第18話:ド派手な錦と着物の裏地

 さぁ、待ちに待った「あたしの、あたしによる、あたしのための」ガ類地位向上コーナーだよ! でも説明下手だから画像検索の準備よろしくね! それを言ってはいけないって? しゃーしか! 百聞は一見に如かずやけんね!


 *


 ガは気持ち悪いとか、キモイとか気持ち悪いとか言われて怒り心頭した超絶美少女マユちゃんは、単身マダガスカルへと飛んだ――。


「嘘つけ。そんな勇気も金もないだろ」

「しゃーしいよスガルン。いいでしょ別に、標本見ながらまだ見ぬ世界に想いを馳せても」


 マダガスカルなんてめったに行けないけんね。この間研究室の人たちがマダガスカルに行ってたんだケド、もともと去年行く予定だったのが地域情勢とか感染症とかの影響で中止になってたらしいんだ。そうでなくても採集許可の申請とか、現地での協力者カウンターパートの手配とかめっちゃめんどくさいらしい。台湾やマレーシアでの採集とはかなり勝手が違う……というか世界的に見れば台湾やマレーがゆるゆるなんだケド。そもそも時間距離的にも遠いしね。行くだけで30時間くらいかかるんだっけ。

 マダガスカルっていうのは、アフリカの南東に浮かんでいる世界第4位の大きさの島。白亜紀、恐竜の時代の終わりごろに、ゴンドワナ大陸の分裂に伴い独立した島になったと考えられていて、アフリカ大陸とは400㎞程離れているらしい。400㎞っていうと大体福岡―鹿児島中央間くらいの距離だね。

 十分大陸と離れていて、かつ大昔に分裂しているから固有種がたっくさんいるんだよね。まさに夢の島。


 話がずれちゃったケド、そのマダガスカル固有種にニシキオオツバメガというガがいる。漢字で書くと「錦のような美しい翅をもつ大きな燕蛾」ね。日本のツバメガは小さくて灰色っぽい色の地味な”ガ”なんだケド、このニシキオオツバメガは「世界で一番美しい蛾」と呼ばれているくらい、あなたのガの常識を覆す姿かたちをしている。


 はいここで画像検索タイム! ……見た? 説明できないっていうの、わかる? 百聞は一見に如かずだっていうの、わかるでしょ?


 緑、青、橙、赤――光沢を伴った美しい色彩が、まるで虹――錦飾りのように翅を彩っている。この色は構造色という、表面のデコボコが特定の光の波長(色)を反射することで色として認識されるもので、タマムシをはじめ多くの昆虫がもつ構造だよ。色素じゃなくて光の反射だから、見る角度によって色味がちょっと変わったりする。

 だから、もちろん実物の美しさは画像の比じゃないけんね。ニシキオオツバメガを見て目を止めない人、わざわざ「うわー気持ち悪い」という人はいない。少なくともあたしは見たことないね。いたら鉄槌ものだよ。


 それに、派手な色彩を除いても、この見た目は”チョウ”だよね。翅の形といいとまり方といい、アゲハチョウのそれとそっくりだ。動画サイトに飛行シーンが投稿されていたから見てみたけど、結構翅をばたつかせていて飛ぶ姿はアゲハチョウっぽくないかな。

 大型のツバメガの仲間には、他にもこんな風にアゲハチョウのような形をした種はいる。ツバメガの仲間は昼行性のものも多いので、緑や青といった綺麗な模様をもつものもいる。でも、ニシキオオツバメガほど美麗でガはいないね。


 *


『でもこんな綺麗なガって、外国のだからでしょう? 言っても日本のガは地味なやつばっかりだし、日本人がガ=地味だと思うのは仕方がないんじゃないの?』とかいうそこのあなた! それも鉄槌ものだよ!

 南方系の虫の方が派手なものが多い、っていうのは感覚的にはあってるケドね。例えばキオビエダシャクとか。西表の密林で、雨のしずくをはじきながらあたしの前を横切った時は、その美しい悪魔の姿に昇天するかと思ったよ。あ、悪魔っていうのは、この虫がイヌマキの害虫だからなんだけど。

 本州にもいるようなガだと、サツマニシキとかかな。この芋焼酎みたいな名前のガは、前翅基部の赤褐色の帯と、青緑色と白色のまだら模様が綺麗なガだね。ここまで派手な色彩をしているのは、確かにあまり多くないかも。


 でもここで『ほーらやっぱり一部の種類が特別なんじゃん』と鬼の首を取ったように言ってくるのも鉄槌ものだからね。ギラギラした派手なものはそんなに多くないけれど、美しいガはたくさんいるんだよっ!


 まず、アオシャクの仲間ね。葉っぱに擬態しているのか、抹茶ミルクみたいな綺麗な青緑色をしている。あんま派手じゃないケド、綺麗でしょ。

 緑つながりだとウンモンスズメだね。前回も登場したスズメガの仲間で、迷彩色の軍用機のような見た目がかっこいい! 普段隠れている後翅の薄紅色がチラ見えするのがまたイイね!

 次! サラサリンガっていうガは黄色地に黒の線が放射状に入っているんだけど、まるで誰かが描いたようなタッチの模様でかわいらしいよ。

 次! オオスカシバは可愛い! 可愛いは正義!


 ……雑とか言わない。そもそも美麗なガはんだから、挙げていくとキリがないんだよ。

 それに、翅を閉じている姿は地味に見えても、隠れている後翅に美しい模様があるものも多いんだ。その代表が、鱗翅屋に”カトカラ”って呼ばれるシタバの仲間だね。


 カトカラの仲間は夜行性で、樹液に集まるタイプのガ。夏場にナイターをすると時々飛んでくるね。本土にはいろんな種類が広く生息しているけど、どっちかっていうと北方系。南西諸島に行くと、カトカラの代わりにオオルリオビクチバとかクチバの仲間が増えるね。

 Catocalaカトカラっていうのはラテン語で「下(後翅)が美しい」っていう意味らしい。前翅はみんなの想像する蛾そのものといった感じの、灰色で地味、あまり美しいとは言えない見た目をしている。

 でも、その地味な前翅に隠された後翅を暴いてみると……赤、白、黄色、青といった鮮やかな原色が目に飛び込んでくる。


「ああ……エロいなぁ……」


 あたしはこういう、地味な前翅に隠された後翅の美しさを目にするたび、恍惚の表情を浮かべてしまう。ああ、でもこれ虫屋界隈では普通の事だから。ついでに言うと(だいたい)男女隔てなく。エロいっていうのは性的興奮じゃなくて、人間には生み出せない構造美や色彩を目にしたときの言葉にできない気持ちを凝縮して漏れ出した表現だからね。

 でもさ、やっぱりエロティックって言葉が一番しっくりくると思うんだあたしは。あれだよあれ、着物の裏地みたいな。地味な外側に隠した内側のお洒落、これをエロと呼ばずに何と呼ぶというのさ。圧倒的チラリズムだよ。


 おっと話がずれちゃった。えっと、そうそう。カトカラの中でも特にベニシタバという種類の後翅は、誰もが息をのむ紅色を持っている。これほど美しいガはほかにいないとあたしは思うね。

 確かにニシキオオツバメガはギンギラギンでド派手な錦のような美しさだ。けれど、ベニシタバは質素で地味な表地に、薄紅の原色の裏地を隠している。この着物のようなお洒落さ、美しさが日本的でいいとあたしは思うのだよ。


 美しさを前面に押し出した錦と、後に隠した着物。あなたはどっちがお好みかな?


 とまあ、こんな感じでガのイメージ払拭のために色々熱く語ってみたんだけど……どうかな、伝わったかな。あたしが変態だってことばっかり伝わったって? 否定はしないけど鉄槌だなー。ぷんすか。


 じゃあ、最後に一言だけ言わせてちょーだい。

 虫を毛嫌いする人って、たいてい虫をよく知らない人なんだよね。よく知らない、わからない、自分の常識外にあるものを「キモイ」「こわい」にカテゴライズして安心しようとするんだよね。でも、それじゃあ発展性は望めないよね。

 確かに、普段目にする多くのガは一見すると地味で汚いように見えるかもしれない。けれど、そのガをよく見てみると、実は綺麗な色をしていたり、面白い形をしていたりするかもしれない。


 もしあなたがあたしの話を読んで、少しでも興味が持てたなら。ぜひじっくりと、あなたの隣にすむ虫を観察してほしいな。……ま、本当にじみぃ~なガの可能性もあるケドね。

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