第12話:箸休め・とある虫屋たちの飲み会
さて、この連載も皆さんのご愛顧のおかげで10話を越えました。ありがとうございます。
ここまでは、僕の幼少期の話や昆虫の小噺、採集の様子など書いてきたわけだけど……。
「ネタが、尽きました……」
*
とある週末、僕はなじみの面子に招集をかけた。
「いやー、この面子でここに集まるのも久しぶりだね」
「最後にここでメシ食ったのはいつだ? お前らの就職祝いの時か?」
「ケイくんたちの結婚式の時じゃないかな」
「あーそうだった。その時だわ」
この居酒屋は大学からも駅からも近く、テスト明けや遠征帰りなど、大学時代は何かにつけて集まっていたものだった。進学や就職でみんな離れ離れになってからは集まることもほとんどなかったんだけど、今回は運よく何人か集まってもらうことができた。
「久々に母校での学会だと思っていたら、ちょうどケイから連絡が来たんだもんな」
「学会ならみんな集まってくると思ってね。たまには採集地以外でも親交を深めたいじゃないか」
フィールドで虫屋同士が出会うのはよくあること。もちろん現地で会う約束などしておらず、偶然同じ地域や島の同じ場所に同じ日程で採集に来ているということだよ。目当ての虫が同じ場合、それが採れる時期と場所は同じなんだからこういうことは結構あるんだ。
「そういえばあのハチ屋はどうしたのよ」
「スガルンはねー。明日発表のスライドがまだできてないから完成し次第合流するってさ」
「彼女のそういうギリギリ癖はまだ直ってないのか……」
今回集まったのは、ガ屋のマユさん、カブクワ屋のクロシマ君、ゾウムシ屋のヤシオ先輩、カミキリ屋のメグリ先輩。このくらい多様性が高ければ十分だな。
「婚期もギリギリ……と」
「メグリンそれセクハラ!」
「いいじゃない同性なんだし」
最近では同性でもセクハラになるんじゃなかったっけ。
「それにその発言はあたしにも飛び火するんですけど!? 自分はさっさと結婚したからってさぁ!」
「ふふん」
「むかつく~~~!」
メグリ先輩のドヤ顔にガンガンと机をたたいて悔しがるマユさん。そのままその手でジョッキをあおる。今日もペースが速そうだ。早めに本題に入ったほうがよさそう。
「ていうか、お前の嫁はどうしたんだ。昼は発表してただろ」
「ああ、スミレは野暮用で一足先に帰ったよ。みんなに会えないって寂しがってた」
「――あの子の場合、キミと一緒に居られないほうが寂しいと思いそうだけどね」
さすがヤシオ先輩、鋭いことを言う。
「それで? 愛しの奥さんをほったらかしてうちらに招集をかけたわけは?」
そう。今回スミレを差し置いて彼らに集まってもらったのには理由がある。
「実は――」
*
「――ははあ、なるほどね。自分の子供の時の思い出とちょっとした面白い虫の話を書いたら、もう書くことがなくなった……と」
「そうなんだよ……。僕は昆虫全般が好きだけど、だからといってどれもこれも詳しいわけじゃないし、専門外の虫の話をわかりやすく、かつ面白く書く自信もないし」
昆虫の種類はとにかく多い。その数は個人では扱いきれないほど膨大だ。特に種類の多い甲虫やハチになると、その目の中でさえわかる虫とわからない虫があるほど。そんなものを個人がまんべんなく、かつ面白く書くなんて土台無理な話なんだよ。
本当はネタが尽きたわけじゃない。ネタをネタとして書けるほど、僕はまだ昆虫のことを知らないんだ。
「だからといって、採集記ばっかり書くのもどうかと思うわけ」
「そうだよな。生態的な面白さは一般にもウケやすい内容だろうが、採集の話は難しそうだ」
「実際に採集をしている人……百歩譲ってフィールドワーク関係の人なら面白みや共感を得られるだろうけど、そうでない人だと、ねえ」
虫を採るということの是非、という話もあるけれど……それはさておき、採集記というのは旅行記と違って細かな地名を書くことができない。これはモラルの問題。ある珍しい虫がここにいます、ということを簡単に発表してしまうと、その虫を欲しい人がそこへ押し寄せてしまう。
虫屋の中には「自分だけなら……」という考えの人も残念ながら少なからずいる。そういう虫屋の風上にも置けない人たちがたくさん採集に来れば、そこの虫は一気に減ってしまう。だから採集地などの情報はあまり明かさないようにするというのがマナーになっている。特に最近はインターネット上で誰でも閲覧できるようになってしまっているので、こういうマナーはなおさら徹底しないといけない。
「旅行記的なものを期待している人にとっては『福岡のとある山』とか『紀伊半島』みたいなふわっとした書き方じゃ満足できないわよね」
「行先不明、宿不明、そもそも普通の人が行かない場所ばかりじゃ……」
山奥の旧道を2時間進んだ先の河川敷で「マグソクワガタの乱舞だ!」とかやっても普通は何が面白いのかわからないもんなぁ。
「まあ……でも、それでいいんじゃないか?」
「どういうことさ、クリュー」
みんなクロシマ君の顔に注目する。
「よせよ……そんなに見つめられると照れ」
「そういうのいいから早くいいなさい」
「手厳しいっすねぇ。――いやまあさ、万人受けとかわかりやすくとか、そういうのも大事だけど、結局は面白いと思うことを書くのが大事なんだろ」
――かかった。
「それもそうだね。難しくない表現を使うとか、書き方の面では専門外に配慮すべきだとは思うけど、書き手が面白いと思うことを書かなきゃ面白くないか」
「昔、うちの部で部誌をつくったことがあったけど、あの時も面白いのとクソつまんないのがあったもんねー。明らかに書き手のやる気がないというか、書けと言われたので書きました感があってさ」
「一方どっかのハチ屋は50ページの超大作をあげてきやがったからな。全200ページ程度の冊子だったのに」
「……てめぇも30ページは書いてただろ。しかも私は3記事50ページだけど、お前は1記事で30ページだからな?」
ちょうどいいタイミングでスガルさんがやってきた。
「スライドできたの?」
「天才だからな。超速で終わらせた」
「賢いやつはさっさと終わらせとくのよバーカ」
「まま、駆けつけ一杯」
このままスガルさんも酔わせて巻き込もう。
*
「ロシア人と中国人は英語で論文書けよぉ!」
「キリルなんか読めんのじゃボケぇ!」
*
「だぁらぁ! あらしは思うわけれすよぉ! チョウとガを区別するやつらは人種差別するのと同等の罪があるってぇ!」
「でたな蛾類至上主義め!」
*
「ケイ君国語2やったの!? なのに連載記事書いてんの!? ぶひゃひゃひゃはっは!!」
「笑うなよお。でもまーそーいうわけだからさぁ、キミたちにも手伝ってほしーんだけどぉ、どおよ?」
「嫁に頼めよ嫁にぃ!」
「もー頼んだっつーのぉ! そーしたら『やるならとことんやるわ(キリッ)』って言ったまましばらく推敲の旅に出ちゃってさぁ」
「わーったわーった、じゃあこのスガルさまが書いてやろう!」
「あらしも書く―……ぐぅ」
「あっこらこの鱗翅オタク、わたしの上で寝るな!」
*
「この間、ゾウムシを知らないっていう人に会ったんだけど、ありえないよね?」
「まずいヤシオパイセンがマジトーンで喋りだした」
「知名度の話なら、まず
「倒れながら何言ってるんだおめーは」
*
このあとのことは、あまりきおくにない。
しかし――彼らを巻き込むことに成功した。『記事を書いてやる』と言質をとった。もちろん録音済みである。
「計画通り」
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