真実はすぐ側にある

 手の中にあるゴールドの携帯を揺さぶって見つめる越本は、感傷的な声色で言う。


「僕は、宮橋にこの携帯を壊されました。まあ、画面が割れて水の中に落とされただけですけど。

あなたはこれに見覚えがありますよね?」


「……ない」


「あなたは、僕の遺体を運ぶ時、僕の携帯を沢に落とした。その時にできた傷です」


不意に鮮明な映像が頭の中に流れてくる。綺麗な水の中に落ちていた携帯。上から見下ろした携帯は、水の底に落ちても光を透過するほど輝きを放っていた。

楠木は頭を押さえる。


「宮橋は、みんなの遺体を2日かけて林の中の土に埋めた」


 楠木はふらつく体で壁によりかかり、立ってられなくなった。床に膝をつき、体を小さくする。四つん這いになって、呼吸を整える。


「俺は、誰も殺してない」


「安西が暴れていた時、宮橋は安西を蹴り倒し、床に頭を強く打った。島川はその時、意識の伝達ができなくなってやむなく離れました。

安西は意識を失い、その場に倒れていた。

僕たちが駆けつけた時は、間違いなく安西は生きていた。その後、僕らは宮橋に言われて荷物を取りにいった。安西の分も持ってくるようにと言い、時間がかかるように仕向けた。

リビングには倒れて意識のない安西と宮橋だけになる。宮橋はその間に安西の首を絞め、ワイン蔵の樽の中に入れて一旦隠しておいた。

全員を殺した後は、それぞれの遺体を運ぶだけです。ですが、あなたの目には違和感があった。僕を殺した時、返り血が目に入ってしまったからです」


目の痛み。赤い目。何もかもがこれまで起こってきた事件と合致する。


「俺は何もしてない。そもそも、宮橋が友達を殺す理由がない」


「この山荘への泊まり込みを言い出したのは、宮橋和徳です。宮橋はこの山荘の呪いについて知っていたんですよ。でも、ただの噂だろうと思っていた。

おかしいでしょ。オカルト好きの間でも有名な山荘が自分の家族の物になっているのに知らないなんて。噂だろうと思いながら、山荘の呪いについて調べたくなる。

この山荘に関わった者はたくさんいます。誰も彼も呪いにかかるわけじゃない。どういう関係でこの山荘に関わっているのか、関わった者の行く末、島川の想い。それらの情報を組み合わせれば、呪いにかからない、あるいは、呪いを解く方法があるはずだ。

宮橋は好奇心からそういうことも事前に調べていたんです。宮橋が飛び交う情報から選んだ方法は、山荘にいる者を自分の手で殺すことだった」


「それで、島川彩希の怒りが収まるわけがない」


「そうでしょうね。現にあなたは、呪いから逃れられていない」


 越本は呼吸すらまともにできない楠木の動揺っぷりを傍観している。


「島川彩希は戸惑っただけです。まさか誰かを殺そうとする人が現れるとは思わなかったんです。宮橋は生贄として、白川と安西、そして僕を殺したんです」


越本は声を詰まらせる。部屋に静けさが立ち込めていく。越本は切なげに楠木を見つめた。

すると、笑い声が聞こえてきた。思わず越本は目の前で肩を揺らす楠木に呆然としてしまう。異様なほど笑う楠木は、ひきつけを起こしている。楠木は丸めた体を起こし、顔を向ける。


「もう終わったか?」


 楠木は白い歯を見せて尋ねた。越本は厳しい顔になる。

楠木は体を反転させ、背中を壁に預ける。楠木が頬を掻き毟るように触ると、頬の肉がぐにゃりと歪んだ。

越本は、奇異な変化を見せる楠木が本当に生きている人間なのか、と疑いの眼差しを向けていた。


「お前の言ってることは、全てデタラメだ。俺と宮橋。地下社会? 整形? 臓器売買? どれもこれも空想だろ!」


楠木は息もからがらに怒鳴る。


「ご丁寧に領収書まで作ったけど、これが、宮橋和徳が俺になった確たる証拠にはならない」


「楠木将伸さんは警察を恨んでました。小学生の時に、警察は父親に罪を着せたんです。父親は誤認逮捕だったとしてのちに釈放されましたが、そのせいで父親の周りにいた職場や親戚から腫れ物扱いを受けました。父親は職場を辞め、アルコールに溺れて母親と息子に暴力を振るうようになった。そんな人が警察に入りますか?」


「本当の正義を、貫いたんだよ! お前に分かってたまるか!」


「じゃあ、この人はどう説明するんですか!」


 人の気配がした。振り返ると、いていたドア付近に人が立っていた。自分と同じ背丈の若い男性は、狼狽えて膝をつく楠木を悲しげに見ていた。すらっとしているが、恵まれた長身。昔の写真で見たことのある、若い時の楠木将伸が、そこにいた。


「お前がやったんだろ。幽世かくりよは、自分の世界の下でルールが作られる」


「全てを変えることはできない。ましてや、同時に霊体を出現させることなどできやしません」


熱い体と目を冷ましたがっているように上を向く。口を大きく開け、呼吸をする。感覚が遠ざかっていく体からは多量の汗。自分の前に現れた楠木将伸の霊体に嫌悪感を抱く。


「こいつは偽物だ! 早くここから失せろ!!」


越本は舌打ちをする。冷たく放つ目が近づく。

楠木は体を退いて、畏怖いふの念が滲む顔を逸らす。


「死体を見つけたいんですよね。 刑事なら、証明して下さいよ」


「教える、というのか?」


楠木は恐る恐る聞く。


「なわけないでしょ。僕は、あなたが宮橋和徳だと言ってるんです。みんなの遺体を隠したのが宮橋和徳なら、あなたは遺体の隠し場所を知ってるはずです」


越本は手を上げる。銃を作った指先が、楠木の頭に向けられた。


「あなたはもう知ってるはずですよ。真実は、あなたの頭の中にあります」


 越本は手を下ろし、楠木から離れた。ゆっくりと歩き、若い楠木将伸の霊体の前に立って頭を下げた。若い楠木将伸は微笑み、会釈を返す。すると、楠木将伸の霊はスーッと消えていった。

楠木は落ち着きを取り戻し、唾を飲む。自分の中で知らない何かが揺れている。どれもこれも不快極まりないものばかり。それしか分からない。楠木は突然立ち上がり、部屋を飛び出した。

島川は越本に目線を送る。越本は島川の目線に気づいて目を合わせるも、そこに喜びはない。

越本は重い体を背中からベッドに落とした。仰向けになり、両腕を横に伸ばして天井を見つめる。ずいぶん色褪せてしまった天井を見上げ、達成感と安堵に浸る。


「疲れたー……」


平凡な独り言が宙を舞う。越本はゆっくり目を閉じた。

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