第20話:革命の歌
ところで、日本には50種ほどのゴキブリが生息しているのだけれど、こちらから出会おうと思うとなかなか会えないのよね。大学では時々チャバネゴキブリが死んでいたけれど。
ゴキブリはその薄く平べったい体から予想できるように、普段は木の洞、朽木の中、石の下など、狭い場所に隠れ潜んでいるの。樹液にも集まるから、樹液の出ている時期なら採集はしやすいのでしょうけれど、私はあまり見たことがないわね。私自身あまり樹液での採集をしたことがないからかもしれないけれど。
私が最も多く遭遇したことのあるゴキブリは、朽木営巣性のオオゴキブリPanesthia angustipennisね。ゴキブリの形容詞として「黒光りした」というものがあるけれど、チャバネやワモンはもちろんのこと、名前に黒とあるクロゴキブリですら、光の加減によってはかなり赤茶色っぽく見えるわ。
それに対してオオゴキブリは美しい黒色の光沢をもつの。家屋性のものと違い体つきはがっしりしていて、脚にも大きな棘がいくつもあり、まるで鎧をつけているかのようなかっこよさがあるわ。ええ、美しく、そしてかっこいい昆虫なのよ。
私がこのゴキブリと出会うのは、冬季の山中が多いわね。冬場にフィールドで大きな網を振り回している姿が滑稽なのは想像に難くないと思うけれど……決して昆虫採集ができないわけではないのよ。ガ屋のマユやハチ屋のスガルは冬季を”オフ”と呼んで研究室に引きこもるか常夏の島へ避難していたものだけれど、主に甲虫を採る虫屋たちはわざわざ寒空の下採集に出て行くのよ。馬鹿みたいね。――私もその馬鹿の一人なのだけれど。
といってもそこまで熱心に行くわけではないけれど。晴れの日にケイに誘われた時、少しやる気があれば近所の河川敷で石起こしをして、かなりやる気があれば車で山のほうまで行くわ。やる気がなければ留守番しているわね。
オオゴキブリは基本的に山や森に行かないといないけれど、過剰に人の手を入れていない広めの都市公園でも見られるわ。昆陽池とかね。
森の中には落ちている朽木の中でも、柔らかくて湿っている――足で体重をかければ割れるくらいの――太めの材でよく見られる気がするわ。オオゴキブリが内部を食べて柔らかくなっていると言ったほうがいいかしら。樹種の好みはそれほどうるさくないと思うのだけれど、赤茶色に腐食したところから出ることが多いわね。
材を手鍬で割っていくと、しばしばその隙間に黒くて平べったいものが潜んでいる。個体数がすごく多いというわけではないけれど、暖地ならどんな森でもたいてい生息しているでしょう。
このオオゴキブリ、一匹見つけると何匹も見つかることが多いの。「一匹見れば百匹いると思え」じゃないけれど、ゴキブリの仲間はコロニーをつくるものが多いわね。このオオゴキブリも朽木内でコロニーを形成していて、成体幼体入り混じって生活しているわ。
だからといって、子育てをしているのかというと、どうもそういうわけではないらしいのよ。近い仲間のクチキゴキブリは親の周りに子が集まったり、親が子を積極的に守ろうとするらしいのだけれど、オオゴキブリはそういう行動をしないんですって。シロアリのような真社会性にいたる方向への進化を途中でやめてしまったのでしょう。
ちなみにもう一つ不思議な習性があって、オオゴキブリは仲間の翅をかじってしまうんですって。特にコロニーで出てきたオオゴキブリの成虫を見ると、ほぼ必ず翅がボロボロになっているわ。理由はよくわからないのだけれど、雌雄の配偶行動の一環だという説があるらしいわね。(個人的には、貴重な栄養源であり、翅をあまり使わないから食べあってしまうのではないかと推測しているのだけれど。)
もう一種紹介したいのがサツマゴキブリOpisthoplatia orientalis。オリエンタリスという種小名の通り東南アジアに広く生息している種で、日本での自然分布は四国南部・九州南部・琉球なのだけれど、兵庫・静岡・千葉・和歌山・伊豆諸島・小笠原諸島などにも侵入しているわ。和歌山のものはてっきり黒潮に乗ってきたのだと思っていたけれど、初期の発見が公園や造成地に集中していたことから、植物の移植や運搬、廃材やごみなどに混ざって広がっていると考えられているわね。
このゴキブリもまたあまり見ない姿をしていて、体はのっぺりと楕円形、胸部の縁がクリーム色で、腹部の縁や脚部が少し鉄分の多い血のような赤色をしていてかっこいい。これもいわゆる「キレイなゴキブリ」よ。
学生時代、ケイに連れられて行った沖縄島で、夜にヘッドライトで木を照らしながらカミキリやクワガタを探している時に遭遇して、ぎょっとして手を引っ込めてしまったの。当時はまだ「柔らかい虫」が得意ではなかったからね。サツマゴキブリだとわかってすぐに手を伸ばしたけれど、隙間に入ってしまって採れなかった思い出があるわ。それ以来自然分布地では出会えていないのだけれど、和歌山や千葉では発見できているという変なことになっているわ。
さて、日本のゴキブリもなかなか魅力的だけれど、やはり彼らの本場である熱帯のものが多様で面白いわ。
オーストラリア北東部の熱帯地域に生息する世界最大のゴキブリ、ヨロイモグラゴキブリはその筆頭ね。その大きさは最大で80mmにもなるそうだけれど、これはコーカサスオオカブトのメスくらいの大きさよ。鎧を着たような重厚な背面に、モグラのように土を掘ることに特化した強靭な脚。和名の通りの姿をしているわ。翅がないあたりも含めて雑に言うと、ダンゴムシのお化けという感じかしら。
彼らは毒のあるユーカリの落ち葉を食べるので、この地域の生態系において重要な役割を果たしているわ。詳しくは知らないけれど、きっと毒を分解できる共生菌とかがいるんじゃないかしら。
南アのグリーンバナナローチというゴキブリも有名ね。全身が幼葉のような薄い緑色をしている美しいゴキブリよ。見た目がまだマシということで爬虫類の餌用として販売されているらしいわ。マレーシアには枯れ葉に擬態していると思われるゴキブリがいて、こちらはチャバネゴキブリのような微妙な茶色ではなく照葉樹の枯れ葉のような、まるでクチクラがあるようなテカりをもつはっきりした赤茶色で綺麗ね。
あと、瑠璃色の美麗種ゴキブリがいたはずなのだけれど……ちょっと名前が思い出せないわね。
最近ウチで飼育しているのは、インド原産のドミノローチという種。胸部は灰色、翅は黒地に白色の不思議な模様があって、テントウムシのような円形の見た目をしていて可愛いわ。ドミノローチ型のブローチとかカフスボタンとか、お洒落だから絶対売れると思うのだけれど。ドミノローチ型マウスなんていうのもいいわね。
ゴキブリはペットとして人気なのよ、意外と。日本ではそれほど流行っていないけれど、海外ではかなりメジャーな地域もあると聞いたことがあるわ。
ゴキブリの飼育は簡単よ。なんでも食べる雑食性だし、飢えにも強いから。ただし、特に熱帯産のものは寒さに弱いから、冬場はヒーターを導入しないといけないわね。
飼育方法はカブトムシやクワガタと同じ要領で大丈夫よ。適度に土を敷いて、隠れ家となる木や樹皮を入れてあげる。ゴキブリはカブトムシに比べて体が薄いから、外を歩き回っている姿をよく見たければ土を薄くするのも手ね。餌は何でもいいけれど、飼育のしやすさを考えると昆虫ゼリーが使いやすいわね。霧吹きなどでの水分補給も忘れずに。
注意点は……これはどんな生き物の飼育にも言えることだけど、増えすぎないようにすることね。虫屋じゃない知り合いやその子供に配ろうと思っても、ゴキブリはカブトムシ以上に受け入れがたいでしょうから。逆に虫屋なら欲しい人は多いでしょうけど。ウチのドミノローチもケイの知り合いからもらってきたものだし。
生きた化石とも呼ばれるゴキブリ。もっとも古くからの地球の友人のこと、少しは興味を持ってくれたかしら。次回は……また調べてから考えるわ。
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