第25話:検索しても出てこない虫2
「さあさあ! 今度はあたしの番だよ!」
ドアをぶち破らんがごとく、ガ屋のマユさんが部屋に入ってきた。
「ハチ屋は少ないから情報が少ないって? まだそうやって言い訳できるだけマシなんだよスガルン!」
「あ? 喧嘩売ってんのかマユ」
「ではこの南方新社の昆虫図鑑を見てみましょう。ガの項目は39ページ、ハチの項目はたった3ページだね」
「ほらみろハチの方が少ないだろ?」
図鑑を見てドヤ顔をするスガルさん。
「じゃあその中でもスガルンが一番好きなギングチバチ科は何種類?」
「たった3種類だな」
「うん。じゃああたしの専門のマルハキバガ科は何種類載ってる?」
「……1種類」
今度はマユさんが黙ってドヤ顔をする。
どうして虫屋はこうすぐにマウントをとりたがるんだ。しかも彼女らの場合『自分の専門の虫の方がよりマイナーである』という倒錯したマウントのとり方をしているから手に負えない。
「それにさぁ、有剣ハチは図鑑出てるじゃん? ちゃんとした検索表の付いた」
「残念。あれは正しい同定済み標本がある前提で書かれているから、ぶっちゃけ半分くらい何言っているかわからないんだよーだ」
「そーいえばそんなことも言ってたっけね。でもこっちは記載論文とかリビジョン直接あたらないといけないし、交尾器解剖して見ないと同定できないけどね」
「……そんなことも言ってたっけな」
勝ち誇るマユさんと悔しそうに唇をかむスガルさん。
「あなたたち、そういう話はもう散々しているでしょう」
「え、まあパフォーマンスとして必要かな? って」
「醜いだけだからいらないわよ……」
というわけで、今回はあたしが『検索しても出てこない虫』の話をするよ!
前にチョウとガの違いについての話はしたと思うけど、ガの中にももちろん色々な種類がいるんだ。大きくは”マクロレピ”と”ミクロレピ”という分けられ方をしていて、より原始的なガ(たいていは小さい)をミクロレピと呼んでいるよ。あたしは鱗翅なら基本的になんでも好きだけど、その中でも特にミクロレピに興味があるんだ。
チョウに比べてガの解明度は低いけど、昆虫全体では比較的解明度の高い部類に入る――と思われがちなんだけど、実際解明度が高いのはマクロレピの仲間で、ミクロレピについてはまだまだ発展途上の分類群なんだ。
とはいえ、ミクロレピは害虫として昔から研究されてきただけあって、基盤はしっかりしているかな。でも、下手に色彩が特徴的だから、似たような色や模様のものが同じ種とされていることが多くて、交尾器やDNA情報を見比べると別種だったなんてことはざらにある分類群なの。
もしくは、人間にとって直接的な害虫でないミクロレピは(もちろんレピに限らずどんな生き物でもだけど)分類が遅れていて、あたしが特に注目してるモグリチビガやマルハキバガなんかは手に負えないんだよね。
マルハキバガ科の属するキバガ上科は、
ハチ――狩りバチの場合は”一応”分類がまとまっているのに対して、このマルハキバガの分類はなかなかに闇が深いんだけど……それ故に情報が出てこない感じかな。いや、マルハキバガ科という括りなら何かしら出てくるけど、個々の種とかになるとわからないんだよね。ヨスジカバマルハキバガとか何も出てこない。
ネット検索する上で、もうひとつハチと違う点は、体系的にまとめられているホームページがあることだね。「みんなで作る日本産蛾類図鑑」というサイトがとても便利で、一部の種は写真も載ってる……というか、マルハキバガの画像のソースはほとんどここだったりするよね。まあアマチュアでマルハキバガやってる人なんていないだろうしなぁ……。
「やっぱりガの方が情報があるじゃないか!」
「何言ってるの。”マルハキバガ”って検索、”ギングチバチ”って検索するのと変わらないスケールだよ!」
「ばっかお前マルハキバガ科なんて日本産で30種程度の小規模ファミリーだろ? ギングチバチ科は274種だぞ。スケール全然違うんだよ!」
「ぐっ……で、でも、じゃあハチは生態写真がたくさん出てくるじゃん! Nyssonとかむしろ生態写真の方が多いんだけど!? Promalactisなんて標本写真かナイターに来た写真くらいしかないよ!」
「言うてそのNyssonの検索の中に色々なやつが紛れてるけどな。それにPromalactisは生態的にナイター写真以外は厳しいだろ」
「むぅー!」
逆に、トリバガやヒゲナガガは結構生態写真画像も載ってるんだよね。ヒゲナガガはほとんどクロハネシロだけっぽいけど。マルハキバガもトリバガも開張1~2mm程度の大きさだけど、トリバガの画像の豊富さはマルハキバガに比べて圧倒的。トリバガは見た目も特徴的だししょうがないか。
スガルンの言うように、マルハキバガの生態は特異なんだ。幼虫はサルノコシカケとかのキノコが生えている朽木の樹皮を食べて育つらしくて、まあ普通に葉っぱ食べてるやつとかに比べれば変な生態をしているから写真も撮りにくいだろうけど……。
「ハチよりガの方が飛び回らないから撮影は簡単なはず! それでもないってことは、やっぱりマルハキバガの方がマイナーなんだよ!」
「むむっ……」
「――呼んだのは私なのだけれど、やっぱりやめておけばよかったと後悔しているわ」
「うーん……二人ともマイナー分類屋で『マルハキバガ? 何それ?』とか言われ続けてきているせいで、逆にいかに自分の分類群がマイナーかで自分を表現するしかなかったんだよきっと」
「悲しいわね」
まあ僕達だって普通の人からすればマイナーな虫に一喜一憂しているのだろうけどね。
「ようし今日という今日はどちらがより強いか決めようじゃないか!」
「望むところだよスガルン……!」
もはや何度目だかわからないであろう、謎の”強さ”決定戦を人の部屋で始めようとする二人。
「はいはい、そういうのは居酒屋ででもやってちょうだい」
「え、あ、おいなんだよスミレ」
「ちょ、ちょっと、まだあたしの話終わってない――」
スミレがまだ何か喚いている二人を無理やり部屋から押し出す。
「……」
パンパン、と手を払うスミレ。
「あの二人は、人にものを教えたり紹介したりするのに適していないことがよくわかったわね」
「ええ……」
「やっぱりあなたが話してくれることの方が面白いしわかりやすいと思うわ」
「……なるほど?」
スミレのこの発言にはしっかりと裏があって、つまりは『あなたは他人を頼っていないで早く書きなさい』と言っているということぐらいさすがに長い付き合いだからわかるよ。
「……善処します」
「ええ」
スミレの笑顔は怖いくらい可愛い。
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