第39話倫太郎


 キューピッドが次に夕子の元を訪れた時はお見舞客が来ていた。

彼は麻美をいつ連れてくるかまだ迷っていた。


――来客か……今日、連れて来なくて良かったな――


と連れてこなかった言い訳を、後付けで自分に言い聞かせているようだった。


 見舞客は詰襟の学生服を着た高校生だった。彼女が掲示板に書き込んだ大好きな彼だという事はキューピッドにはすぐに分かった。


キューピッドは姿を隠したまま彼が帰るのを待つことにした。


 彼は今日学校であった事を話し、それから授業中に配られたであろうプリント類と課題を病室まで持ってきていた。

それは彼女からの願いでもあったし、彼がこの病室に訪れるための理由でもあった。


「でも、今日も顔色が良くて安心したよ」

彼は羽鳥夕子の顔をまじまじと見つめて言った。


「だからそんなに大した病気ではないって言っているでしょ。倫ちゃんは大げさなんだからぁ」

羽鳥夕子は笑いながら言った。


倫ちゃんと呼ばれた彼の名は高木倫太郎という。


「そんな事はないぞぉ。ちゃんと身体の隅々まで見てもらってちゃんと治してもらえ」

と真剣な顔で言った。


「はい、はい。そうするから変な心配は止めてね」

と笑いながら彼女は倫太郎に話しかけた。


「絶対だぞ」


「うん。分かっているって」

夕子は笑いながら倫太郎に答えた。


 一瞬の間が空いた。


倫太郎がその開いた空間を埋めるように

「あ、そろそろ夕食の時間だな……」

と言って腕時計を見た。

そして名残惜しそうにため息をついた。


「うん。もうすぐ持ってきてくれると思う」

その時、病室の部屋をノックする音とともにドアが開いた。


「夕子ちゃん、夕食ですよ」

と看護師の前田朋子がステンレスのワゴンに夕食を乗せて入ってきた。


「じゃあ、俺帰るわ」

それを合図のように倫太郎はベッド脇の丸椅子から腰を上げた。


「うん。いつもありがとう」

夕子は彼を見上げながら言った。彼は気にするなという風に手を振った。


「お、少年、今日もやってきたな」


「あ、朋子さんご苦労様です」

そう言って彼は軽く頭を下げた。どうやらこの看護師とは倫太郎も顔見知りのようだった。


「まあ、夕子ちゃんは彼の笑顔が一番の薬だもんね」

ワゴンからトレーに乗った夕食をベッドに備え付けられたテーブルに置きながら、前田朋子は夕子に話しかけた。


「はい。あまり効き目はないですけどね、甘いですからこの薬は……」

と羽鳥夕子は笑いながら答えた。


「良薬は口に苦しってか? いや、効果あるでしょ。マジで」

倫太郎は憤慨したような表情を見せて夕子に言った。


「そうね。そういう事にしておいてあげるわ」


「ちぇ、じゃあ、また来るわ」

そう言って笑いながら倫太郎はディバックを右肩に下げて病室を出て行った。


「うん。ありがとう」

夕子は手を軽く降ってその姿を見送った。



 病室で一人で食べる食事程味気ないものはない。夕子は一人で食事をとりながら家族で一緒に食卓を囲んでいた頃の事を思い出していた。


――また一緒に家族で食卓を囲む事ってあるのかな?――


砂をかむような思いで食事を終えると、ほどなくさっき食事を運んできた看護師が器を引き取りに来た。


「あ、またこんなに残して! ちゃんと食べないとダメでしょ」


「朋子さん、済みません。あまり食欲が湧かなくて」


「う~ん……でも、ちゃんと食べないと体力が落ちるわよ」


「はい。分かっています」


「無理して食べろとは言わないけど、食べられる時は食べるようにしてね」

朋子はそういうとワゴンに食器を乗せて病室から出て行った。

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