第15話:運命の瞬間は得てして覚えていない

 前回は思い切りルリジガバチへの愛を語ってしまったが、そういえばこの話は「私が何故ハチ屋になったか」ということだった。

 前回までで、私がハチに興味を持ったきっかけ――というかスズメバチやミツバチ以外のハチを知った出来事についてはお分かりいただけたと思う。しかし、ハチに興味が向いたのも正直採集会の時限定で、さらに一番好きな昆虫はハチではなかった。

 JKスガルが当時一番お気に入りだった昆虫は、オオスカシバというガだった。次点がゴマダラカミキリやルリジガバチ、続いてクワガタやホウジャクというガ、タイコウチなど。ルリジガバチは綺麗なのでよく覚えていたが、他のハチはほとんど認識していなかった。


 ところで、私の子供の頃の夢は「博士」である。「はくし」ではなく「はかせ」だ。昆虫博士とか恐竜博士とか、とにかくその道のすごい人になりたかったわけだな。

 成長するにつれて、その夢は具体的な職業と結びつく。それが博物館の学芸員だ。世界的には学芸員といえば研究者の側面が強いのだが、日本の学芸員は「雑芸員」と揶揄されるほど、研究以外にも教育活動や事務仕事まで、様々な仕事をせねばならない仕事だ。その中でも私は、市民や子供に対する教育活動に非常に興味をひかれた。これは、例の友の会でお世話になった学芸員さんに格別憧れを抱いていたからというのもある。


 そんな夢を抱いて昆虫の研究室がある大学に進学した私は、生物好きが集うフィールドワーク系の部活に入部することになった。当然私は昆虫を扱う班へ入ったわけだが、どうやらこの時に以下のような会話をしたものと推測している。


先輩「キミは何の虫が好きなの?」

私 「えっと……ハチ、とか、ですかね……?」


 推測している、というのは、実を言うとまったく覚えていないからだ。毎年こういう質問をするし、私も後輩に同じように質問をした。ケイや他の面子も言っていることだろうが、とにかく昆虫は種類が多い。例えば鳥が好きな人で「カラスは大好きだけどカモはなんか嫌い」とか「ダチョウは鳥と認めない」とかいう人はそんなにいないと思うのだが、昆虫においてはそういうことが多々ある。例えば私はバッタなどの体の柔らかくて飛び跳ねる虫は苦手だ。正直あまり触りたくないくらいである。

 なので、虫屋が虫屋に「あなたは何屋さんですか?」と聞くのは「こいつと自分は相いれる存在か」というのを量っている面がある。単純に同志かどうかを知りたいのもあるが。時として「昆虫好き」では同志になりえず、さらに進んで「ハチ好き」の段階まで来て同志と呼べるのだ――などと言うと多少大げさか。


 話がどんどん逸れるのが私の悪い癖だ。話を戻すと、確かに憧れの学芸員はハチの研究者だった。しかし、この時はそこまでハチ自体に興味がなかったし、実際に「ハチが好き」と答えたかどうか記憶にないのである。マジで。

 その後、その話を聞きつけた先輩のハチ屋(この人は真正のハチ屋)に、


『あなた、ハチが好きらしいですね』


 と言われ、


『あ、えっと、はい、そうです』


 と答えたことは覚えている。ハチ屋になった瞬間を覚えていないと言ったが、いわばこうして「はい、そうです」と答えた瞬間こそ、私がハチ屋になった瞬間といってもいいのではないだろうか。いや、そうだ。そうしよう。


 めったに出現しないハチ屋の後輩ができてうれしかったのだろう、その先輩にはとても目をかけてもらった。先輩はハチにまつわる様々なことを話そうとしてくれていたのだが、いかんせん私はハチ屋と明言はしたもののまだほとんど何も知らない状態だったため、かなり要領を得ない返事をしてしまっていたのは申し訳なかった。

 そんな感じで、大学1年目はとりあえずハチを中心に、いろいろな昆虫を採っていた。年間で、ハチとその他の昆虫を半々くらいずつ採集していたようだ、というのが自分の標本からわかる。

 一応ハチは採っていたが、採集方法はJCスガルの時のままで、保存や標本作成も他の虫と同じような感じで行っていた。詳しい説明は省くが、ハチの標本をつくる時は翅を直角に立て、脚を下方向に下げるのがよいとされている。こうしないと同定形質(種を見分けるための部位)が観察できなくなることがあるからだ。

 初めてハチ屋の先輩と採集に行ったとき、私のこの体たらくを見た先輩は呆れるというより驚き「もっと教えてあげればよかったですね」とすまなそうにしていた。いきなり「ハチが好きです」というやつはなかなかいないので、私がよっぽど昔から好きで詳しいものと思われていたようだった。


 2年目は修行の年だったな。折よくこの年、日本の針を持つハチを集めた図鑑「日本産有剣ゆうけんハチ類図鑑」が発売されたため、ハチの勉強がぐっと楽になった。なにせ今までこういうまとまった図鑑がなく、あちこちに散らばる文献を集めなければ同定もできず、その文献もオープンアクセスできるものは限られていたため、初心者にとっては垣根が非常に高かったのだ。

 まあ、この図鑑から「図鑑も絶対ではない」という大事なことを学ぶわけだが……ともかく初心者にとってこの本はバイブルのようなものだったのだ。ハチを採ってきてはこれで調べ、また採ってきてはこれで調べ、ということを繰り返し、まだ2年しか使っていない私の図鑑はすでにくたびれつつある。


 修行という意味では、自分で計画を立てて遠征したのも2年目だった。1年目は先輩の都合がつかず、あまり遠くの採集地へは連れて行ってもらえなかった。そのため大学や家の周りでばかり採集していたので、ぶっちゃけ大した虫は採っていない。その反動と、免許を入手したこともあって、車であちこち出掛けた。それでもまだまだ、3年目には程遠い採集回数と採集品だったが。


 3年目になると、次々と初採集のハチを採れるようになってきた。今までは花に来ているハチをちまちま採っていただけだったので種類も偏っていたが、草むらを掃くように網を振っスウィープしたり、朽木や地面など今まで見ていなかった場所にも目を向けるようになったことで、採集種が格段に増えた。

 また「虫屋の眼」と呼ばれる能力もだんだんと育ってきた。これは昆虫発見能力のことで、わかりやすいところでは周囲の環境に溶け込んでいる虫を見つけることができるかということだが、私の場合はいかに小さなハチを視認できるかということが大きい。大多数のハチは10mmあるかないか程度の大きさしかないので、飛んでいる時はもちろん網に入ったあとでも識別できるかどうか怪しい。これをハチだと認識できるようになることで、採集能力がひときわ上昇するのだ。


 3年目にしてようやく虫屋の眼を開眼した私は、破竹の勢いでハチを採集した(ダジャレではない)。1年目は年間のすべての採集した昆虫で300個体程度だったのに、3年目はゴールデンウィークの終わり時点で、ハチだけで300個体は超えていたと思う。

 それに対して、ハチ以外の昆虫なんて土産用を除けば年間50個体も採っていないんじゃないか。それもほとんど西表だけで。なんともまあ、自分でも引くくらいハチ以外に興味がない虫屋になってしまった。

 そのくらいハチにばかり集中したせいで、他の昆虫を知らなさ過ぎてドン引かれたりもするが……少なくともハチ屋の人々とある程度話が合うというか、何を言っているかわかるようになってきた。専門の人たちの会話とかマジ異国語だからな。虫の名前は学名で言うし、体の部位とか習性なんかも専門の英単語を使うもんだからちんぷんかんぷんだったが、いやあ、自分で言うのもなんだが成長したものだ。


 1年目2年目は、ハチ屋と呼ベるほどハチの事を知らなかったし、ハチを愛していなかった。3年目にしてようやく、ようやく自分のことをハチ屋と呼んでもいいかなと思えるようになってきた。こうして振り返ってみると、我が事ながら感慨無量である。


 そしてこの記事を振り返ると……なんだこれ、ただの自分語りじゃないか恥ずかしい。特に後半。まあ楽しかったからいいか。

 これでケイの脅し……要求には答えられたかな。今回は自分のことばかり話してしまったから、また何か思いつけば今度は「面白いハチの話」でもするとしよう。

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