第38話:昼の虫屋、夜の虫屋

 私ことスガルとマユは大学で出会って以来の友人である。その出会いも虫を通じてだったので、10年たった今でも虫を介してしか交友していない不思議な関係を続けている。

 今でこそ「連休長野にむしとりに行かない?」とか「今阿蘇にいるけど何か探しておいた方がいい虫はいるか?」というやりとりをSNS上で行う程度の交流(+採集)しかしていないが、お互いの場所で仕事をしている状況ではむしろよく交流している方だ、ということは読者諸君も感じてくれると思う。だが、同じ授業をとっていたり、時間的余裕もあった大学時代ですら、ほとんどプライベートで遊んだりした記憶がないのである。

 他人からすれば、授業の合間や昼食時にずっと話をしていたり、連休や長期休暇の旅に泊まりの旅行をしている人間が、プライベートで遊んでいないというのはいささか首をかしげる主張だろう。確かに文字面だけを見るとそうなのだが、そのすべてが虫関係の会話や採集旅行であり、カラオケ、ショッピング、ライブ、(ただの)観光旅行といった花盛りの女学生がするような遊びは一切したことがないのである。まあ、どちらもそういったことに興味がない……というか、そんなことより虫に興味をひかれ続けているということもあるが。


 さて、そんな虫を通じてばかりの交流を10年も続けてきた私とマユだが、血気盛んな虫屋同士でここまで交流が続いているのは、ひとえに好みの虫の相性がいいところにあると私は考えている。

 誤解を恐れずあえて強い言葉を使うと、虫屋というのは基本的にマウントと競合の中に生きている。もちろん、標本に針を刺すマウントのことではない。俺はこんないい虫を採ったぞ、という自慢をする方のマウントである。

 これは私の知り合いの言葉だが、虫屋は子供の頃からマウントをし続けて生きている。虫採りの趣味は子供――非常に幼いころに初めて触れることが多い。「綺麗なチョウを採った」「大きなカブトムシを採った」「セミをいっぱい採った」などということを、子供が家族や友だちに自慢するのは自然なことだろう。多くの子供はその後様々な趣味趣向や人間関係を築いていくが、稀にそれらをすべて虫関係で過してしまう幸運な人間がいる。純粋培養の虫屋学生の誕生は、残念ながら子供の頃からのマウント癖も保持したままであることが多いのだ。かくいう私は小中学校の時に色々あって虫から離れていたこともあって、大学で出会った虫屋たちのマウンティング合戦に衝撃を受けたものだった。

 それでも私がこのマウンティング合戦に呑まれなかったのは、ハチというマイナー分類群を好みとしていたからである。チョウやコウチュウなどのメジャー分類群の人たちのマウンティングを「そんなのがいるんだ」「私はあまり詳しくないから」で避け続けたのである。もちろんハチでマウントを採ってくる連中(ヒメノとか)もいなくはないが、それはむしろ色々なハチを知るきっかけになったので感謝こそすれ腹を立てたことはない。

 そして、マユもミクロレピというマイナー分類群を好みにしていた。マユははじめからチョウではなくガが好きという変わり者だったが、その中でもミクロレピという分類すら整っていない(名前の付いていない種がたくさんいる)分類群を好きなド級の変態であった。

 さらに都合のいいことに、我々はそれ以外の虫にあまり興味がなかった。生粋の虫屋は自分の専門とする虫を持ちつつ、有名どころの虫は一通り好きな人が多い。具体的に言うと、ハチが一番好きだが、綺麗なチョウや珍しいカミキリムシも当然好きだし採集する、ということである。そうすると、複数人で虫採りに行ったときに取り合いならぬ採り合いが発生する。実際は年功序列や先取権で恨みっこナシとするのだが、同行者の眼はギラつき禍根は語り草になるほどである。しかし、私はハチ、マユはガにしか興味がないため、ほとんど競合することはない。好みの範囲が狭く、採りたい虫が競合しなかったので、私とマユは虫で喧嘩することなく仲良くやってきたわけだ。


 しかし、が良くとも、は悪い、というのが今回の話の主題である。好みの虫、すなわち”ハチ”と”ガ”の採集方法の相性は最悪なのである。ようやく本題にたどり着いたが、我々のある調査を例に、相性最悪の採集旅行の模様をお伝えしよう。


 *


 夏の盛りのとある週末、私とマユは二人でとある離島にやってきていた。私は趣味と実益を兼ねた網羅的なハチの採集、マユは自分の専門とするミクロレピの採集を目的とした4泊5日の調査旅行である。


「いやークソ暑いね! この肌にまとわりつく潮気、島って感じ!」

「夏のど真ん中だしな。とはいえ、都会の不自然な暑さに比べたら、健康的な感じがするよ」


 空港を出るとむわっとした熱気が体中を覆う。しかしそれは正しい夏の暑さであり、異常に火照りあがった街の熱とは違う熱気で、さわやかさすら感じる。


「日没まで時間あるし、とりあえずどっかで採集する?」

「いや、この時間だとハチはイマイチだろうから、ナイター場所の選定を優先してくれていい」

「えーいいの? じゃあこのあたり行ってみていいかな? あれ、チェックイン何時にしてるんだっけ?」

「とりあえず18時にしてるから、まだ余裕はあるぞ」

「おっけー」


 現在時刻は14時を過ぎたところ。ハチが活発に活動するのはだいたい10時からせいぜい13時くらいまでで、気温が上がり切った夏の午後はむしろハチも休んでいることが多い。ハチは結構怠惰な生き物で、寒くても暑くても動かないのである。

 現在時刻が14時で、ほどよい採集地につくころには3時にはなっているだろう。今日は採集に注力するより、採集地の下見に時間を費やした方がよさそうだ。


「じゃあこの辺行ってみようか。いい感じの森がありそうなんだよね。あと待避」


 前もって目をつけていた場所に移動する。私もいくつか目星をつけているが、まずは今晩灯火採集ナイターをする場所を探すのが先決だ。

 宿近くの採集候補地をドライブしながら確認して、一度宿にチェックイン。時間に余裕があったので、夕食は島の名物である魚や肉を食べた。恐ろしいことに、これが最初で最後のゆったりとした夕食である。後でわかる。


「よーし、ナイターだナイター!」


 日没20分前、先ほど下見した場所の一つに向かう。正確な日没時刻は調べればわかるのだが、実際は日没より前に暗くなるし、日没時刻を過ぎてもまだ明るい場合もある。夜行性のガは日没前後から活動を始めるらしく、ナイターをする場合は日没前にライトを点灯するのが一般的らしい。


「はい、スガルンこれ立てて」


 ナイターのやり方も人それぞれだが、白い布を吊るし光に集まってきた虫を採るのが基本である。マユは塩ビ管をつなぎ合わせて物干し竿のようなものをつくって白布を吊るしている。光源は、昔はバズーカとも呼ばれるでっかい懐中電灯を使っていたが、最近はもっぱら発電機を回しながら電球やブラックライトを多用している。廃線のことは私にはわからないので、とりあえず塩ビ管を組み立てる。


「こんなもんかな」

「やば、思ったより暗くなるのはやい。スガルンこれ繋ぐの手伝って」


 やや慌ただしく準備を終え、ライトを点灯する。今回は採集の様子は割愛するが、ナイターにはコマユバチの一部やアメバチを除くとほとんどハチは来ないので、私は基本的に暇である。なので、たいていコウチュウやミクロレピを眺めている。知らないガを見つけてはマユに尋ねることを繰り返し、飽きたり疲れたら車に戻って論文を書いたり寝たりするのが常である。

 この日のナイターは19時頃から始めたが、私は案の定21時くらいに飽きて車に引きこもり、22時頃に一度様子を見に出た後、日をまたぐころまで寝こけていた。ドアの開閉の音で目覚めた私は、時刻が0時過ぎであること、ぼちぼちマユが撤収するらしいことを認識した。


「……終わるのか?」

「うん。ぼちぼちかなーって」

「わかった……」


 寝ぼけ眼を擦りながら、私は車を出て塩ビ管を解体したり、白布に着いた虫を叩き落とす作業を始めた。片付けは共同作業である。


「じゃあ宿に戻るぞ」

「よろしく~」


 ナイター帰りの運転は私の仕事である。宿が近い場合はそれほど気にしなくてもいいのだが、数時間強光+ヘッドライトの光で小さいガを採っていたマユに、暗闇の運転を任せるのは危ない。私の仮眠は暇だからというだけでなく、帰りの余力を残しておくためでもあるのだ。

 ブロロとレンタカーを転がして宿に戻る。宿のオーナーには遅くなることを先に詫びており、オーナーも虫採りや釣りで遅くなる客がいることは承知している。


「ふいー、運転ありがとー」

「お疲れ。じゃあ先風呂行かせてもらうな」

「はーい」


 マユは私に返事をしつつ、部屋のテーブルに展翅板やガの入ったバイアルを並べ始める。ガは翅の模様が種の同定に重要なので、標本にする際翅を広げておく必要がある。しかし、ミクロレピは胴体が小さく翅も柔らかく脆いため、虫が死んだあと柔らかいうちに展翅作業をしなければならない。そのため、マユはナイターから帰ってきてそのまま展翅作業に移るのである。

 一方の私は採集時にハチを直接エタノールにつっこんでいるので、こういった事後作業を慌てておこなう必要はない(今日はそれほど採集も行っていないが)。なので、宿に帰ったら風呂に入って寝るだけである。仮眠をとったとはいえ、時間はとっくに1時を過ぎている。私はさっさとシャワーを浴び、明日に備えて布団に潜り込むのであった。


 *


 ハチ屋の朝は早い。先ほども述べたように、ハチのゴールデンタイムは10時から13時ごろとかなり短い。この時間を逃さぬよう、採集地には9時半にはついておきたいわけである。朝の支度や朝食も考えると、7時くらいには起きておきたいのだが……まあ、7時起床はそれほど朝が早いというほどでもないか。


「ふああ――今日はいい天気そうだな」


 ぐぐぐ、と伸びをして、部屋の対面を見やる。ぐうすか寝ているマユは、絶妙に変な寝相のまま止まっていた。


「マユ、マユー。朝だぞ」


 とりあえず声をかけるが、マユの返事はぐう、というものだけだった。はぁ、とため息をついて、私は顔を洗いに行く。そのまま歯を磨き、部屋据え置きの電気ポットで湯を沸かしコーヒーを淹れる。窓から差す朝日をマユにあたるように調整しつつ、ずずずとコーヒーをすすりつつノートパソコンを開いてメールチェックをする。体が起きてきたところで、朝食用に昨日買っておいたおにぎりをほおばる。


「マユ、そろそろ起きてくれー」

「ん、むー」


 ちなみに私はこの日6時半ごろに目が覚めたのだが、遠征時は何故か朝早く目が覚めてしまう。たぶんわくわくとした気持ちが抑えきれず目覚めてしまうのだろう。だが、一方のマユは声をかけてもむにゃむにゃとした返事しか返ってこない。いつもの感じだとおそらく3時半ごろまでは展翅作業をしていたのだろう。私もそれをわかっているので、無理に起こすことはギリギリまでしない。


「んん……、何時……?」

「8時」

「んあー、ごめ、起きる……」


 この日のマユは結局8時前になって目を覚ました。最低限の準備だけして、車に乗り込む。運転は私がして、助手席で朝食をとってもらう。


「今日はいい天気そうだね……もぐもぐ」

「予報的にも雨の心配はなさそうだ」


 採集地までのドライブの間に、段々覚醒していくマユ。まだ2日目だし、元気というか、寝だめは十分なようだ。

 日中の採集も多少割愛するが、朝一にハチを採るトラップを設置し、ハチのゴールデンタイムになったら林縁や草地の花に集まるハチを中心に採集していく。トラップを設置している間はまだぼんやりしていたマユも、網を振るころにはすっかり目覚めて網を振っている。

 といっても、私が日中採集している間は、マユはやや暇な時間である。マユの採りたいガは夜行性であるというのが第一の理由である。もちろん、日中でも網を振っていれば入ることもあるが、ナイターに比べると効率は悪い。また、私がハチを見つけやすい明るい林縁で採集したいのに対し、マユの採りたいガは森の方にいる種が多い。マユはガ全般が好きな変態なので、もちろん日中も色々とガを採っているのだが、これはほぼ趣味の範囲で、本業は昨晩のようなナイターがメインである。


「うおおおヤブカラシにハチ! よくわからんノギクにもハチ!」

「たくさん採れているようで何よりだねぇ」


 ゴールデンタイムを逃してたまるか、と私がブンブン網を振る中、マユは網を振るのもそこそこに、葉っぱや芽を見たり、林内の朽木をほじくったりしている。ミクロレピの中には見た目がよく似ていても食べ物が違う、という種が多く、種を同定する際に食べ物も合わせて考える必要がある場合が多い。食べ物を知るためには食べ物ごと持ち帰って成虫まで育てるのが一番である。ということで、ミクロレピの研究者の中にはもはや葉っぱだけ採って帰る人もいるほどである。幼虫が葉に潜り食べ進めたあとをマイン=mineというので、マイン採集ともいう。


 血眼になってハチを追いかけまわしていたのもつかの間、太陽が真上に来る頃にはハチも私も活動を緩やかにしていった。休憩がてら店でゆっくり昼食をとったあと、また網を振りつつ、気になる場所を下見しながら日没を待つ。


「ここでいいかな~」

「了解。じゃあ私は弁当を食べる」


 ナイター開始のタイミングはマユに任せつつ、私はアスファルトに座り込んでスーパーで買っておいた弁当を食す。どうあがいてももうハチは飛んでいない時間なので、空が暗んでいくのを眺めつつゆったり夕食をとっている。一方のマユはこの時間も――というか、夕方になってきたからこそ、周辺の木の枝を叩いたり、草むらで網を振ったりしてガを探し始める。


「そろそろ電気つけるね」

「うむ」


 ほどよい日暮れ時刻ののち、マユが発電機を回す。この後は、しばらく幕を眺めていた私が満腹もあって車で仮眠したり、マユは目的のガが来なくて肩を落としたり、この島特産のコウチュウをつまんでみたりして夜が更けていった。


「じゃあ帰るか」

「はーい。今日の場所はあんまりよくなかったのかな……」


 昨晩と同じく、ナイター撤収後私の運転で宿まで戻る。部屋に戻ってすぐ展翅板とバイアルを広げるマユを尻目に、私は風呂に入った。髪を乾かしながら缶ビールをあおり、採集ラベルを書くなど軽く虫の整理をしてから寝た。


 *


「マユ、マユー。朝だぞー」

「……」


 外はとっくに明るくなっているのだが、マユは起きる兆しすら見せない。3時半にトイレに目が覚めたとき、マユはまだ展翅作業をしていた。寝ぼけ眼を擦りながら「まだ続きそうなのか」と聞くと「あと3個体」と言っていたので、たぶんこの後すぐに眠ることができたのだとは思う。


「まあ、まだ時間あるからいいか」


 私は部屋に備え付けの電気ポットで湯を沸かし、コーヒーを淹れる。窓から差す朝日がマユを直撃しないまでも掠るようカーテンを調整し、ずずずとコーヒーをすすりながらノートパソコンを開いてメールをチェックする。体が起きてきたところで、朝食用に昨日買っておいたサンドイッチをほおばる。


「マユ、そろそろ起きてくれ」

「……」

「もしくは今日は寝とくか?」

「……ん……いや……起きる……」


 この日のマユは8時半になって目を覚ました。午前中宿で寝ていてもいいと思うのだが、3日目はまだ頑張りたいのだろう。マユは最低限の準備だけして車に乗り込む。今日も運転は私がして、マユは助手席で朝食をとっている。


「今日も天気大丈夫そうだね」

「夜がちょっと怪しいけどな」

「うへぇ……」


 今日も日中はハチが採れそうな場所に行き、私が「スウィープこそ至高! スウィープこそ至高!」と言いながらで網を振りまくり、マユは「元気だねぇ」と半分眠りながらカザリバガを採ったりマイン採集をしていた。


 そして夜になりナイターが始まり、私は飛来したでかいカミキリムシに興奮したり、狙い目のガが飛んできてマユが狂喜乱舞したり、でっかいクワガタの写真を撮ったりした。


「じゃあ帰るぞ」

「よろしく~。今日のナイターはアタリだったなぁ」


 宿に戻って展翅板とバイアルを広げるマユに断りをいれ、私は風呂に向かった。髪を乾かしつつ缶ビールをあおり、採集地の情報をまとめるなどしてから布団にもぐりこんで寝た。


 *


 さて、ここまでの様子をご覧になって、私とマユが行動を共にする上で致命的な問題があることに、すでにお気づきの方もいるだろう。それは端的に言うと、ということである。

 私は日中の限られた時間でハチを採り、マユはナイターでガを採る。私は朝早くから活動したいのに対し、マユは明け方まで展翅作業をしなければならない。日帰りの調査であれば気にならない――というか、私が近所まで送り届けて解散なので問題ないのだが、数日間の調査となると、生きている時間が徐々にずれていく。これが冒頭で述べた「好みの虫の採集方法の相性は悪い」という点なのである。


「マユ、今日は何時まで展翅してたんだ?」

「……」


 マユは窓から差し込む日差しに向かって、かろうじて指を5本立てた。昨日のナイターはたくさんガが来たようで、張り切って採りすぎたようである。枕にうつ伏せに沈めた顔は微動だにしない。


「さすがに今日は休んどくか?」

「……」


 コーヒーを飲み干し、パソコンを閉じてマユに問いかける。マユはピクリともしないが、ほんのわずかに顔を縦に振った。


「じゃあ、昼には一度戻ってくるから」


 もはや動きすらしなかったマユを宿において、私は一人採集に出る。最初からマユを起こさずおいて行ってもいいのだが、マユ自身日中の採集もしたいと言っているので、彼女自身がギブアップしない限りそれを無碍にはできない。正直、今日は寝てると言われた方が、目覚めるまでの待ち時間がなくて気楽なのだが。

 ひとり採集地に向かい、網を振りながら自分のテンポで歩いていく。気楽さはあれど、せっかく二人で採集に来ているのにという寂しさもある。適当に採集地を巡りつつ、昼過ぎに一度宿に戻る。


「まだ寝てる」

「起きてる」


 布団からにゅっと顔を出すマユ。午前中休んだことですっかり回復したようである。昼食、午後の採集、夕食、ナイターと半日を過ごす。明日の午後には帰るので、今晩が最後のナイターである。


「月齢よし! 風なし! 気温高し! カンペキ!」

「今日もあたるといいな」


 最後の夜だと気合十分のマユである。朝の様子からは考えられない。一方の私は午前中に張り切ったので、今は疲れ気味である。ライト点灯から30分、最初に集まってくる波が終わったころに仮眠をし、22時頃に起きて幕を見に行くと虫まみれになっているマユがいた。


「今日も眠れないな」

「嬉しい悲鳴ってやつ~」


 たいそう満足したマユは0時頃に撤収作業を始めたので、私は1時半には宿で眠りに着いた。明日――いや今日の午前中もマユは寝ているだろうから、ギリギリまで単独で採集に行くつもりである。


 *


「今日も寝てるか?」

「……最終日だし行く」


 どうやら今日も朝5時まで展翅をしていたようだが、マユは根性のみで起床した。チェックアウトまで寝ていればいいのにと思いつつ、その根性には感服する。

 最後に選んだ採集場所がハチ的に大当たりで、時間ギリギリまで網を振り続けた。さすがのマユも飛行機の時間が迫ると、ここに住むと暴れる私を慌てて助手席につっこみ空港へ向かった。

 ちなみに、もう一つマユと合わない点――というか不平等な点は、睡眠時間が少なすぎてほとんど運転を任せられないところである。ぶっちゃけ元気のある初日の日中以外は私が運転している。もちろん言えば運転を交代してくれるが、ぶっちゃけ恐ろしくて代わりたくないんだよな……。


 *


 さて、こんな感じで昼の虫屋である私と、夜の虫屋であるマユは、遠征中のタイムスケジュールが全く噛みあわないのである。また、今回は時間帯のことを強調したが、ハチとガ、それぞれを採りやすい場所というのも若干違ったりする。同じ場所でじっくり粘るか、次々と場所を変えていくかという違いもある。

 それでも一緒に採集をしているのは、自分では見向きもしない場所、時間の採集から、新しい発見がある、というのが理由の一つとしてある。こんな場所ハチなんていない、という自分の思い込みは、時として新たな発見を妨げてしまう。自分の中の常識や固定観念を打破するうえで、マユのように合わない採集をする人というのは重要なのだ。

 あとは、まあ、なんだかんだ言って友人だから、としか言いようがないな。気を使わなくても気を使える関係にあるからこそ、長期間行動を共にできるのだろう。マユが私に気を使っているのかは知らない。


「あ、じゃああたしこっちだから~」

「え、あれ、15時の便だろ?」

「どうせどこか経由しないといけないし、せっかくだから観光して帰る~」

「なに!? おい、マユ!」


 バイビー、とマユは雑踏に消えて行った。さてはあいつ、大阪経由で帰るつもりだな。なんだこのマイペース女。ていうかお前に観光とかいう概念があったのかよ。


「くっそー、もう二度と誘わん。……私も大阪行きたかったのに」


 といいつつ、結局は都合の付きやすいマユと誘い誘われするのだろうが……。うーむ、思えば思うほど、なんでこいつと付き合いが続いているのだろうか。腐れ縁とは、とみに難儀なものである。

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僕が虫屋になったわけ Hymeno @Nakahezi

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