30年前の男からのメッセージ

國灯闇一

大学生集団失踪事件の真実1              作成日時 2136年09月22日10:34

 それは唐突だった。××警察署に届いた怪しげな茶封筒。茶封筒を太陽に晒すと、小さな固形物が見えた。1人の署員が茶封筒を開けて取り出す。マイクロSDカードが掌に落ちた。

普段なら捨てるところだが、茶封筒の裏には『大学生集団失踪事件の容疑者』と書かれていた。古株の強面の刑事は「馬鹿な!?」と驚嘆した。それは30年前に起こった事件で、既に捜査は打ち切りになっている。


性質の悪いイタズラの可能性も拭えなかったが、観ないわけにもいかない。マイクロSDカードをパソコンに挿入し、ファイルを開く。

ファイルは 9つ。動画のようだった。パソコンを操作する若い刑事は「開きますよ?」と2人の先輩に確認を取り、動画を再生させる。動画再生プレイヤーが開き、読み込みが行われる。緊張を呑み込む音の間に、映像が入った。


赤い革製のソファに座る男が画面の中央に現れる。男は若々しい肌をしている。年齢は10代後半から20代くらい。シンプルな群青色のパーカー姿で前のめりになって、両膝に両肘を乗せている。仏頂面で、神妙な面持ちを帯びている。

木製の板で造られた壁には年季の入り具合が窺えた。今のところ、画面からはそれしか情報を得ることはできなかった。


「××警察署のみなさん、初めまして。越本薫こしもとかおるです。この動画を見ている頃には、あなた方は僕の顔などもう覚えていないでしょう。それを見越して、僕はこの動画を送りました」


越本は無表情で淡々と語る。


「方法は未来郵便を使いました。封筒を調べてもいいですが、それを投書した人間は、この事件にまったく関係の無い人です。その人に辿り着いても、何も知りません。手渡したのは、30年前のこの僕です」


越本は体を起こし、姿勢を正す。


「僕がこの動画を送りつけたことに、みなさんは疑問に感じておられることでしょう。30年後に、僕はこの事件の真実をお伝えすることにしました。各メディアの報道によれば、僕がみんなを殺し、どこかに捨てたと、みなさんは思っているようですが、それは真実ではありません」


 越本はソファから立ち上がり、画面から外れる。数秒後、また画面の前に戻り、ソファに座る。

持ってきていたのはペットボトルのミネラルウォーター。蓋を開けて勢いよく飲んでいく。半分ほど飲んで蓋を閉める。ソファに軽く放り投げ、画面に向き直る。


「僕らは冬休みを利用し、山荘で2泊3日の泊まり込みをする予定を立てていました。山荘は、××大学経済学部2年の宮橋和徳みやはしとものりの親父さんのものです。泊まりの提案も、彼が言い出したことです。泊まり込みに参加したのは、同大学2年の同級生、火野翔馬ひのしょうま安西美織あんざいみおり三嶌璃菜みしまりな山口春陽やまぐちはるあき、宮橋和徳、白川琴葉しらかわことは、そして僕、越本薫の計 7名です。

僕らはレンタカーを借り、山荘まで車を走らせました。山口春陽の運転で山荘を目指しました。彼は以前にも山荘に行ったことがあり、運転すると自ら名乗り出たんです。ぱらつく雪の中、3時間ほどかけて山荘に着きました。今僕がいる、この山荘に」


「これ本物ですかね?」


若い刑事は2人に尋ねる。


「黙って聞け」


強面の先輩は威圧するようにとがめる。


「山荘があったのは、山々が連なる景色が見える辺境地です。人気ひとけもなく、時折鹿やキツネと出くわすような田舎でした。

山荘は、2階建ての古き良きおもむきのある大きなウッドハウスです。縦長の建物の左にテラスもあって、洋館のような外観でみんな気に入っていました。

宮橋和徳はドアの鍵穴に変わった形をした鍵を差し込んで開けてくれました。僕らは冷えた空気から逃れるように山荘の中に入りました」


越本は淡々と語っていく。声に覇気はなく、疲弊感を纏っている。


「2135年12月28日午後4時頃。僕らは山荘に着き、宮橋和徳に部屋を案内されました。寝室は個室で、鍵は内側からかけることしかできません。当然、外から開けることもできません。

僕らはそれぞれの部屋に荷物を置き、2時間ほどゆっくりしました。夕食の準備をするからと宮橋和徳に呼ばれ、リビングに集まりました。リビングは広々としており、キッチンまで見通せます」


 越本は周囲に視線をゆっくり這わせている。そして、越本の虚ろな瞳がカメラに向いて、画面の奥から見つめてくる。


「あらかじめ、食材はある程度持参すると決めていたので、それぞれのバッグの中はいっぱいでした。持ち寄った食材で、すき焼きをすることになっていました。キッチンで食材を切っていたのは火野翔馬と白川琴葉。

みなさんもご存知かと思いますが、2人は付き合っていました。僕らは2人に気を使って、リビングでカセットコンロやつゆなどを準備していました」


越本は立ち上がり、画面に近づいた。雑音が鳴ると、画面が揺れて反転する。画面は木造の室内を映す。

広がった部屋の中に、暖炉や大きなローテーブル、観葉植物などが映る。


「ここで、僕らは食事をしました。昔の外国の家の気分を味わえると、みんなはしゃいでいたと思います。すき焼きが出来上がり、食べ始めようと思った時、宮橋和徳が手に缶ビールを持ってきました。当時、彼はまだ未成年でした。羽目を外した僕らは、未成年がいる中で宮橋が大量に買い込んでいたビールを飲み、楽しい深い夜を過ごしました」


 越本が持ったカメラは部屋の中を進み、振り返って部屋の全体を映し出す。

いかにも山の中の家という感じのレトロな内装をしており、天井にはシーリングファンが回っている。その中には当時越本たちが囲んだローテーブルがあった。

壁の上部のあちこちから暖色のランプが部屋を照らす。おもむきのある部屋だったが、なんだか異質な感じがする。誰もいない部屋の中は寂しさを物語っていた。


「楽しい最初の夜の食事とお酒は進み、僕らはいつの間にか寝てしまったんです。今日はここまでにしておきます。ご視聴ありがとうございました。続きは次の動画を観て下さい」


越本の声が終わって数秒後、動画が止まった。

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