大学生集団失踪事件の真実6              作成日時 2136年11月04日13:21

 抱えている案件を終え、若い刑事のデスクに向かおうとする。強面の刑事は早めに帰宅すると言って帰ってしまった。「娘が誕生日なんだ」と言っていた刑事の口は笑っていた。若い刑事は強面の刑事の意外な一面に感嘆した。

もう1人の先輩刑事は笑みを浮かべながら、「知らなかったのか。鳥山とやまさんは筋金入りの親バカなんだぞ」と言う。

改めて席について、動画を再生した。さっきと同じように越本がソファに座っている。


「前回お話ししたように、僕はまだ冷静さを保っている宮橋和徳とこれまで起こったことを整理しました。

僕らはこのリビングで寝てしまいました。その間、起きていた白川琴葉と火野翔馬の2人は、火野翔馬が泊まっていた2階の部屋に行きます。白川琴葉はお風呂場へ行くと言って、1人部屋を出ました。その後、火野翔馬の部屋に戻って、リビングから持ってきたワインを2人で飲んで、火野翔馬も眠りにつきました」


少し部屋の中の雰囲気が違う。その違和感を携えつつ、越本の話に注意を向ける。


「ここで気になることはたくさんありますが、僕が気になったことを火野翔馬に尋ねました。

まず白川琴葉は本当に風呂に行ったのか。

火野翔馬は白川琴葉の髪が濡れていたと証言しました。

白川琴葉だけが風呂を使っているはずなので、使われた形跡が残っていると思い、実際に確認したらタイルや脱衣場は濡れていました。

しかし、白川琴葉が部屋に戻ってくるまで50分ほど。浴槽にお湯は張られていないため、シャワーしかありえません。女性でもシャワーで50分はかなりかかっていると思われます。洗面台の近くにはコンセントがないため、髪を乾かすこともできません。そのため、お風呂以外に立ち寄った可能性が残っていた。白川琴葉が単独でしていたことも考えられます」


若い刑事は感心したように頷く。


「もう 1つ、ほとんどの人が寝てしまいました。最初はお酒のせいだと思いましたが、僕が知る限り、宮橋和徳はビール2杯で寝てしまうほどお酒に弱くありません。宮橋も僕に指摘されて疑問に思ったようです。

続きですが、僕が起きて食器を片付けていると、下りてきた火野翔馬と会いました。ただ、火野翔馬が本当に寝ていたかどうかは分かりません。なんせ彼は、1人の時間が長かったですから。

しかし、そんなことを確認しても事を荒立ててしまうだけなので、その場で聞くことはできませんでした。

そして、赤い水を見たのです。みんなと一緒に山荘の裏手にある井戸に行き、白川琴葉の遺体を発見するに至ったのです。怖くなった僕らは、この山荘から出ようとしましたが、赤い字で書かれた脅迫文により、動けなくなったのです」


 越本はまた大きなペットボトルに入った水を豪快に飲んだ。気管に入りかけたのか、越本は咳き込んだ。

すると、先輩刑事は前のめりになって画面に顔を近づけた。若い刑事は先輩の行動をいぶかしみ、「どうしたんですか」と問いかけた。「少し巻き戻してくれないか」と若い刑事に頼む。不思議に思いながら首肯し、マウスを操作する若い刑事。

「この辺でいいですか」と先輩刑事に尋ね、再び越本の独り言のシーンが再生される。越本は一旦口を止め、水分補給を始める。先輩刑事は越本が話している時よりも集中して画面を食い入るように見る。越本は咳き込み、ペットボトルの蓋を閉める。


「気になるところでもあったんですか?」


若い刑事は先輩刑事に伺う。


「いや、気のせいだった」


先輩刑事は体を退いて、また椅子の背にもたれた。


「脅迫文は誰かの手によって書かれたものだということで、宮橋と意見が一致しました。その時、いつの間にか起きていた三嶌璃菜が"あれは琴葉の字だった"と言ったのです。その証言を簡単に信じるわけにもいきませんでしたが、三嶌璃菜は白川琴葉と同じ高校の出身で、僕らの中で誰よりも仲がいいことは知っていました」


「そうなんですか?」と若い刑事は先輩に尋ねる。「読んでないのか」と渋い顔をする先輩刑事。焦った様子で若い刑事は側に置いていた捜査資料に目を通す。


「問題は、白川琴葉を殺し、井戸まで運んだ人間は誰かということです。ここにいた人間以外という可能性もありますが、脅迫文が白川琴葉の物だと分かるように意図的に真似た物だとしたら、白川琴葉を知る人物ということになります。少なくとも、宮橋和徳はその可能性を考えていたようです。

宮橋は火野翔馬を気遣い、暖炉の火を消してしまわぬように薪を取ってくると言って立ちました。僕はまさか外に出る気じゃと心配しましたが、薪はワイン蔵の樽の中にあるからと言って、キッチンの近くある通路に行きました。

数分して、宮橋は薪を両手に抱えて戻ってきました。火野に何か話しかけることもなく、宮橋は暖炉に薪を入れていきました。火野翔馬は小さくお礼を言って、暖炉の火を見つめていました」


 その時、カメラの映像がぶれて、大きな衝撃音を立てて傾いた。画面は越本の足を端に捉えている。画面の向きからして、カメラが反転していることが分かった。これも越本の演出だと思ったが、当の本人は鬱陶しそうに舌打ちをし、足音が近づいてくるのが聞こえてきた。

画面が反転して暖炉にアングルを合わせるように微調整されていく。カメラを床に伏したまま、撮影は続行されるようだ。


「その時、爆発するように暖炉から火花が飛んできたのです。近くにいた宮橋と火野は咄嗟に身を退いて驚いていました。離れていた僕と三嶌も何事かと暖炉を見ました。火花によって引火することはなかったですが、暖炉の中には明らかに薪ではない異物がありました。

暖炉からはみ出して、火をまともに浴びている黒く塗り潰された人の胴体。そう連想させるほど、はっきりと形が残っていたのです。僕らは声も出せませんでした。異臭がつんと鼻をつきました。

黒焦げで荒い表面になっており、暖炉からはみ出ている頭と見られる部分でも、誰の胴体か識別することはできません。でも、その物体は、ご丁寧に誰かを教えてくれていました。火に当てられた胴体の胸の辺り、そこに赤く光った文字を浮かび上がったのです。

カタカナで、『ヤマグチハルアキヲコロシタ。ワタシハホンキダ。ゼッタイニオマエヲユルサナイ』という文字でした。これが白川琴葉の言葉だとしたら、僕たちではもう止められないのかもしれないと思いました。

僕らは白川琴葉に殺される。三嶌璃菜はヒステリックに泣き叫び、宮橋と僕は山口春陽の死体が骨まで燃やされていく様をただ見ていることしかできませんでした。その時、火野が呟いたんです。俺のせいだと……。

これでこの動画は終わりとします。ご視聴ありがとうございました。××警察署のみなさんは信じられないかもしれませんが、僕が言っていることは真実です。最後には必ず、僕の言っていることが真実だと思っていただけると思います」


その言葉を最後に、動画が止まった。


 2人の刑事は緊張した体を解いた。先輩刑事は腕時計を見やり、「どうする?」と問いかけた。若い刑事は笑顔で「僕はまだ大丈夫ですよ」と答えた。すると、若い刑事は怪訝な表情で先輩刑事に向き直り、おずおずと尋ねる。


「あの、楠木くすのきさん」


「何だ?」


「動画途中で戻したのは、何だったんですか?」


楠木は難しい表情で唸る。若い刑事は気になってせがむ。楠木は表情を崩さず、「あいつに感化されたわけじゃないけど」と前置きをして、口を開いた。


「一瞬だけ、越本の首に血の気のない手が見えた」


「え?」


「でも、もう一回見たら、そんなの映ってなかったから。俺の気のせいだ。心霊なんてあるわけないだろ」


楠木は笑って言い切った。


「はは、そうですよね」


若い刑事はつられて笑うが、どこかぎこちない。


「腹減らないか? コンビニで弁当買いに行こう」


「はい」


2人はオフィスを出ていった。

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