第22話マーガレットの告白
彼女は慌ててキューピッドの前まで来ると、跪いて胸の前で十字を切り頭を垂れた。
「僕は確かに神ではあるけど、今ここで祈られる対象ではないよ」
「いえ。今目の前で起きている奇跡に私は祈ったのです。祈らずにはおられません」
「ふむ。信心深い人だ」
キューピッドは感心したように頷いた。
「はい」
「それにしても、お嬢さん、よくぞ僕の姿が見えましたね」
キューピッドは優しく彼女に話しかけた。
「はい。普通に見えてます。夢でも見ているのでしょうか?」
そういうと女性は頭を上げて、まだ緊張気味ではあるがやっと安堵の表情を見せた。
「夢ではないです……たまに僕の姿を見える人がいるんですよねぇ……お嬢さんのように」
「あの。私マーガレットです。マーガレット・オールマンです」
彼女はいつまでもお嬢さんと言われるのが照れくさくて自ら名乗った。
「おお、そうですか。マーガレット。良い名前だ」
そう言うとキューピッドは立ち上がり彼女の目の前で同じように跪き、彼女の組んだ手を解くと右手を取ってその甲に軽くキスをした。
そしてそのまま手を取って立ち上がり、彼女にテーブルの脇にある古い木製の椅子に座るように勧めた。
マーガレットはとても驚きの表情と共に喜びの笑顔を見せて座った。
キューピッドはベッドにまた腰を掛けると
「マーガレットはギリシア語で『真珠』という意味があるのは知っていた?」
と優しく聞いた。
「はい。父に幼い時に教えて貰いました」
「なるほど。そして『真実の愛』という意味もあります」
「それは母から聞きました」
それを聞くとキューピッドは満足そな笑顔を見せて
「そうかぁ。じゃあ、これからはペギーと呼んでいいのかな?」
とマーガレットという名によくある愛称を口にした。
「はい。友達にもそう呼ばれています」
「じゃあ、僕もこれからそう呼ぶことにしよう」
そう言ってキューピッドはマーガレットの顔を改めでじっと見つめた。
「ふむ……」
彼は何かに気が付いた様だ。
「なんでしょう?」
マーガレットの瞳に微かに不安の色が浮かんだ。
「いやいや、心配しなくて良い。さっきの窓辺での儚い君のため息の事を思い出したもんで……今、君はその名の通りの『真実の愛』に目覚めたようだね」
と言って笑みを浮かべた。
「え!?」
唐突に指摘されてマーガレットは返事ができなかった。
「今、想いの人はどうやら遠くに行ってしまったようだね。君の想いが空へと飛び去っていったのを僕は見たよ」
マーガレットの驚きなど気にする様子もなくキューピッドは話をつづけた。
「あ……はい……」
マーガレットは戸惑っていた。そしてどう返事をしていいのかも分からなかった。
ほんのりと頬に赤みが差してきたのが自分でも分かった。
「僕は愛を司る神ですよ。それぐらいの事は見たら判ります」
キューピッドは神の微笑を浮かべながらそう答えた。
意を決したようにマーガレットは話しを切り出した。
「彼は……彼はアメリカの軍人です。こちらに派遣されていて私が彼の秘書をしていました。とても優しい人で、私の仕事ぶりをいつも褒めてくれていました」
マーガレットの頬がほんのりと赤い。
「3か月前、彼は急遽本国に呼び戻されました。そのまま太平洋の最前線へ向かったようです。私はそれが心配で心配で仕方ありませんでした。だからいつも私は彼のために祈りを捧げておりました」
マーガレットは胸の前で手を組みキューピッドに祈りを捧げるような恰好で話をしていた。キューピッドはそれを微笑を浮かべながら黙って聞いていた。もしこの状況を麻美が見ていたら「その笑みは反則技だ!」と蹴りを入れたかもしれない。それぐらい優しい微笑だった。
「そして、私は気が付いたのです。私は彼の事が好きになっていた事を。彼の事を愛している事に気が付いたのです」
「この遠い空の下、最前線の戦場で彼が戦っていると思うと胸が張り裂けそうです。この空を見ると涙が出そうになります。だってそうでしょ? このどこまでも続く同じ空の下であの人は銃弾の中を戦っているのです」
マーガレットは今まで誰にも言った事が無い彼への想いを一気にキューピッドに吐露した。
それはまるで自分の想いを懺悔するかのようにも見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます