第2話キューピッド
自分がいつも寝ているベッドに見知らぬ男が腰かけていた。上から下まで黒ずくめの細身の男だった。
その男は彼女が片思いの彼を想っていつも抱いていた抱き枕に片手を置き、軽く組んだ足は細くて座っていても分かる位長かった。
「誰?」
ほとんど声にならない声で彼女は聞いた。
「
切れ長の二重瞼。柔らかな金髪。男にしては長いまつ毛に細い眉。透き通るような白い肌。そして薄い唇からは吐息のように零れ出た言葉なのにはっきりと聞こえた自分の名前。
驚きと恐怖が入り混じった理解不能なとっても理不尽な現状の中、彼女は逆らえない力なようなものを感じて黙って頷いた。
「今、僕を呼んだよね?」
「え?」
男はニコッと笑って抱き枕に置いた手とは反対側の腕をゆっくりと上げて人差し指でパソコンの画面を指さした。
麻美はその指に導かれるようにゆっくりと首を回してパソコンのモニターを覗き込んだ。
そこにははっきりと、自分がさっき書き込んだコメントのすぐ後に「了解しました」と書き込まれてあった。
――まさか……この書き込みをした人?――
と心の中で思った瞬間
男は黙って頷いた。
「書き込んだのは僕。でも正確には僕は『人』ではない」
その瞳は恐怖よりも驚きの色が浮かんでいた。
どう見ても目の前にいるのは人だ。いつも私が寝ているベッドに勝手に座っている。その上、お気に入りの抱き枕に手を置き、それを撫でている……
――もしかして幽霊?――
その男はまるでパトラッシュの背中でも撫でるようにやさしく麻美がいつも抱き着いている抱き枕を撫でていた。
――よだれ臭くないかしら?――
麻美はそんなどうでもいいような事が気になったが
「え? だったらあなたは一体、何なのですか??」
今度はちゃんと声に出して聞いた。
「キューピッドです」
「はぁ?」
人の聴覚はあまりにも思いがけない予想外な言葉を聞いた時、その言葉自体を拒否するようだ。麻美には彼が一体全体何を言っているのか理解できなかった。
「キューピッドです」
男は同じセリフを今度はさっきよりも少し大きな声で言った。
「え、えぇ?」
「だからキューピッド。あるいはクピードーともアモールとも呼ばれているけど、ここではキューピッドの方が分かり易いでしょ?」
と柔らかい表情だが少しイラついた感じでその男は応えた。
「キューピッドぉ!??」
やっと何を言っているのかが聞き取れたようだったが、理解しているかどうかは疑わしかった。
「そう。あなたの願いを叶えにやって来たんですけどね」
「うそ!」
麻美はやっと頭の中までキューピッドという言葉が伝わったようだ。
「本当」
「なんで?ここに?」
「あなたにお願いされたから」
「確かにお願いしたけど……」
「けど?」
「本当に来るとは……」
麻美は
――勝手に部屋に上がるな。というかいったいどうやってこの部屋に入ってきた。それにお前、靴を履いたままだろうが! 脱げよ!――
と本当は叫びたかったが、それは我慢していた。
「ふむ。嫌ならこのまま帰るけど」
キューピッドと名乗る男は少しだけ考えてから、そう言って立ち上がりかけた。
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