幽婚
変死した鳥山の話はネット上で盛り上がりを見せている。ネットの反応に食いついた記者たちが××警察署を訪れ、情報を引き出そうとしてくる。実際のところ、警察は何も掴めていないというのが現状だったのだが、最近ブームみたいになり始めている主要機関の隠蔽が報道されていることもあって、何か隠してるんじゃないかと疑念と妄想が勝手に膨れ上がっている。××警察署は対応に追われ、署内では
2日後、
案内してくれていた富杉が南京錠を外し、鎖を抜いていく。扉が開かれると、重さを携えた冷たい空気が、楠木たちの体を吹き抜けた。滅多に人が立ち入らない場所であるなら、室内と言えど12月後半の気温と同じ冷たさになるのも頷けるが、気味の悪い空気感は単純に冷たいだけではないように思えた。
扉の先には、上下左右を木製の板に囲われた直線状の廊下があり、少し進んだ先にもまた扉がある。入る前から見えていた大きな離れの外壁には、枯れた
富杉は廊下の壁にかけられていた燭台の上にあったマッチ箱を取り、1本のマッチを取り出して火をつけた。マッチの火が燭台に差さっていた
ぞろぞろと巫女も連れて廊下を進む。両側の壁の上には、麻のしめ縄が奥の廊下に向かって続いている。一気にそれっぽい雰囲気を醸し出す廊下に緊張してしまう。
そして、長い廊下の先にあった扉の前、2人の巫女が扉の前でひざまずいて目を瞑る。両手で祈りを捧げるようなポーズを取る。星の魔法陣のお札を貼った扉に向かって、呪文のようなことを互いに一言ずつ言い、2人は重ねた声で呪文を言った。
2人の巫女は目を開けて立ち上がり、端に寄る。富杉は前に出て、扉を押す。重たく軋む音を立てて扉がゆっくりと開いて、1本の
ひのきの香りが鼻孔に入り込んでくる。くすみがかった部屋の色と陰湿とした空気。埃が舞っており、せっかくのひのきの良い香りも吸いたくないと思ってしまう。喉が警鐘を鳴らし、楠木と蓮口は思わず息を止めた。
白い布を纏った3段のひな壇が、部屋の奥でひっそりと楠木たちを出迎えていた。一番下の段の両側に、1つずつ
一番上には神が祀られている神棚があり、一見してもなんの新鮮味もない儀式的なものが並べられている。だがよく見てみると、その中に見慣れない物があった。
真ん中の段に立てかけられている絵馬。絵馬の上部には『
「これは……」
蓮口は反射的に口を開いて質問した。
「これが、呪いを解く方法です」
富杉はそう言って、ひのきの匂いが充満する部屋の中に入り、ひな壇の前で背を向けて座った。竹を織り込んでできた絨毯の内側に入るよう富杉に促され、蓮口と楠木は富杉の斜め右の位置に並んで座る。
今日の富杉はいつもと違い、重ねている服が多いように見えた。グラデーションが違うだけで、統一された紫ばかり。頭の装飾も煌びやかに飾っている。
巫女たちによって部屋の壁に取りつけられていた燭台に
決して広いとは言えないものの、六角形になった部屋の形は異質で、これから何が始まるんだろうかと聞かずにはいられない。
「私たちにも分かるように説明してもらえますか」
楠木はおずおずとへりくだった言い方をする。
「彼女の願いは、越本薫さんたちが泊まった山荘の元家主の男性と結ばれたかった。しかし、彼女の願いは叶わず、彼に殺されてしまった。
後日、山荘の家主は霊となった彼女に殺された。それでも埋められない悲しみ。彼女は強い後悔の念を抱いているがために、
「えっと……え?」
蓮口は一度呑み込みかけたが、やはり分からず困惑する。
「共にいられるとは、彼女と一緒にいられるってことですよね?」
楠木は確認するように富杉に聞く。
「はい」
「女性の霊と一緒にいられる人……というのは、当然、その人も霊、ですよね?」
「はい」
「山荘の元家主、ですか?」
「本来ならそうした方が良いでしょう。ですが、殺した人間と一緒になりたいと、彼女が今でも思っているのか。また、一緒にいさせるためには、
「一応調べてみたんですが、名前は分かりませんでした」
「日記は、見つかりましたか?」
「はい……。保管はされていたようです」
楠木は鞄からあの日記を出す。表紙はシミがついており、鼻をつくカビのような臭いを放っている。
越本薫が読んでいた日記。富杉は差し出された日記に手をかざす。目を瞑り、薄く口紅を塗った口が動いている。だが、何を言っているかまでは聞こえない。
素早く動いている口は閉じられ、音のない時間が流れていく。一同が富杉に注目を向ける。
富杉が目を開け、鼻から息を零す。
「どうですか?」
蓮口は富杉に問いかける。富杉は首を横に振った。
蓮口と楠木はあからさまに残念な表情をする。
「あの、富杉さん」
「なんでしょう?」
「いいんですか? 怨霊と結婚させて。それって、誰かを犠牲にするってことですよね」
楠木は戸惑いつつ聞く。富杉は 2人を見つめたまま固まる。富杉が突然動かないものだから、何か後ろにいると思い、蓮口は振り向いた。
しかし、そこにいたのは巫女で、端でひっそりと座布団の上に座っているだけだった。人形みたいに微動だにしてない。蓮口は生身の人と分かっても怖く感じた。
「犠牲かどうかは、本人が決めることです。怨霊とて、人魂であることに変わりはありません。2人が結ばれることで、憎しみを忘れることもできるやもしれない。なら、それもまた平和なことではありませんか?」
「……分かりました」
楠木は重く頷いた。こればかりは仕方ない。
楠木にも娘と妻がいる。鳥山の通夜で見た、家族の悲しみ。憔悴した鳥山の奥さんは、涙を何度も拭っていた。目の下を赤くさせて、子供の手を握っていた。
あんな顔を、自分の家族にさせたくはなかった。
「それで、誰を結婚させるんですか?」
「その、僕らのどちらか、ではないですよね?」
楠木はなんてことを聞くんだと思いながら目を見開いて蓮口の顔を見る。
「
「じゃあ、僕らではないですよね!」
「はい」
「はあ、良かった~」
不謹慎な言葉を聞いてよく安心できるなと、嫌味っぽく感心する楠木。
「
蓮口と楠木は戸惑いの声を発する。
「いい意味でも悪い意味でも、一番彼女を分かっており、あなた方を守っていただける。彼女の心を繋ぎ止め、清められるのは、鳥山さんしかいないと判断致しました」
「あの、お言葉ではありますが、鳥山さんじゃなきゃ、ダメなんでしょうか」
楠木は歯切れを悪くして意見する。
「何か問題でも?」
「鳥山さんは奥様もおります。できれば、無理強いはしたくないです」
「無理強いはしません。鳥山さんにはここに来てもらい、私が交渉致します」
「ここに、呼ぶんですか?」
「はい。巫女に手伝ってもらい、鳥山さんの霊を呼んで承諾してもらったら、彼女をここに呼び、互いに結婚の意思が確認でき次第、
楠木と蓮口は富杉の覚悟みたいなものに
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