第33話:女三人台湾旅2
日も暮れてきたので、早いけど晩御飯を食べに行く。ここ高雄での晩御飯は夜市で済ませるのが定番よ。
「相変わらず人が多いな」
「今日は何食べよ~」
台湾の人は晩御飯を家で作って食べたりせず、代わりに毎日開かれている夜市で食事をする、らしい。確かに、夜市には観光客も多い(中でも日本語はかなり聞こえてくる。これが台北ならもっと多いのでしょう)けれど、近所に住んでいると思われる人が多く訪れている。
「とりあえず小籠包食うか。案外よそでは売ってなかったりするしな」
「さんせー。じゃああたしサトウキビジュース買ってくるね」
「お願いね」
夜市の屋台の3軒に1軒は売っているくらいに、小籠包は定番の食べ物。他にも昼に食べた肉麺や、
「ただしカニの姿揚げだけはやめとけ。あれは口の中が悲惨なことになる」
小籠包を買ってきてくれたスガルが苦虫を噛み潰したような顔で言う。いわく、非常に熱い、殻ばっかりで身がない、殻で歯茎や口の中を痛めるとのこと。慌てて食べ過ぎなんじゃないの、と私も落ち着いて食べてみたことがあるけれど、確かに食べるのには難儀したわ。相当に油でべたべたになるし。
「はーいおまちどお! サトウキビジュースだよ」
台湾の飲み物と言えばパパイヤやマンゴーのジュースを思い浮かべるけれど、
搾りたてのサトウキビ汁、ただの砂糖水と思ったら大間違いで、独特の青臭さがあって甘ったるくなく、むしろスッキリとした飲み心地でクセになるわ。
「熱い小籠包を冷えたサトウキビで食べるのが美味しいのよね」
「ま、私はこれだけどな」
と言ってスガルは台湾
「あ、ずるーい! あたしもそっちがいい!」
「自分で買って来い自分で」
明日からもどうせ飲むくせに……。
*
夜市を堪能した後、ぐっすりと眠った私達は、ホテルのバイキングで朝食を済ませ、レンタカーを借りた。いよいよ採集の始まりね。
台湾では免許の中国語翻訳を持っていれば運転できる。この翻訳は一部のJAFなどで3000円くらいで作ってもらえるわ。まあ、私達の様に山奥まで行くことがなければ、交通機関は発達しているから必要ないと思うけれど。もしくはタクシーを借りるとかね。それほど高くないし。
「飛ばすぜぇー!」
「ひゅー!」
「事故だけはしないでよ……」
台湾の制限速度は日本より少しばかり早く設定されている。テンションが上がるのはわかるけれど、台湾もう何度目よあなた。
今回はここ高雄から二時間ほど行ったところにある中部の町、
でも、埔里は丁度台湾の真ん中あたりに位置しているし、食堂や宿、スーパーなど、生活に必要な施設が揃っているわ。また、ここから30分から一時間程度移動すれば、採集が規制されていない良い環境が残されているので、拠点にするには結構よい場所なのよ。
「あいせってぃちすとんあんあいはんまどいーちねーる」
「でぃーすはーぅすぃずのっふぉーせーる」
「「うぉうおーおー、おーおー!」」
前の席の二人はご機嫌そうに洋楽なんて歌っているけれど、この人たち歌詞の意味わかっているのかしら。
高速と山道を二時間半ほどかけて、ようやく埔里の街へ到着。すでに何度か滞在したことのある贔屓の宿へ向かう。その宿の主人も、ああまた来たんだね、と朗らかに笑い、前に一緒にいた彼は今回は一緒じゃないのかい? などと世間話をしながらも手早く部屋の鍵を用意してくれた。宿の主人は日本語も英語もほとんどわからないが、こちらも台湾語はほとんどわからないので、このあたり雰囲気で会話しているわね。私はあまり得意ではないのだけれど、マユはこういう雰囲気の会話が得意で、いつの間にか食堂の店員と仲良くなっていたりするから感心するわ。
シングルベッドとダブルベッドが一つずつ、小さなドレッサーが一つ、ユニットバスが一つのシンプルな部屋。また、歯ブラシと石鹸、ペットボトル入りの飲料水が提供される。台湾の水道水は基本飲めないので、水が用意されているの。
「じゃんけん、ぽん!」
「はい、私の勝ち」
「げぇー!」
「くそっ」
誰がシングルベッドを使うか決めるじゃんけん。私は別にダブルベッドでも構わないのだけれどね、慣れているし。でも、勝ってしまったものは仕方がないわ。ええ、仕方がない。
大きな荷物は宿に置き、小型のウェストポーチやリュックへ採集道具や水を入れ替える。今後はほとんどこのリュックを持ち歩くことになるわ。
「さて、宿も確保できたことだし、さっそく――」
「採集だー!!!」
「ひゃっほおぅ!!!」
荷物の整理ができたと思ったら、もう部屋の扉を開け放って飛び出していった。夏休みの子供かしら……。
*
埔里から三十分ほど車で移動し、以前スガルがいい成果を出したという林道へ。林道の入り口に車を停め、網を組み立て採集開始よ。
「おおおお!」
マユが感嘆の声をあげる。その林道には色とりどりのチョウたちが、紙吹雪の様に乱舞していた。一歩、一歩と歩みを進めるごとに、あちらこちらからチョウが湧き出してくる。少し季節が早すぎるかと思われたけど、それは杞憂だったようね。
「おおおお……でも、ぶっちゃけ採集済みの種類ばかり、かも?」
「そういうのは採ってみてから言え。タイワンタイマイのことを忘れたのか?」
「ぎくっ……お、覚えてるよ……」
スガルとマユは大学の頃からよく一緒に採集に行く仲だったのだけれど、どちらもハチとチョウという飛び回る虫を相手にしていることから、図らずもお互いの狙いの虫を採ってしまうことがあるのよね。だからよく、
『なあ、マユ。これいいやつじゃね?』
『ああああ!!! それ!!! それがホッポアゲハァ!!!』
とか、
『スガルン~これハチ~? ハエ~?』
『貴様それがボンボイデスだド阿保ォ!!!』
など、相手が自分で採集したかった虫を採ってしまうことがあるのよ。
そしてスガルは、ハチを採るついでにチョウやガを採ってマユに恩着せがましく譲渡するという、馬鹿みたいなことに多少の快感を覚えているのよね。本当に馬鹿ねこの子。
話が逸れてしまったわ。スガルは、彼女が”タイワンタイマイの変”と呼んでいる事件のことを言っているのだけれどね。簡潔に言うと、タイワンタイマイという、日本にはもちろん生息しておらず、台湾でも少し珍しいチョウが飛んでいるのを見て、
『なあ、マユ。あれ何か珍しいやつじゃなかったか?』
『えー? あれアオスジアゲハでしょ~』
『……』
という、まさに今のようなことをしでかしたことがあるらしいのよ、マユは。
「わかってるよ……あの頃はまだ台湾のチョウがこんなに種類いるってわかってなかったんだよ……」
「まあいいじゃない。ともかく今日を楽しみましょうよ」
「まあ、そうだな。……私は決して『アオスジアゲハでしょ? え、違う? あ、ほんとだ。まあ貰っとくね、さんきゅー』程度で済ませたマユの事を忘れないけどな……」
本当に根に持つタイプねあなた。
*
「それじゃあ!」
「採集地と昆虫への感謝を忘れず」
「必要最小限の採集を心掛けて!」
「「「採集、開始!!!」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます