大学生集団失踪事件の真実5              作成日時 2136年11月04日10:57

 続けて次の動画を再生しようしたが、若い刑事には気になることがあった。この前の動画から何で日が空いているのか、若い刑事は疑問を投げかけた。

警察に見つかることを恐れ、日を置いた。友達が死んだ場所にずっといたくなかった。

3人で話し合ったものの、推測の域を出ていなかった。仕方なく動画を再生させた。

歪んだ音声を発して、動画が始まった。変な音はすぐに止んで、越本薫が現れた。カメラを手に持って、自分の顔を映している。


「午前 7時くらいでした。僕らは帰る準備をするため、部屋に戻りました。ここに3日くらいいた気持ちだったと思います。やっと帰れると安堵しました。昨日は雪が降っていましたが、朝には雲が残っているだけでした。

リュックの中に荷物を詰めていたら、部屋の様子に違和感を覚えました。見回してみると、部屋の壁に文字があったんです」


カメラが反転して、映像がぶれる。視点が定まると、壁に大きく書かれた文字が映った。

ハユルサナイ。コノイエカラデタラ、カナラズコロス』と禍々しい赤い文字があった。この壁の文字は捜査資料にも記載されており、事件性を匂わせる状況証拠として、当時の××警察署も留意していた。


「その時、女性の声が聞こえました。僕は咄嗟に廊下に出ました」


越本は部屋を出て、廊下にカメラを向ける。


「同じように他の人も顔を出していました。みんな真っ青な顔をしていました。誰の声だろうと思い、三嶌璃菜と安西美織を探しました。安西美織の顔が見えたので、声の主は三嶌璃菜だと思いました」


 カメラがゆっくり廊下を進む中、越本はナレーションをしていく。『fear』の表札のあるドアの前に立つ。ドアノブを握る手にカメラが振られる。ドアノブをゆっくり回し、ドアを前に押す。押された勢いでドアが部屋の中に押されて半開する。

カメラは部屋の中を進み、部屋の壁を映す。


「三嶌璃菜が泊まっていた部屋、『fear』に行くと、三嶌璃菜は部屋の中でしゃがみ、俯いていました。部屋の中に入ったら、同じ文章が三嶌の泊まっていた部屋の壁にもあったんです」


まったく同じ字体で、同じ文章が書かれている。


「文字から溢れるように、赤い雫が壁の下に伝っていました。最近書かれた物だと、一瞬で悟りました。僕は悪い冗談かと思いました。みんなの泊まっていた部屋にも、同じ文章が壁や床にありました。

が誰のことを示しているのかを話し合う必要はありませんでした。でも、そんな迷信を信じたくもなかった。何より、白川琴葉は友達です。友達が僕らを殺そうとする理由に、思い当たる節がなかったんです」


カメラを持ち続けて手が疲れているのか、時折画面が斜めになっている。

爽やかな印象の刑事は素人の下手な撮影に眉を顰め、足を組み直す。


「みんなが怯えている中、こんな悪戯に付き合ってられないと吐き捨てた山口春陽は、僕らに早くここを出ようと言いました。でも、三嶌璃菜はこれがもし本当だったら危ないと引き留めたんです」


画面が下がった。ギシとベッドが軋む音が聞こえた。越本がベッドに座ったと、容易に推測できた。


「意見が割れて、僕らは話し合いをすることになりました。宮橋和徳から、ワイン蔵に缶詰が大量にあり、食べ物に困ることはないと伝えられました。食事の心配がなくなったこともあり、結果、山口春陽と安西美織以外、当分ここに残った方がいいという意見になったんです。

しかし、山口春陽と安西美織は、みんなの反対を押し切って山荘から出て行きました。こんな山荘の中に留まりたくない気持ちはよく分かりました。だから、彼らを引き留めることができなかったんです」


 その言葉を機にして間が空くと、画面が切り替わった。カメラはリビングのローテーブルを見下ろしている。


「僕らは4人となり、憔悴した三嶌、火野に寄り添っている宮橋、僕は、特に言葉も交わすこともなく、リビングで暗い朝食を共にしました。暖炉の火がパチパチと音が立てるだけでしたが、その音だけが僕らの安らぎでした。

僕は自分の判断が正しかったのか、混沌とした空気を吸って、疲弊した頭で考えました。でも、この先どうなるのか分からない状況で、見えない犯人がいるかもしれないという恐怖に怯えながら、冷静に考えられるわけがありませんでした。あの時の冷えたサバ缶の味は、酷くしょっぱく感じました」


カメラは燃えカスの残った暖炉に向けられた。暖炉の中の床に黒い焦げた跡がある。だが、焦げ跡は暖炉からはみ出すように真っ直ぐ床に伸びている。

怪訝な表情で画面に食いつく若い刑事は、「なんではみ出してるんですかね?」と 2人の先輩刑事に問いかけたが、2人とも無視してパソコンの画面を見つめるだけだった。若い刑事は不満げな顔をして、画面に視線を戻す。


カメラを持つ越本はリビングに置かれた三脚にカメラを取りつけた。カメラが映す赤い革製のソファに座り、カメラの正面を向く。


「朝食を終えた僕らは、宮橋が作ってくれた温かいコーンスープを飲みました。もちろん、水は水道ではなく、事前に買って持ち込んでいたペットボトルの水を使いました。古い井戸のため、ろ過しきれないことがあり、念のため買っていたと宮橋から説明されました。

僕らは安心して宮橋が作ってくれたコーンスープを飲みました。時間が経ち、僕らは少しずつ落ち着くことができるようになりました。

三嶌はさすがに疲れたのか寝てしまいました。火野は暖炉の火を生気のない目でボーっと見つめていました。

僕と宮橋は、2人でこれまでの状況を整理することにしました」


 突然、越本がカメラのレンズから視線を外した。驚いた様子でキッチンのある方向を見ていた。じーっと見つめ、固まってしまう。動画を観ていた3人の刑事は越本の様子に疑問を感じながら、何も口にすることなく画面に注目する。

越本はキッチンから遠ざかるように、座っていた場所より左にずれる。


「一旦動画を切ります。ご視聴ありがとうございました」


早口でそう述べると、素早くカメラに近づいて動画が切られた。

3人の刑事は不可解な越本の様子に戸惑う。

同じ課の同僚から事件の通報を受けたと知らされ、椅子から立ち上がる。3人は機敏な動作でオフィスを出たが、気持ちはまだ大学生集団失踪事件から切り替えられないままだった。

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