第28話:夏のむしとり指南(夜の部2)

 さて、ここまでは誰しもが想像できる夏の夜の昆虫採集だ。でも、これを読んでくれている人はそんな容易に想像できる話を聞きたいわけではないだろう。

 というわけで、僕達の夜はまだまだ続く。


「樹液はとりあえずこんなところかな」

「そうね。大体は見たと思うし、種類も落ち着いてきたわ」


 クワガタを採りに来たわけではないので、樹液探索はこの辺りで終わりにしておく。さっき喜々として採っていたじゃないかって? そりゃあオオクワガタは別だよ別。わざわざ採りには行かないけれど、いたら採っちゃうよね。


「ヨコヤマの時間にはまだ早いね。朽木まわりでも見廻ろうか」


 樹液に虫が集まってくる様子は絵本や図鑑にもよく描かれているし、カブトムシやクワガタといったメジャーな虫が集まることもあり、世間一般の認知度は非常に高い。

だが、樹液採集は意外とムラが多く、昨年はよく出ていたのに今年は樹液の出が悪いとか、そもそも樹液の出る木がないとか、あるいは有名な場所ではポイント合戦になる(実際ほとんどないけれど)、刺されると危険なスズメバチも集まってくる、特定の種類の虫しか来ないなど、様々な要因により採集が難しい場合もある。


 そんな時おすすめなのが、朽木を見てまわることだ。といっても冬場の様に、朽木を割ったり崩したりする必要はない。朽木の上を歩いている虫を見つけるんだ。

 朽木は様々な昆虫の住処であり、同時に餌場でも産卵場所でもある。ほとんどが甲虫の仲間だけれど、日中見つけるのには骨が折れる種が、夜間朽木を見廻るだけで簡単に見つけられるなんてこともある。種類も様々で数も多いので、虫採りとして単純に楽しい。


「この時期だとコブヤハズは厳しいかしらね」


 コブヤハズカミキリというのはカミキリ屋さんの中でも人気で、朽木――特にブナなどの落葉広葉樹の上を歩いていることが多い虫なんだけど、新成虫が出てくるのは秋ごろなんだ。


「そうだねぇ。越冬の生き残りでもかなりぼろぼろになっているだろうからね。そしてたぶんこの森は時期があってても厳しいんじゃないかな、標高的に」

「山頂付近ならいそうだけれど……?」

「記録自体はあるかもね。今もいるかはわからないけど……」


 手ごろな落葉広葉樹っぽい朽木を見つけたので、ライトで照らしながら虫を探す。林内の闇の中で朽木や地面を照らすと、そこに虫などの何かがあった場合、周囲と反射の仕方が違うので見つけやすい。


「早速見つけた。これはルリコガシラハネカクシかな」

「私も見つけたわ。これはキマワリと……エグリゴミダマのなにかね」


 朽木で見つかる甲虫は、ゴミムシダマシやハネカクシ、キノコムシやクチキムシなど、簡単には同定できないものばかり。ゴミムシダマシは最近図鑑が出たからわかるものも増えたけれど、それでも難しいものは難しい。


「ちゃんとキノコの裏も確認するのよね」


 朽木から生えている様々なキノコ――特にサルノコシカケ系のキノコの裏には、キノコを食べる甲虫がついていることがある。これらの虫も種類が多く僕はよくわからないのだが、黄色から赤色の派手な色彩をしているものが多いのでわからないままに集めている。そのうちメグリさんにでも同定してもらおうかなとは思っているけど、彼女も多忙な人だからなぁ……。


「あっ、デオキノコムシだ」


 デオキノコムシもそんなキノコや朽木に集まる虫の一種。腹端が尖って露出するので”出尾”キノコムシなのだけれど、僕ははじめこの”デオ”の意味がピンとこなくて『きっと学名からとっているのだろう』とさして考えもせず思っていた。


 いつだったかスミレといるときにデオキノコムシを見つけたとき、

『デオキノコムシってなんでデオキノコムシっていうんだろうねー』

『尾が出ているからでしょ』

 大恥をかいた。


「あっ、オオキノコムシだ」


 キノコに集まっている虫の中では一番大きい種類ではないだろうか。全身黒色で、胸部は独特の橙色の模様により黒の水玉模様のようになる。西の方では珍しいとされているけれど、僕が確認した場所の限りだと生息地の個体数は多い。

 ところで――また名前の話だけれど――オオキノコムシは大きなキノコムシだからオオキノコムシなわけだけれど、他にも”ホソ”オオキノコとか”チビ”オオキノコとかいるのでわけわからない(面白い)。


 朽木やキノコに集まる甲虫は種類も数も多い。一度目につくようになれば無数に採集ができるので、適度に控えめに採集すること。また、種まで同定できなくても落ち込まないこと。見るべきところが分かれば意外と簡単な種類もいるらしいけど僕はあまり詳しくないから勘弁して……。


朽木に来る虫は多くが小さくて地味な虫だ。僕たちにとっては小さくもないしむしろ派手なのだけれど、その良さは時が経つほど味わい深くなる家具のようにはじめの頃はわからないもの。なので、手っ取り早く綺麗でかっこいい虫の探し方も紹介しよう。

といっても、これは樹液やキノコを見るよりも簡単。ただただ山道をライトで照らしながら歩くだけだ。これによって見つけられる虫は、地面を歩き回って餌を探しているオサムシやゴミムシの仲間だ。


オサムシは後翅(柔らかい翅)が退化して飛べない大型の甲虫の仲間で、ミミズなどの土壌生物や生き物の死体を探して地面を歩き回っている。飛べないため地域ごとに細かく亜種に分かれていて、亜種ごとに色彩が異なるためコレクション性が高く虫屋に人気の昆虫だ。手塚治虫はこの虫のことが好きだったため、自らのペンネームに治虫と入れたという。


オサムシは主に夜行性なので、地面をライトで照らしながら歩いていると……。


「マヤサンね」


 マヤサンオサムシCarabus maiyasanusは関西を中心に広く生息しているオサムシだ。やや銅色を帯びた金属光沢をもつこのオサムシは、このあたりで夜見回りをすればまず間違いなく見つかるほど多い。言ってみれば雑魚である。だが、先ほど述べたようにオサムシの分布は狭く、”このあたりにしかいない”種ばかりである(そのなかでもマヤサンは比較的広域分布しているけれど)。


「イワワキとかドウキョウとか歩いていないかしら」

「あのあたりはこの辺にいたかなぁ……」

「私、一度でいいからドウキョウのゲニタリアを抜いてみたいのよね」

「わかるけど急に言われたらびっくりするセリフだねそれ」


 オサムシは――極端な場合だと――隣り合う山の片方にしか生息していないという場合もある。こういうところがまた虫屋のコレクション魂をくすぐるんだろうね。


 このあとも朽木の虫や地面を歩いている虫をつまみつつ徘徊を続けた。


「夜の採集はヘッドライト一つでいつまでも楽しめるからいいよね」

「見つからない時は地獄だけれど」


 今日はそれなりに次々虫が見つかって楽しいけれど、時期や場所によっては”どう考えても虫がたくさん集まっていないとオカシイ”朽木に虫が全くいなかったりとか、ひたすらに目的の虫を探して彷徨い続け気がつけば夜が明けていたなんてこともある。これほんと。


「さあ、そろそろ山頂へ向かおうか。ぼちぼち街灯にも色々集まっている時間だろうからね」

「ヨコヤマは来ているかしら。楽しみね」


 車で山頂まで向かい、街灯を見て回る。それなりに色々な虫は来ているけれど、ヨコヤマにはまだ少し早い時間のようだ。


「他に人もいないようだし、この自販機の前を陣取って待っていようか。レジャーシートとか積んでいたっけ?」

「折りたたみいすもあるわよ」

「さすがスミレ」


 夏虫の鳴き声と風に揺れる木の葉の音、そして時たま感じる動物の気配に囲まれて、誰もいない山頂で虫を待つ。こんな時、どんな話をするのが楽しいだろうか。


 決まっている。


 ――怖い話だ。

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