第32話:女三人台湾旅1

 スガルが虫採りしたい虫採りしたいとうるさいので、私、スガル、マユの三人で台湾調査旅行に行くことにした。この三人での旅行なんて久しぶりなので、思いのほか楽しみにしている自分がいたわ。


 ケイは『女三人旅、いいね。気を付けて行ってらっしゃい』と快く送り出してくれたけれど、きっと内心うらやましくて仕方がないと思う。ケイの気にいりそうな虫がいたら、採って帰ってあげよう。


「んー! 久しぶりの高雄だけど、南の風に吹かれると、来たなぁって感じがするよね!」

「虫を採らせろ……虫を採らせろ……」

「わかったから、まずは宿に行きましょう」


 日本から台湾に行く人の多くは、観光地に近く飛行機の本数も多い、台北の台湾桃園とうえん国際空港を利用する。けれど、私達が利用するのは高雄市にある高雄国際空港の方。こちらも大きな町で、観光地も色々あるのだけれど、ここを利用する一番の理由は交通マナーがいいからよ。

 台北の交通マナーはかなり悪くて、見知らぬ街中を運転するのはとても危険。しかも、台湾は左ハンドル右側走行だから、慣れるまではそんな危ない場所で運転はしたくないわよね。反面、高雄周辺は交通量も多くなくマナーもいいので、慣れない逆ハンドルでもなんとか運転できるというわけ。


「宿はいつものところ?」

「ええ。結局あそこが一番便利いいでしょう?」

「あそこを見つけたスガルンはさすがだったね」


 今日は高雄で一泊して、明日から行動を始める予定。日本の宿では人数分の値段をとられるけれど、台湾は一部屋いくらでお金を払うので、街中や駅前でも一人2000円くらいで済むこともある。私達が今回利用する宿は、高雄メトロの駅の近くで、夜市にも近く、さらに朝食バイキングもついて、一人2200円程度で済むという素晴らしい宿よ。


「受付のおばちゃんも気さくだし、部屋も広くてきれいだし、朝食もおいしいし、こんな安くていいの? って感じだよね」

「むしろ日本の宿が高すぎるんだと思うけどな。もちろん物価の関係もあるが」


 キャリーバッグをがらがらと引っ張りながら、空港に直結している地下鉄の方へ向かう。この辺りはもう慣れたものね。一卡通(iPass)も既に持っているし。

 一卡通。高雄メトロで使えるチャージ式のカードだけれど、高雄メトロ以外の鉄道やバスなどでも使える。さらに、台湾全土のコンビニやスーパーなどでも使えるので、いちいち値段を聞き返したりお釣りをもらったりしなくていいから便利よ。空港へ着いたらまずお金を換金して、隣のコンビニでこれを買ってお金をチャージすることをお勧めするわ。


 高雄空港から高雄の街中までだいたい60円くらいかしら。初乗り料金もだいたいこのくらいだから、メトロを使ってあちこち旅行すると楽しいわよ。


「着いたー!」

「とりあえず荷物を置いて、遅い昼メシかな」

「そうね」


 你好、と受付の女性にあいさつする。この宿を何度も利用しているスガルさんいわく、この女性以外の受付の人を見たことがないとのこと。今回も同じ女性で、あんたまた来たのねとでも言いたげに親しげな笑みを返してくれた。どうやら”釣竿ケースを持った3月ごろによくやってくる日本人女性”は覚えられているらしいわね。


「置いたー!」

「昼メシ何にする? 小籠包は夜市で食べるよな」

「水餃子はこの後飽きるほど食べるでしょうし」


 海外といっても、台湾の食事はマレーシアやタイなどの東南アジア諸国に比べると日本のものに近いの。食事が合わなくておなかを壊すということはあまりないと思うわ。

 結局、近くの食堂で肉絲拉麵牛肉ラーメンを食べた。麺が細く薄味で油の多い肉うどんといったところかしら。こちらの料理は味に関しては受け付けないことはないけれど、量が多いのでおなかがいっぱいになってしまうこともあるから気をつけなさいね。


「食べたー!」

「観光どうする? そういえばいつも観光したこととかなかったな」

「あなたたちは虫にしか興味がないでしょうからね……」


 本当にこの人たちは、出掛けるといったら虫の事しか考えてないんだから。これでも大学生のころに比べれば相当マシになった……マシにしたのだけれど。主に私が。


「私、宝石商の市場に行ってみたいのだけれど」

「「宝石ぃ~?」」


『死んでいる宝石より生きている宝石昆虫の方がいいでしょ』とでも言いたげな二人。本当に虫以外に興味ないわね。

 高雄では決められた曜日に宝石市場が開かれているの。日程の関係で今までは行けなかったのだけれど、今回は丁度開催日に来ることができたので、一度行ってみたいのよね。


「別に宝石やアクセサリーに興味があるというわけではないのだけれど」

「そりゃあスミレちゃんお嬢様だもん。逆に珍しくないでしょ」

「……それもあるかもしれないけれど」


 私の興味は宝石市場という場所と、どちらかというと鉱石という意味での宝石ね。宝石自体は何の役にも立たないもの。


「そう遠くないんだな。特に行先もないし行ってみるか」


 というわけで、私達は宝石市場へ来た。


「思ったよりにぎわっているのね」

「観光客が多いみたいだけどね~。買い付けの人とかもいるのかなぁ?」


 事前に調べて、一般人も普通に来るような開かれた場所だとはわかっていたけれど。こうして実際に目にするとほっとしたわ。


「おい! 見てみろよ二人とも! この小さいヒスイのイヤリング、これ1万元もするらしいぞ!」

「1万元って……さ、3万円!? たっか……」

「すぐお金の話をする……」


 大阪気質のスガルはともかく、どうして生まれも育ちも福岡のマユまでこうもけちなのかしら。いえ、福岡も商業の街だから同じようなものなのかしら……(意見には個人差があるわ)。


「この値段は値切る前提みたいよ。あなた大阪人なのだから値切ってみなさいよ、スガル」

「私は兵庫県民だ! それに値切るのは家電や家具、車とかだけだし……」


 やっぱり値切るのね。


「宝石としてではなく鉱石として見るなら、やはり自分で採取しないとなぁ、と思ってしまうな。まあ虫以上に難しいだろうが」

「あら、そうでもないわ。黄鉄鉱や磁鉄鉱なら簡単よ」

「オサ掘りより?」

「おそらく。おおよその場所がわかっていればの話だけれど」


 もっとも、オサムシ掘りと違って鉱石採集は叩き割る感じだけれど。


「それで、なんか買うの?」

「そうねぇ。記念にこの100元のストラップでも買っていきましょうか」


 宝石市場を出た私達は、マユさんの思い付きで書店めぐりをすることにした。台湾のチョウの図鑑が欲しいのだという。


「なんとなく今まで買ってなかったんだけど、せっかくならと思って」


 チョウについての情報はインターネット上にいくらでも載っているから、図鑑がなくても調べるのに困らなかったのね。さすがね。

 近くの書店を調べて足を運んでみると、半地下のお洒落な雰囲気の古書店だった。


「あ、あったあった! この辺図鑑系だよ。クワガタの本とかある」


 小説や哲学書、健康ガイドや漫画など、陳列されているジャンルは日本と変わらない。強いて言えば哲学書や宗教書がよく目につくかしら。自然科学の書籍も棚一つ二つ分で、これも日本と変わらないわね。


「植物の本もあるな。海浜植物のは……残念、ないか」

「で、肝心のチョウの図鑑はあるの?」

「えーっと……あるある、たくさんある」


 みれば、蝶と名の付く図鑑は8種類くらいある。


「このハンドブックみたいなのは前に日本で買った気がする」

「こっちは上中下であるじゃないか。台湾って何種類くらいチョウいるんだ?」

「だいたい400種くらいじゃなかったかな?」

「そんなにいるのね……。恐るべきだわ」


 日本のチョウは北海道から沖縄まで合わせても300種しかいない。それに比べて台湾は400種。九州くらいの大きさの島にこれだけの種類が生息しているのだから、まさに昆虫王国といった感じね。


「で、お前これ全部買うの? 見たところ半額くらいにはなってるみたいだぞ」

「え、えー……ほしい……けど、こんなに厚い本だとは思ってなかったから……」

「確かに、合わせて1000ページは超えているものね。荷物に空がないと厳しいかしら」

「ううーん……と、とりあえずシジミチョウの図鑑だけ……」


 アゲハチョウやシロチョウ、タテハチョウは図鑑がなくてもわかるし、セセリチョウやジャノメチョウはそれほど好きじゃない。そこで種類も多くて区別が分かりにくいシジミチョウの図鑑を選んだというわけね。賢いわね……。


「じゃあ私はタテハチョウの図鑑を貰おう」


 言いつつ、スガルは私にアゲハチョウの図鑑を押し付ける。


「……ただし、私はすぐにいらなくなって処分するかもしれないから、そのときは連絡するわね」

「や、やだ……この二人イケメン……」


 茶番ね……やれやれ……。

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