第7話:ペットにおすすめ?・ハチのオスの話
前回は二ホンミツバチ、セイヨウミツバチ、スズメバチの三すくみ関係について話したね。今回は少しハチという昆虫全般について話してみようと思う。
さて、まずはみんなが知っているハチの名前を挙げてみて。何種類くらい知ってるだろう。
――ミツバチ、スズメバチ、アシナガバチ、クマバチあたりはだいたいみんな知ってるみたいだね。
マルハナバチ。うんうん、セイヨウオオマルハナバチは外来種問題で有名だ。教科書にも載っているから知っている人も多いかな。
他は? ……キバチを知っている? じゃああなたはきっと林業関係者だろう。
ルビーアカヤドリコバチ? 君は絶対九大農学部出身だ。間違いない。
どうかな。ハチという生き物を知らないっていう人はほとんどいないと思うけど、じゃあ知ってるハチはと聞かれると、ほとんど出てこないんじゃないだろうか。
ほかの分類群を考えてみよう。例えば甲虫。カブト、クワガタはもちろん、カミキリムシやコガネムシ、カナブンも有名だ。オサムシは手塚治虫のおかげでかなり知られているし、ハンミョウやゴミムシなんかも知っている人は知っているだろう。テントウムシやホタルもこの甲虫の仲間だ。
ほかにもチョウの仲間。チョウとガが同じ鱗翅目に属するということを知らない人は多いけど、たとえ名前まで詳細に知らなくても、それぞれたくさん種類がいるっていうことは知っていると思う。
一方、ハチというのはほとんど知られていない。スズメバチ、アシナガバチ、ミツバチ、クマバチが関の山だろう。虫屋の中でもほかの種類はあまり知らないという人もいるし、何より僕も大学に入るまでは数えるほどしか知らなかった。
ハチは種類が少ないのだろうか? 甲虫――鞘翅目の仲間は名前がついているだけでおよそ35万種。チョウやガの仲間の鱗翅目はおよそ14万種。それに対してハチやアリの仲間である膜翅目はおよそ12万種。名前の付いているものだけ比べても、ハチは三番目に種類が多い昆虫なんだ。そう、名前がついているだけでは。
甲虫やチョウは平均的に体サイズが大きく(もちろんすごく小さい種類もたくさんいる)、何より形がかっこよかったり色が綺麗だったりして、専門家だけでなくアマチュアにもたくさんファンがいる。採る人が多ければそれだけ解明率も上がり、結果としてたくさんの種に名前がついている。
一方ハチは、そのほとんどが5mmに満たない非常に小さな虫だ。ハチといえばスズメバチやミツバチだけど、実はハチ全体ではすごく大きな部類なんだよね。たいていのハチは肉眼じゃ小さな点に見えるし、顕微鏡がないとどんな姿かたちをしているかわからない。
しかも、スズメバチのようなごくごく一部のハチが人を襲うこともあるので、ハチ全体が危険な生き物だと思われてしまっている。でも実は、そもそも針を持っているハチというのは全体で見ると少数派なんだ。多くは針がない、あるいは刺されたところで小さすぎて何も感じないやつばかりだけど、やっぱりスズメバチのインパクトが強すぎて、ハチは人間を刺し殺してくる超危ないヤツだという認識が蔓延している。
こんな感じで、ハチの仲間は比較的とっつきにくい虫であるということは確かだ。実際、ハチの研究は農業的に有用なので古くから行われているんだけど、そのどれもが微小なハチなんだよね。農家さんにとって、害虫はしっかり見分けないといけないからその姿かたちや名前はとても重要だけど、益虫となるハチの方はどんな姿かとかあまり重要じゃないんだよね。薬を飲むときにその化学構造がどんなものかなんて考える人はあまりいないのと同じだよ。
そんなハチでも、12万種は名前がついている。ハチの仲間のほとんどは寄生性で(寄生の話は別の機会に)、つまりは寄主の数だけハチがいると考えられる。そういうことも踏まえて推定すると、実際は30~40万種には登り、なんと甲虫より多くなる可能性があるんだ。
さらに詳しく言うと、甲虫の中でもカブトムシやコガネムシはコガネムシ科、クワガタムシはクワガタムシ科、カミキリムシはカミキリムシ科――といったように、いろいろな仲間が広く知られている。それに対してハチは、スズメバチとアシナガバチは同じスズメバチ科、ミツバチとクマバチは同じミツバチ科だ。たった二つの科のハチしか知られていない。甲虫より多いかもしれないというのに、知られているのはたったこれだけなんだ。
という感じで、ハチがどれだけ一般に知られていないかという話でもこれだけ盛り上がることができる。そんなにハチに固執していない僕ですらこうなのだから、ハチに対して多大なる興味と感情を持っていたスガルさんの話は留まるところを知らないだろうね。
それぞれの種類についてはまた別の機会に話すとして……今なんだか背筋がぞくっとしたんだけど。獲物としてロックオンされたような……いや気のせいだ気のせい。
そ、そろそろ表題の件に移ろう。ハチの中でも毒針を持っているのは少数派だと言ったけれど、実はあのスズメバチでも針を持っていない個体がいる。それがオスのハチだ。
ハチの針は、産卵管と呼ばれる卵を産むための管が進化してできたものなんだ。だから、そもそも産卵管を持っていない――卵を産まないオスには針がない。針がないのなら刺されない。
よって、カブトムシやチョウのように手でつまんでも大丈夫というわけ。しかもスズメバチは昆虫ゼリーで飼える。樹液をなめているのだから昆虫ゼリーでも問題ないんだろう。
*
「スズメバチのオス? を採りに行くの?」
「ってスガルとマユとクロシマくんが」
10月下旬、珍しくスミレから採集に誘ってきたので何事かと思ったら、いつものメンツに誘われたらしい。スミレはなんだか彼女たちとすごく馬が合うみたいだけど、やっぱり変なもの同士ひかれるところがあるのかな。
「いますごく失礼なことを考えてない?」
「ないない。スズメバチのオスか。あんまり気にしたことなかったな」
というわけでついていってみた。
「すっごい寒いんだけど」
「こんな日に飛ぶのか?」
「いやあ……私にもわからん」
採集日と気圧の谷間がぶつかったようで、一昨日までの暖かさはどこへやらといった天候になってしまった。
「まあ俺はさっきトビナナフシ採ったしいいんだけど」
「あたしもさっきツチハンミョウ拾ったからいいんだけどね」
「私は寒いわ」
「僕も寒い。気温も毒ビンも」
「みんなして私をいじめるんだな……」
先ほどから、山の近くのサザンカの前で網を持ったまま突っ立っている僕達。時々スズメバチは飛んでくるんだけど、どれもメスばかり。いわく、オスは少し暖かくならないと飛ばないらしい。
「このまま帰ったらいい笑いものだ……!」
「まあ俺はさっき」
「その話はもういい」
そんな時、スミレが「あっ」と声をあげた。
「ケイ、あの子、変」
そう言ってスミレが今しがた飛んできたハチを指さす。
「? どこか変かな?」
「なんだかわからないけれど、なんとなく変」
オスはメスに比べて全体的に細長く、顔は面長で触角が長い。慣れれば雰囲気でわかるらしい。スミレはまだそんなに虫に触れているわけではないけれど、こういう妙な勘があるというか……いい目を持っている。
「よっと。ほい捕まえた。どれどれ、1、2、3……腹部が7節。うん、オスだね。さすがスミレ」
コクリと頷くスミレ。それを聞いた三人衆がバタバタと網を構えなおす。
「これは……メスかよ」
「あ、これオスだオス!」
「これはどうだ、メスか!? ……うわ針出しやがったメスだ!」
僕らは採集の時も淡々と過ごす(感情は大きく上下するけどあまり表に出ない)ので、彼女たちの採集は傍から見るといつも全力で楽しそうだ。
*
という感じで、スズメバチはオスなら安全かつ簡単に飼えるという話でした。でも実際のところ、オスが出現するのは繁殖期である秋の終わりごろだけだし、結構すぐ死んじゃうんだけどね。
でも、こうして手元に置いてじっくり観察すると、ハチっていう虫は結構面白いことがわかるよ。あ、でももし間違ってメスを触っちゃうと危ないから、採る時はわかる人と一緒にね。
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