大学生集団失踪事件の真実7              作成日時 2136年11月05日23:56

 楠木と若い刑事はコンビニ弁当でお腹を満たし、少しまったりした後、次の動画を再生した。床に伏したカメラが映したのは、越本の後ろ姿だった。奥のキッチンで顔を下に向けて、咳き込んでいる。時折嗚咽音も聞こえる。

どういう意味があるんだろうかと、若い刑事と楠木は視線で疑問を投げ合う。

吐き気が落ち着いてきた越本が振り返った。越本はタオルで口を拭おうとしていた手を止めて、カメラを見つめた。遠くでカメラを見る越本は驚いているようにも見える。

越本はくたびれた様子でタオルをキッチンカウンターに投げ、カメラに近づいて行く。ガチャという音とともにカメラが上げられる。越本の顔を見上げるアングルになる。


「映ってるね。録画も……してる」


越本は口に出して確認を行う。


「どうも、××警察署のみなさん。どうやらカメラがまだ撮りたくてしょうがないらしいです。まあ、今日はまだ撮ろうと思っていたんで、いいんですけどね」


越本は不気味な笑みを浮かべる。


「さて、続きを話しましょう。僕らは脅迫文により、身動きがとりづらくなってしまい、僕と宮橋和徳、三嶌璃菜、火野翔馬は山荘に残り、山口春陽と安西美織は脅迫文を無視してこの山荘を離れました。

僕と宮橋は事件を整理して、この状況をどうにかしようと思った矢先、山口春陽の胴体が暖炉に落ちてきました。そして、焼けるように光った脅迫文が、黒焦げになった山口春陽の死体に刻まれていたんです。それを見た火野翔馬は、俺のせいだと呟きました」


越本の後ろの背景が少しずつ変わっている。越本は歩きながら話しているようだ。


「僕らはどういうことか聞きましたが、宮橋は山口を殺した犯人が屋根に上っていると言いました。僕らは脅迫文により外に出られないため、2人1組で2階に上がり、全ての部屋の窓から変わった様子がないか確認することにしました」


 カメラの傾きが少なくなり、長い廊下が続いているのが見えた。


「しかし、地上から8メートルもある屋根に昇るのは難しいし、2階の窓から登ろうとしても、昨日の雪が溶けていく状態で、せり出す屋根に飛びつく行為は危険過ぎました。

窓のある2階の部屋全てを回りましたが、どこにも異常はありませんでした。窓から外を見ても、変わりはまったくなし。犯人の姿も見えませんでした」


すると、越本はカメラから視線を逸らす。カメラも越本が見る先に振られ、ドアを映す。表札には『hunch』と書いてある。ドアが開くが、真っ暗。電気がついて、ようやく視界が広がる。

ぼやけたような光の当たり方だけじゃない。部屋の奥で画面に映る黒い窓が、こちらをじっと見ているような瞳を向けている。

楠木が越本の首に見えた手の話は気のせい、という結論には至った。だが、この動画といい、山荘の雰囲気といい、気味が悪いと感じたのは言うまでもない。

パソコンの接続状況はこれまで良い方だったのに、この動画を観始めてから若い刑事の使っているパソコンがよく動作不良を起こすようになった。それもこの動画のせいかもしれないなんてつい考えてしまうほど、この動画に恐怖心を抱き始めていた。


「僕らはリビングに戻る気にはなれず、火野が泊まっていた部屋に集まりました。そして、火野が口にした"俺のせい"とはどういう意味なのかを改めて尋ねました。火野は焦燥の色を滲ませながら話してくれました」


越本は後ろ手にドアを閉め、部屋の中を進む。窓の近くにあるベッドに座り、窓の外を映す。わずかながら暗闇の中に落葉樹林のシルエットが見えるが、後は特に何の見映えのない画面になった。


「火野と白川は、この泊まり込みをする1ヶ月前に喧嘩をしていたんです。喧嘩の原因は火野の二股でした。その相手は、白川が可愛がっていたサークルの後輩でした。火野は半ば強引にキスを迫り、後輩の女性は隙を見て逃げたそうです。

しかし、火野にまったく好意を寄せていないわけじゃなかった後輩も、火野の部屋に入り、2人きりで過ごしたことを後ろめたく思って、白川に謝罪しました。

それにより、火野の不埒な行為がバレました。火野は平謝りして、なんとか許してもらったそうです」


 捜査資料には、白川琴葉と火野翔馬が交際中以外の記載はなかった。容疑者は越本薫に絞って捜査されていたため、火野翔馬や白川琴葉のことまで詳細に調べられていなかった。


「白川にバレているのは1だけだと、火野は思っていたようです。火野は白川と交際中に何度も浮気や二股をしていたようなんです」


「羨ましい」


「おい」


「……すみません」


若い刑事はコクっと頭を下げて謝る。


「でも、白川琴葉は全て知っていた。

火野はあの脅迫文を見て思ったんです。あの脅迫文は、火野翔馬だけに向けられたものだから、僕らはただ巻き込まれただけだと言いたかったようです。

僕らは責める気にもなれませんでした。今それをしたところで、この状況は変わらないですから。

少し離れた場所で膝を抱えて床に座っていた三嶌璃菜は、『本当に最低』と言って、火野を睨みつけていました。火野は何も言えませんでした。火野はベッドから下りて、床に伏せて土下座しました。それは明らかに三嶌璃菜だけに向けられたのです。三嶌もまた、火野翔馬の被害者だったんです」


若い刑事は呆気に取られていた。


「三嶌璃菜と火野翔馬が同じ国際学部で仲良くなり、その後、火野翔馬は三嶌璃菜の紹介で白川琴葉と知り合いました。それから火野と元々仲の良かった宮橋和徳と親交のある僕らがよくツルむようになったんです。

火野は2人と同時に付き合い、その間に他の子とも浮気をしていました。三嶌璃菜はすぐに火野翔馬と付き合い、その後に白川琴葉と火野翔馬が付き合ったと、火野翔馬は話してくれました。

それを1年後に知った三嶌は火野翔馬と別れましたが、白川琴葉には言えなかったようです。自分がまさか浮気相手だったと知れば、自分たちの友情が壊れてしまうと思ったんです」


 すると、静かな部屋の中にキイという音が鳴った。カメラが振り向いた。閉めたはずのドアが開いてきている。ドアがゆっくり開いて、小さな隙間から廊下が見えるが、誰か入ってくる様子はない。越本の呼吸音が早く鳴っている。

カメラのアングルが上がる。カメラはドアに向けられたまま固まる。息を呑む音が聞こえた後、越本は息を吐いた。


「とりあえず、僕らは火野を慰め、三嶌の様子を見守りながらこの状況をどうするのか、考えることにしました。

三嶌はどう思ってるのか分かりませんでしたが、少なくとも火野は、白川琴葉の亡霊が僕らを殺そうとしていると思っていたようでした。仮にそうだとしたら、ひたすら謝り続けるしかありませんが、もし、そうじゃないとしたら、3人の関係を知って、それを利用している者ということになります。

つまり、この泊まり込みの参加者の中にいるかもしれない可能性が高くなったのです。そうなってくるとかなり限られてくるわけですが……。

その時、『安西美織は無事なのか』と、宮橋が言ったんです。僕にはここにいない他人を心配する余裕などありませんでした。それを自覚した僕は、自分を恥じました。でも宮橋は、安西美織を心配しただけではなかったんです。

宮橋は躊躇いがちに、『俺もみんなと同じで、冷静じゃないと思うからあんまり真に受けないでほしい』と前置きして、僕らに言いました。『この一連の事件の犯人は、安西美織じゃないか』と」


楠木と若い刑事は苦い表情でそれを呑み込むが、喉元でつっかえてしまう。


「今日はもうここまでしておきます。ご視聴ありがとうございました」


カメラは下を向いて、越本の靴を映す。靴は泥や傷がついていたりとかなり汚れている。山の中を普通の靴で歩き回ったような感じを受けた。そこで動画は止まった。


若い刑事は楠木に視線を振り、「これって、まずいですよね?」と聞いた。楠木は腕を組んでのけ反り、「マスコミやネットにばら撒かれてたら、食いつく奴はいるだろうよ」と、嘆くようにぼやいた。


「そうなったら、もう僕らの裁量だけじゃ済まないんじゃ……」


「ああ、だけどこれを上に報告して、情報が漏れるのも避けたい」


楠木はオフィスの中を見回す。もう他の人は帰ってしまったようだった。


「ここで見るのはやめよう。場所やパソコンは俺が手配しとく」


「分かりました」

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