第18話一撃


 男性が運転席に戻った。 

それを見てキューピッドが

「じゃあ、そろそろ本気で狙うね」

と言うと、前回と同じように立膝のままボルトを引き静かに薬室に弾丸を送り込んだ。ピンク色の弾丸は三八式歩兵銃に装てんされた。


「今回は、銃弾を握らせていないけど本当に大丈夫なの?」

麻美はまだ心配していた。


「ああ、あれはやらなくても大丈夫って言ったじゃん。でも思いを込めた方が間違いないのは確かだけど……」


「ふぅん。前回、見事に外したのに強気ね……」

麻美は間髪入れずに突っ込んだ。


「……それはそうだけど……」

キューピッドは銃を構えたまま言葉を失った。


「あ、そう言うつもりではなかったんだけど。ターゲットに集中して」

慌てて麻美は謝った。


「うん」

 キューピッドは再びスコープを覗き込んだ。

ターゲットスコープは彼女を捉えていた。


トリガーに人差し指が掛かる。



窓を開けたドア越しに二人は何かを話している。お別れの挨拶でもしているんだろう。


 彼女が車から離れて手を振った。車がゆっくりと動き出した。クラクションが軽く「パァン」と鳴った。


キューピッドはまだ撃たない。


 彼女は車を見送っている。彼の運転している車が交差点を右折する瞬間、キューピッドは

「我が僕(しもべ)、神に導かれし者。その願いは我とともに心穏やかな約束の地へと至れ」

と呟くと絞る様にトリガーを引いた。


 ピンク色した弾丸は一直線に彼女に向かい、吸い込まれるように胸を貫いた。

一瞬ビクンと彼女の体が震えたように見えた。


 彼女は車が見えなくなっても暫く、名残惜しそうに交差点を見つめていたが、顔を上げて空を見るとマンションに向かって歩き出した。ハイヒールの音が暗い路地に別れの寂しさを漂わせるように響いた。


銃口を天に向けると

「今度は上手く行った」

キューピッドはホッとしたように呟いた。

表情には安堵の色がありありと浮かんでいた。



「そうみたいね。今度は上手く行ったようね」


「うん。今度は間違いない」

 自信をもってキューピッドは断言した。

そのまま二人はマンションに入って行く彼女の後姿を見送った。


「でもなんで、ここで狙ったの? デート中に撃たなかったの?」

麻美は不思議そうに聞いた。


「別にそれでも良かったんだけど、デート中はデートに気を取られてじっくり自分の気持ちと向かい合う事が出来ないでしょ?」


「まあ、そうね」


「元々二人の相性は良いんだから、デート中はよっぽどの事が無い限り、相手の事を嫌いになる事は無いと思うし……」


「そっかぁ」

麻美はキューピッドの話を聞いて納得して頷いた。


「それに彼女は勘トロだからね。デート中にそんな事したら原因が分からずにドキドキしてパニックになっていた……はっきり言って彼女は今まで本当に人の事を好きになった事が無い」


「え?そうなの?」

麻美は驚いて聞き返した。


「うん。憧れや単純な好きみたいな感情になった事はあるけど、身を焦がすような想いをした事はないな」


「そうなんだ……」

 恋愛体質の麻美には理解できなかったが、そう言う事もあるんだろうと自分を納得させていた。


「今頃、彼女は大人になった彼の一挙手一投足を思い出しながら余韻にふけっているよ。なんせ高校時代の彼とは雲泥の差があるからな」


「まあ、20年も経ったらねえ……大人の余裕も生まれるでしょうとも」

麻美もそれは十分理解できた。


「そう、今日のデートは間違いなく楽しかったはずだから、今は名残惜しい状態な訳だよ」


「うん。それは分かる」

麻美の胸に甘酸っぱい思いがいっぱいになった。


「だから放って置いても彼女は家に帰ってからもその余韻に浸るはずなんだよ。そこを敢えて狙った。これで効果倍増。如何に勘トロの彼女と言えども今回は自分が恋に落ちた事を理解できるだろう」 


「おお!流石、キューちゃん。ちゃんと考えているじゃん! 見直した!」


「当たり前や。何年この商売やっていると思っているんや!」

と急に関西弁になるキューピッドだった。


「でもキューピーちゃんに関西弁は似合わないな」

と麻美は笑った。


「あ?やっぱり?」

キューピッドは頭を掻いて笑った。

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