第24話最悪な戦場

 マーガレットの想いを寄せる男性(ひと)。それはアメリカ陸軍のマイケル・トーマス中尉だった。

彼は今、マーガレットの言う通り、アメリカ本国ではなく太平洋で戦っていた。

 彼は在英米大使館駐在武官に同行する形でイギリスにやって来ていたが戦局が変わる中、急遽本国に呼び戻され第81歩兵連隊に配属された。その連隊が太平洋にあるミクロネシア諸島の一つの島攻略のために駆り出されたのだった。


 キューピッドはマーガレットと別れると、一気に太平洋のミクロネシアのその小島へと飛んだ。


 トーマス中尉が派遣された島、それこそがアメリカ軍と日本軍が壮絶なる戦いを繰り広げている島だった。太平洋戦争の中でも一二を争う過酷な戦いと言われた戦闘だった。

そしてアメリカ軍最強とまで謳われた海兵師団が全滅寸前まで壊滅させられたのがこの戦いだった。


 大戦前からそこは日本の統治下にあった島だったが、今では日本の重要な軍事拠点の一つとなっていた。

そこをアメリカ軍機動部隊は軍最強と言われた海兵師団をもって襲い掛かった。


 当初「2~3日でかたがつく」と楽観的な憶測も飛び交っていたが、いざ戦いが始まってみると日本軍の思わぬ組織的な抵抗に遭いアメリカ軍は苦戦を強いられていた。

海岸線に横たわる死骸は日本軍兵士ではかった。六倍の兵力で攻め込んだアメリカ軍兵士だった。

ここでは日本軍のお家芸と言われた万歳突撃は実行されなかった。文字通り地獄の戦場となったこの島にトーマス中尉はいた。


「これは酷いな……死屍累々とはこのことだな」

あまりの惨劇にキューピッドも言葉を失っていた。見渡す限り死体の山だった。

そして怒りが込み上げてきた。

「愚かな……」

暫く空の上から状況を眺めていたキューピッドだが意を決したように銃弾が飛び交う島に降りた。


 もっともどんなに弾丸が飛び交おうとも爆弾が雨あられと降り注ごうともキューピッドには何ら影響もないのは言うまでもない。


「まだ生きているのかぁ……トーマス……十二使徒の一人だな……名前通りの用心深い奴なら良いが……」

と彼は呟いた。


 キューピッドの今一番の重要課題は、十二使徒由来の苗字を持つアメリカ陸軍中尉を生きたまま探し出す事だった。


 大胆にもキューピッドは日本軍の陣地近くの山岳地帯に降り立った。いつの間にか彼は短パン姿の現地民のような格好になっていた。

キューピッドもまさか自分の姿が見える兵士はいないとは思っていたが、つい最近、無防備に見つかってしまったので、用心に越した事はないとそれなりの恰好をしたようだった。



 彼は山の斜面の森の中からアメリカ軍を眺めていた。

日本軍の攻撃よりもアメリカ軍の艦砲射撃の方が凄まじいものがあったが、その攻撃がどれほどの効果を上げているかは疑問だった。日本軍はその攻撃の間息を殺してトーチカや塹壕、洞窟基地に身を屈して攻撃の被害を最小限に押し止めていた。


 キューピッドは海岸沿いの陣地の中である中隊の隊長に目を留めた。正確には2週間前に戦死した中隊長の後任に任命された新任の中尉だった。それが目当てのトーマス中尉だった。


 中尉は自軍の艦砲射撃が終わるのを、日本軍が構築した対戦車豪の中で部下の兵士と共に息を殺して待っていた。


「ほほ。生きていたか……そうでなくてはならん。ここに来た甲斐が無いというモノだ」

そう言って笑みを見せると彼は弓を取り出して構えた。さっさと務めを終わらせてこんな悲惨な島からとっとと帰りたかった。

マーガレットに出会ってすがすがしい気持ちになっていたが、遠い過去のように思えてきていた。


キューピッドは弓を引いた。

 大きくしなった弓が解き放たれようとした瞬間、

「おい!貴様!そこで何をしている!」

という声が背後から聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る