第17話:昼行性と夜行性
今回は、ガのことを地味とか汚いとか気持ち悪いっていう不届き者たちに鉄槌を下すお話だよ☆
*
――昔々、ある学祭でチョウとガの標本を展示している超絶美少女マユちゃんがおったそうな。
超絶美少女マユちゃんは、ひとつのドイツ箱に各地のチョウを入れておった。青緑や金緑色が美しいミヤマカラスアゲハや南西諸島の顔であるオオゴマダラなどの大きくて目を引くものから、ごく限られた地域にしか生息していないカシワアカシジミや地域によって色彩が変わるスギタニルリシジミ、見た目は地味――渋いが珍しいヒメヒカゲなど、様々なチョウを飾っておった。
一方、別の箱には各地のガを入れておった。月の女神の名をもつ美麗種オオミズアオ、後翅の色彩が息をのむほど美しいカトカラの仲間、抹茶色のエダシャクの仲間、戦闘機のようなフォルムのウンモンスズメなど、大小様々色彩多様なガを飾っておった。
さらに、最後のひとつにはミクロレピと呼ばれるとても小さいガの仲間を入れておった。超絶美少女マユちゃんの最近の好みはこの
同じように展示をしていたぐうたら寝坊助スガルちゃんと、
『お前のミクロ箱すごいな。よくもまあこれだけ展翅したもんだわ。これは頭おかしい。私にはできないな』
『スガルンのギングチ箱だって、よくそんなに集めて同定したもんだよ。あたしにゃ全部おんなじハチにしか見えないし。っていうかマジ黒い点』
などと互いの標本箱を褒めているんだか貶しているんだかわからない会話をしておったそうな。
学祭には大勢の人が来場し、この昆虫のブースも例年通り盛況だったそうな。腐っても大学での祭りだ。普通の人より昆虫に興味を持っている客が多く、マニアックな展示にも興味を示してくれ、彼女らも喜々として解説をしておった。
しかし、所詮は大学生の祭り。
その祈りむなしく、そのつがいはあろうことか神にも等しい超絶美少女マユちゃんの展示標本を見てこう言ったそうな。
『あたしさぁー、ちょうちょはキレイだからいいんだけどぉー、ガはキモイからキライなんだよねぇー。なんか鱗粉まき散らしてそうでキモーイ』
『わかる、わかるわぁ。色もさぁ、地味ってか汚い感じだし。夜、街灯とかに集まってんの見るとうええーってなるわ』
「――
*
はいブチギレー。完膚なきまでに叩き潰す案件出たー。これはミョルニルだわー、鉄槌下しちゃいますわー。
あたしが一番はらかくセリフがこれ! ガはキモイからキライっていう論理を使うやつが一番許せないっちゃんね! そもそもそのキモイっていう感情は本当に自分の感情? 親や周囲の環境に植え付けられた固定概念じゃない? ていうかいちゃつきたいのならよそ行けよそ!
まず、前回も述べたようにチョウとガは同じ種類の虫だからね。クワガタとゴキブリくらい違う印象を持たれがちだケド、実際はクワガタとカミキリとか、スズメバチとミツバチくらいの差しかない。
そもそも、チョウとガをまるで別の虫のように区別するようになったのは最近の事で、古来日本ではチョウもガもひっくるめて”蝶”と呼んでいたんだから。花札に蝶ってあるでしょ? 猪鹿蝶の蝶。あれもよく見るとチョウっていうよりヤママユガみたいじゃない。別段区別せず、同じような美的感覚で見ていた証拠だよね。
あたしなりにあえてチョウとガを大まかに区別するとすれば――チョウは昼行性で飛翔能力が高く、体は比較的細く触角も細長い虫であるのに対し、ガは昼行性夜行性ともにいて、体が太く毛を多く持ち、触角も太く櫛状に枝分かれするものもいる、という感じかな。あくまでこれは一般に目につきやすい鱗翅の話ね。
進化の順番に沿って、ガから説明してみるね。夜行性の印象が強いガ類だケド、昼行性のものも数多くいる。例を挙げるならスカシバガやホウジャクの仲間かな。ホウジャクは普通に鱗粉を持っているケド、スカシバは「透かし翅蛾」って名前の通り翅に鱗粉がないんだ。これはスズメバチとかに擬態しているためって言われているね。
「虎の威を狩る狐、ってやつだな。この場合、もちろん虎はスズメバチ――」
「ハチ屋は黙っとり!」
ハチ屋はすぐ「他の虫に擬態されるほどなんだから、ハチが最強で最高の昆虫」って言いたがるんだから。昆虫界では新参者のくせに。
こほん。このスカシバやホウジャクの仲間はすっごい速さで飛び回り、花の前でホバリングして蜜を吸うほど飛翔能力に長けているガなんだ。ハチとかハチドリに誤認されることもあるくらい。
ホウジャクはあまり派手な色じゃないケド、スカシバはスズメバチやドロバチに似せて橙色や黒地に黄色の帯があるものが多いね。触角はどちらも細い。
一方、夜行性のガは確かにあまり派手じゃない。というか、まあ……地味。灰色とか茶色とかね。なんでこんな地味で目立たない色をしているのかっていうと、単純に見えないから。ガに限らず夜行性の生き物が地味な色をしているのは、夜の闇の中で色を識別できないからなんだよね。
それに、チョウの様にガンガン飛び回る能力のないガの仲間は、なるべく目立たないようにして身を守っているわけ。もしくは枯れ葉や樹皮に擬態したりね。だからまあ、パッと見が地味なのは認めなくもないけど……普段前翅に覆われて見えない後翅に息をのむ美しい模様が隠されているってことはままあるし、それがガのいいところなんだよねぇ。この話は話すと長いので、次回以降に回すことにしよっと。
で、次だけど、体が毛深かったり触角が太かったりするのは、視覚以外の感覚を使っているから。昆虫の毛は動物と違い、感覚器――触覚や味覚、嗅覚を感じるところとして使われているんだ。風の流れを読んだり、振動を察知したりね。視覚情報に頼れない夜行性のガは匂いでコミュニケーションをとっているから、触角が太く櫛状に発達するんだ。特にオスの触角はメスより発達することが多く、これはメスのフェロモンをなるべく多くとらえようとするからだよ。
次はチョウの話ね。ガに対してチョウはほぼすべて昼行性。日の出ているうちに飛び回って花の蜜や樹液を吸っているのはイメージできるよね。眼を進化させて昼の世界へ進出したチョウは、外敵や仲間を触角よりも視覚で認識している、というのが重要なポイント。相手を視覚で認識できるから、色も比較的派手なものが多かったり、触角が短く退化しているんだ。
様々な色をつくるのはそれだけで大変なことだし、目立って外敵にも見つかりやすくなる。それでもそういうオスが好まれるのは、カブトムシの角の原理と同じで「俺こんな邪魔で生存に不利なものを持っていても生き残れてるぜ」っていうのを示しているということだと思うね。まあ、実際彼らの眼にどう映っているかはわからないわけだけど。
チョウはガと違って、翅の表全面に綺麗な模様があることが多いね。一方で裏面は地味なチョウも多い。コノハチョウやオオムラサキで有名なタテハチョウの仲間は、表面は目立つ色彩をしているけど裏面は枯れ葉のような色をしている。休んでいる時は翅を閉じて、この枯れ葉の面を外側にすることで目立たないようにしていると考えられているんだ。……まあ、青々とした葉の上で枯れ葉面を向けてとまっていたり、翅を開いたままとまっていて目立ちまくっているコノハチョウとかよく見るけどね。
今回もまた、チョウとガの違いについてのお話になっちゃった。とりあえず、チョウとガは同じ虫ってことと、昼行性のものは色彩が多様で、夜行性のものは地味がちになるということを覚えていてほしいな。
次回はみんなのガに対する固定概念を打ち砕く、美しいガについてのお話をするね。
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