第25話日本兵

 キューピッドは横目でその声の主を確認しようとしたが見えなかった。仕方なく彼はゆっくりと弓を緩めて振り返った。


 そこには小銃を構えた日本兵が照準をキューピッドに合わせて立っていた。

日本兵は略帽の上から鉄兜を被り、その兜からは南方の暑さ防止用の帽垂れが垂れ下がっていた。おびただしい殺気漂わせながら日本兵が目の前で小銃を構えて立っていた。


「何をしている」

再びその兵士は感情を押し殺した声で聞いた。


キューピッドは

「この弓であっちの兵士を射抜こうとしていた」

とぶっきらぼうに答えた。


――折角のチャンスを潰しやがって――


彼は少し怒っていた。


 そんな彼の思いなどお構いなしに、日本兵は銃を構えたままだった。

ただキューピッドの返事が日本語だったので少し警戒を解いた様だったが

「ここの住人か? 何故島から逃げなかった」

と表情を緩めずに重ねて聞いてきた。



「弓を射抜くまでは帰る訳にはいかない」

キューピッドは正直に答えた。


 兵士は少し考えてから構えていた小銃を下ろすと

「ここは危険だ。我が軍の陣地内に案内するからそこへ隠れていろ」

と笑みを浮かべた。


「大丈夫だ。あんな弾に当たったりはしない」

とキューピッドは応えた。


「ほほぉ、強気だな。うちの大隊長といい勝負かもしれん……しかし、貴様のその容姿ならこっちではなく敵陣地の方が安全かもな」

とその兵士はキューピッドの顔を見て言った。


 確かにその容姿だけを見れば、アメリカ軍の兵士と言っても通用しそうだった。キューピッドは何と言っても西洋の神だ。どう見ても原住民には見えない。しかし、この島は日本が統治する前はドイツが長期に渡って統治していた。なので西洋系の顔立ちの島民も多少は存在していた。

 この兵士もそれを知っており、違和感なく日本語を理解するキューピッドを島民と勘違いしたのだった。

もっとも神様だから日本語で返事をする事などいとも簡単な事だったのだが……。


「兎に角、ここは危険だ。貴様が戦う事はない。敵と戦うのは我々の仕事だ。とっとと安全なところに隠れていろ」

とその兵士が言った瞬間、数十メートル先に砲弾がさく裂した。


 咄嗟に二人は身を伏せてその砲撃の爆風から身を守った。

硝煙の匂いと土煙が辺りに立ち込めた。


 キューピッドは自分の体の上に兵士の体が乗っている事に気が付いた。

咄嗟に兵士はキューピッドの身体に覆いかぶさり、彼をかばってくれたようだ。


「ここも狙われだしたか……大丈夫か? 」

 兵士はキューピッドが無事なのを確認するとそのまま地面に伏せて、頭を少しだけ上げて海岸線に目をやった。

そしてこの周辺への砲撃が弱まった事を確認するとおもむろに双眼鏡を取り出すと海上の状況を確認し始めた。

 土煙の向こうに海上に停泊しているアメリカ機動部隊の多くの戦艦が、この島目掛けて砲撃を繰り返している状況が兵士の目に映った。海岸線はアメリカ軍が煙幕を焚いていてほとんど見えなかった。


「アイダホにペンシルバニアか……戦艦5隻か……重巡……軽巡……駆逐艦をいれて全部で30隻ぐらいか……流石だな。あいつらはこのジャングルの木を全て焼き払うつもりでいやがる……」

兵士はアメリカの機動部隊を見て呟いた。


 その兵士の姿をキューピッドも伏せながら見ていた。


――この男にも僕の姿が見えるのか――


 こう続けざまに人に姿を見つけられた事は過去そう何度もなかった。

それはキューピッドにとってはひさかたぶりの驚きの事態だったが、それ以上に自分の命よりも島民の安否を気遣うこの兵士にキューピッドは興味が湧いていた。


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