がそう思っていただけで、宮橋は違う見解を示したんです。安西美織を手にかけた者は人間じゃない、宮橋はそう思ったようでした」
「馬鹿馬鹿しい」
楠木は鼻で笑う。
「僕はひとまず宮橋の話を聞くことにしました。僕と三嶌が出ていってしばらく、白川琴葉の声が聞こえたそうなんです。でも、どこから聞こえてきたのか分からなかったそうです。白川琴葉は、『あなたが死ぬまで一生恨む。悪い虫を潰した。安西美織とか言う、人の男に手を出した女。信じられないなら窓の外を見て』と言いました。
白川琴葉の声に従って窓の外を覗くと、5メートル以上の落葉樹林が広がる景色の間から人が見えました。人は1本の落葉樹林の太い枝に串刺しにされたような感じだったそうです。空から人を落として串刺しにしたとしか思えないと、宮橋は言いました。
僕は半信半疑でした。何かの見間違いじゃないのかと尋ねましたが、串刺しになった人は、安西美織と同じ服を着ていたと証言した宮橋は、力なく階段に腰掛けました」
画面は切り替わり、また『essence』のドアの前に来ていた。
「僕は階段を駆け上がり、このドアを開けました」
越本の声の通りに、越本がドアを開ける。
すると、部屋の奥で佇む人影が画面に映った。長い髪の女性は窓の外を見ていた。その女性がゆっくり振り向いた。
越本のカメラは素早く下を向いて、一瞬にして後ろに向くが、すぐに下に振られてはまた後ろを向く。ドカドカと大きな足音が響いている。
画面は天井と床が逆になっているし、ほとんどが床が映っている有様。越本は走っているようだった。
越本は階段を素早く駆け下りていく。その瞬間、映像が途切れた。
蓮口は重い息を吐いた。
「作り物だと分かってても、やっぱり怖いですね」
「こんな物観ながら飯食ってる刑事なんていないだろうな」
楠木は目をしばしばさせてぼやく。
「蓮口、女が映ってるところまで戻して止めてくれないか」
鳥山は真剣な表情でそう言った。
「えっ」
蓮口は鳥山の様子に違和感を抱いて楠木に視線を振るが、楠木も怪訝な表情をしていた。
「分かりました」
蓮口は戸惑いながら動画を巻き戻す。調整して、女性が映っていた場面に戻す。しっかり女性が見える。窓の外には落葉樹林と思われる木々が確認できた。窓から光が差し込み、後ろ姿こそ逆光になっているが、振り向いた瞬間、色映えした服と顔が露わになっていた。
鳥山は血走った目で画面を凝視する。
「白川、琴葉……」
鳥山は愕然としてそう呟いた。
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