大学生集団失踪事件の真実12              作成日時 2137年01月07日02:28

 3人はラストオーダーのお知らせを受けて、ビールを注文した。だだ下がりのテンションは顔に表れ、揃いも揃って死に顔。妙な雰囲気を察した店員は気まずそうに鳥山たちのいる個室へビールを運んできて、逃げるように去った。

襖を閉めた楠木は、そろそろここで観るのもやめた方がいいかもしれないと考え始めていた。

蓮口によれば、ここで大人 3人が怪しげな集会を開いているとの噂がネットに出回っているそうだ。ネットに投稿された日付と時間からかんがみて、自分たちのことを言っているのではないか。そう思うのは自然なことだった。


しかし、それはどれも根も葉もない面白噺になっていた。犯罪組織の計画密談とか、世界中の仮想通貨を一夜にして奪い、被害総額1兆2000億円を出したクラッカー集団、ファイブイノセンスのメンバーなんじゃないかとか。一時期ネットで流行った妄想に没頭する『妄没グミ』が賑わせているらしい。事を荒立てたくない案件なだけに慎重を期さねばならない。

その話も後でしようということになり、動画の中に意識を向ける準備を始めた。


 蓮口は動画の再生ボタンをクリックする。動画はまた奇怪な挙動を見せた。サーっと微かな雑音を響かせ、赤い革製のソファの入った映像を映す。ソファには人が寝転がっている。黒い長袖のシャツに赤いスラックスを着た男。さっきと同じ服装だ。

越本薫は一度ピクッと体をけいれんさせ、頭を起こした。周りを見渡し、カメラに気づいた。数秒凝視し、事態を把握したかのように上体を起こして座る。上体を前に倒し、乱れた髪をクシャクシャしてため息を落とす。顔を覆い、動かなくなってしまった。

越本の様子は動画が進む度に深刻な雰囲気を帯びてきている。これが演技だとは思えなかった。越本は覆っていた両手を下ろし、勢いよく立ち上がった。画面から外れ、どこかへ歩いて行く。

すると、水がシンクを打つ音が聞こえてきた。それはすぐに消え去り、数秒の間、砂嵐の音だけが続いた。

再びシンクに水が打つ音が聞こえると、咳き込む越本の声が入り出した。何度も咳き込み、えづくような音も聞こえる。それが1分ほど続き、越本の指が画面に入ってきた。カチカチと音が鳴る同時に、画面も少しだけ揺れる。揺れが収まって、越本が足が画面に入ってきた。

怠さを強調するように座った越本は画面を虚ろに見つめてきた。


「××警察署のみなさん、ご機嫌いかがですか? ごらんの通り、僕はこのザマです。僕はこんなことに巻き込まれました。僕の人生はあなた方にめちゃくちゃにされた……そう思っています。でも、分かったんです。どの道、僕はって」


越本は乾いた笑みを浮かべた。ひきつけを起こしたかのように笑う越本。相当精神を蝕まれているように見える。


「でも、僕は希望を持っていたんです。どうにかできるだろうと思っていた。この呪縛から解放されたら、また元の生活に戻れるって。その最後の希望を奪ったのが、あなたたち警察です」


一瞬にして真顔になった。低い声でそう言った越本はソファの背にもたれたまま、薄く口を開いた。


「それじゃあ、始めましょう。白川琴葉、山口春陽、安西美織。3人の死亡が自分のせいだと思った火野翔馬は、正常な判断力を失い、脅迫文を無視、あるいは気にする余裕もなくなった結果、山荘から逃げ出してしまいました。すると、三嶌璃菜はそんな火野翔馬を嘲笑あざわらい、スッキリした様子で僕と宮橋和徳に火野翔馬を探しに出かけようと促しました。僕と宮橋が困惑している中、死んでいたはずの3人が姿を現した。ここまでが、前回話したことです。

当時を振り返っても、馬鹿な質問だったと思います。僕は『本物か?』と3人に語りかけました。すると、クスクスと3人が笑い出し、『当たり前だろ』と山口春陽は答えたんです。山口春陽は暖炉の火の中のはずでした。今では火は消え、炭のガラクタになっていました。

『これは作り物だよ』と、本人は笑って答えました」


「嘘だあー」と大げさなリアクションをする蓮口。後ろに倒した体が店の壁にぶつかる。


「蚊帳の外にいる僕と宮橋は説明を求めました。まずは火野翔馬を追いかける方が先決だと、安西美織が言ったので、僕らは出かける準備をして、山荘を出ました。

全ては白川琴葉が三嶌に持ちかけた話から始まりました。

白川は火野翔馬の浮気性を疑い始めていました。浮気という微妙なラインを彷徨っているようなものしか出てこず、問い詰めるまではしていなかったんです。でも、火野の怪しい言動に疑いを持たずにはいられず、三嶌に相談したのです」


「とんだ肩透かしだったな」


 楠木は笑みを浮かべる。


「でもまだ動画がありますよ?」


蓮口は焼き鳥を口に含みながら口を開く。


「どうせ大した動画じゃないだろ」


「でも、もしこれが本当なら、まずくないですか?」


「何が?」


「だって……」


「おい、聞こえねえだろ」


鳥山は叱りつける。


「すみません」

「すみません」


2人は軽く頭を下げた。


「三嶌はその機に、昔火野と同時期に付き合っていたことを告白しました。白川琴葉は持っていた疑惑に確信を持ち、どうにかして仕返しをしたいと思うようになったんです。その話をしている時に山口春陽が合流し、火野翔馬の浮気を知ったようです。そこで山口が提案したのが、火野翔馬を怖がらせることでした。

3人で話し合い、計画を立てたんです。そこで舞台としたのがこの山荘でした。宮橋から泊まり込みの話を持ちかけられたことで、これを利用しない手はないと思ったそうです」


ずっと砂嵐の音が鳴り続けている。できればこの音を消したいが、どうすることもできなかった。ワイヤレスイヤホンを外したくなる衝動を我慢し、越本の話に耳を傾ける。


「以前から何度も山荘に泊まったことのある山口は、宮橋の案内がなくとも山荘に行くのは容易かった。3人は外から窓を覗いて、できるだけ中の状態を把握し、山荘の周りにあるものを入念に調べたようです。そして、泊まり込みの計画を進めると同時に、裏では火野翔馬をらしめる計画が進んでいたんです。

しかし、アイディアが思いついても、具体的にどうやって驚かせるかという点で行き詰ったそうです。火野翔馬を本気で怖がらせたい。白川と三嶌は、それくらいの意気込みを持ってのぞんでいたんです」


「ここまでやるんだ。女ってほんと怖い」


蓮口はしかめっ面をして呟く。


 越本はソファからまったく動かない。この動画を撮った時は動く気力もなくなっていたようだ。


「そこで白川は泊まり込みに参加する予定だった安西美織を頼ったんです。事情を説明して、快諾かいだくしてもらった白川は、安西美織の知識を借りて計画をより精巧せいこうなものにしていったんです。

そして泊まり当日、計画は実行されました。まず始めにやったのが、僕らの予想通り、睡眠薬の投入でした。しかし、すき焼きの中ではなく、缶ビールでした。無色透明の液体の睡眠薬を指につけ、堂々と僕らの目の前で塗っていたんです。

安西美織は口紅を塗っていました。安西美織はその日にわざと濃い口紅を塗ってきたんです。安西美織はいたずらに他人が飲んでいたビールを飲んでいました。他の人が飲んでいた物を口につければ、口紅の跡が残る。それを消すと同時に、睡眠薬を飲み口に塗った。他の人とは、僕と宮橋、火野だけでした。あとの3人は寝たフリをすれば良かったんです」


 突然、鳥山が前のめりになってパソコンの画面に顔を近づける。


「どうしたんですか?」


蓮口は問いかける。


「窓」


「え?」


蓮口と楠木はベランダの窓に注目する。


「しかし、火野は少ししか飲まないタイプで、安西美織が口をつけた頃にはまったく口をつけなくなりました。そうなることも予想済みで、別の方法で睡眠薬を飲ませる方法を用意していました」


 越本の話そっちのけで、3人は大きな窓を見ていた。窓は闇夜を映している。そこに映るとすれば、光に反射した壁くらいだ。それ以外のものが映っていた。

目玉。血走った大きな1つの目玉が、部屋の中を覗いている。3人は自分の目に見えている物を疑う。こんなものはCGで作ることなんて造作もない。自分に言い聞かせるように見ていたが、その目は瞬きをした。

その後、端から端まで横に伸びるいびつな筋が下から入ってきて、上へ流れていく。筋が窓を覗く目を通過した時、目はなくなっていた。

蓮口は寒気を覚え、体を退いて息を吐き出した。駆け上った悪寒を消すように体を擦る。


「夕食時に火野を眠らせることができなかった時は、白川琴葉が担当することになっていました。2人しか起きていなければ、火野は必ず自分たちしかいない場所に誘い出す。白川には確信がありました。白川の確信通り、火野は自分の泊まっていた部屋に誘い、2人きりの時間を過ごしました。白川はキリの良いところで風呂に行くと言って、火野の部屋を出ました。

白川は、火野の部屋の斜め前にある自分の泊まっていた部屋『embody』に行きました。大きなリュックの中に入れていたバスタオル、シャンプーとボディソープ、同色同型の上の服を2着とズボン、靴を取り出し、ジャンパーと懐中電灯を持って部屋を出ました」


「靴とジャンパーってことは……」


「ああ、ここで画策が行われた」


 鳥山は蓮口に続いて言葉を漏らす。


「1階に下りた白川は、リビングで寝ていた三嶌のポケットに髪を括っていた黒いシュシュを入れ、風呂に向かいました。白川は脱衣場でジャンパーを着て靴を履きました。後で着替える服を脱衣場のカゴに置いて、もう1枚の上の服だけを持ち、風呂に入りました。シャワーを出しっぱなしにしておき、ボディソープとシャンプーを置いておき、風呂の窓から外に出たんです。

その日は雪が積もっていました。足跡が残ってしまいますが、その点も対策を施していました。それは時期にお話ししましょう。

外に出た白川は、林の中の手前の地面を探りました。落ち葉の中に埋もれて、細いロープが隠れていたんです。それを辿って林の中に入ると、地面から突き出た石がありました。それはカモフラージュの布です。それをどければ、事前に置いてあったソリと骨盤までしかない人形と血のりの入った1つのポリタンクがありました。

人形は普通のマネキンではありません。色の付いたシリコンゴムで表面を覆い、人間の肌の質感を再現させたマネキンでした。それは経済界にツテのある安西美織にしか、調達できなかったでしょう」


「大学生ごときにそこまで人脈がありますかねぇ?」


 楠木は険しい表情で呟く。


「でも結構美人ですよ」


「おじさんキラーってか?」


「どうですか?」


蓮口は捜査資料の写真を見せる。


「アリだな」


「こんな女性にねだられたら日にはついつい言うこと聞いちゃうんじゃないですかぁ?」


蓮口は卑しい笑みで問いかける。


「ねだられても金がないから聞かないよ」


「いや、そこ抜きで考えて下さいよー」


楠木と蓮口は盛り上がるが、どこか無理をしているように見えた。


「安西美織はまだ無名の人形作家に依頼しました。その人形作家はリアルな人を作る作家として、人形好きの中で人気が高まっていました。それを知っていた安西美織は山口春陽、白川琴葉のマネキンを作らせたのです。

ここで気になるのがお金と時間でした。服で覆われる部分や必要のない部分は塗装を行わず、4人も作業に参加して手伝い、時間とお金を節約しました。安西美織は持ち前の交渉術で、経済界のおじさんたちに費用の大部分を負担させたのです。

人形の頭は別で作らなければリアリティのある人形にならないため、まず2人の顔、後頭部の型を首元まで取って骨格を作り、型の中に粘土を入れ込んで形成しました。バーナーで表面に焦げがつかない程度に当てて固め、接着剤で頭にカツラをつければ、リアルな影武者が完成するのです。

白川はソリに血のりの入ったポリタンクと人形を乗せ、目的の場所までソリを引っ張りました。その時、必ず一番高い屋根の端より、ほんの少し外側を沿うように移動したのです。屋根から落ちてくる雪で移動の跡を消せると思ったのです。白川は規則正しい移動を目的の部屋まで続け、そこで一旦止まり、一度ソリを壁につけました。

その真上には、白川琴葉のシュシュを見つけた部屋『gate』の部屋の窓がありました。そこから林の中にある井戸まで運びました。井戸の中に血のりを流し、人形に用意しておいた上の服を着せ、骨盤を下にして人形を落としました。これで偽物の遺体の設置は完了です。

誰かが井戸の周りにいたことを強調するように足跡を残して、ソリとポリタンクを持って来た道を辿り、風呂に戻ります。ソリとポリタンクを先に窓から風呂に入れ、白川は風呂に入りました。急いで脱衣場で服を脱ぎ、風呂に戻ってシャワーをしました。

人形が来ていた服と同じ物を着て、何食わぬ顔で風呂上がりを演じたのです。白川はソリとポリタンクなどを持って一度自分の部屋に戻りました。ソリとポリタンクを一旦自分の部屋に置いておき、睡眠薬をポケットに仕込んで部屋を出ました。

リビングに下り、白川はリビングからワインとグラスを持って火野の部屋に向かいました。1つのグラスの縁に睡眠薬を塗っておいて。

そして、火野はワインに混入された睡眠薬によって眠らされ、白川は次の行動に移ったのです。白川……にも……タンク……って……に……きま、し…………」


 画面がフリーズした。動画はもう終わる寸前だった。画面キャプチャーは勝手に閉じられ、デスクトップになった。画面の右端に『問題が発生したため、Media Player を停止しました』と表示された。


「今日はもう帰ろう」


鳥山がそう促して、蓮口と楠木は首肯し、個室を出た。

誰もいなくなった居酒屋の個室。テーブルの下から黒い髪がゆっくり這い出てくる。鳥山が座っていた座布団に長い黒髪が絡みつく。髪は座布団を呑み込むようにどんどんテーブルの下に引き込んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る