第40話黒い影
独りになった夕子は病室の窓から外の景色をボーと見ていた。
――そろそろ勉強でもしなきゃ――
と夕子がそう思いかけた時、入り口付近で壁をノックする音が響いた。彼女が入り口付近に目をやるとそこには壁にもたれて立っているキューピッドがいた。
「あら?キューピッドさん」
「今、良いかな?」
キューピッドは笑顔で聞いた。
「はい。食事も終わってゆっくりしていたところでしたから」
と夕子は笑顔を見せた。
壁から離れてキューピッドはベッドに近づきながら
「夕方一緒にいたのが例の彼氏だね」
と聞いた。
「彼氏ではないですけどね」
夕子は呟くように言って軽く視線を下げた。
「そっかぁ……そうだったな」
そういいながらも、もう少しで「彼氏にすればいいのに」と言いそうになったキューピッドだったが、そのセリフが口からこぼれる寸前で思いとどまることができた。流石にそんな愚問をここで犯すことはなかった。
――本当に優しい子だな。まだ彼の心配をしているのか――
とキューピッドは改めて彼女の心情を慮(おもんばか)っていた。
「あ、そうだ。今度来る時は例の女子高生を連れてくるね」
とキューピッドは夕子に声を掛けた。一抹の不安は残っていたが、どうやら覚悟を決めたらしい。
「え? 本当!! それは楽しみ」
夕子は顔を上げると本当に嬉しそうに声を上げた。
「彼女も是非会いたいって言っていたよ」
「そうなの? 嬉しい。いつ連れて来てくれるの?」
「うん。今週末にでも彼女を連れて夕食後に忍び込んでくるよ。いい?」
「はい。大歓迎です」
と顔をほころばせて夕子は喜んだ。
キューピッドはこの前来た時のように彼女のベッドの端に腰掛けた。
「今から勉強でもするつもりだったの?」
「はい。この頃、授業に出られていないのでちょっと焦ってます」
「そうなんだ。でも君は頭がいいから大丈夫だろう?」
キューピッドは慰めるように優しく彼女に言った。
「そんな事はないですよ。でもね、受験勉強だけに専念できるので案外いいかもです」
と言って笑った。
「なるほど、そういう考え方もあ……るの……か……?」
その時、キューピッドの視野の端に微かに黒い影が入った。
キューピッドの眉間に一瞬険しさが漂った。
その黒い影は入り口付近からじっとこちらの様子を伺っているようだった。
――この雰囲気は……――
「あ、ゴメン。急に用事を思い出した。また来るね」
とキューピッドは慌ててベッドから腰を上げた。
「え? もう帰るんですか?」
夕子は驚いたようにキューピッドを見上げた。
「ゴメン。ゴメン。ちょっとね。急な用事を思い出した」
「神様も大変なんですね。急な用事って……お父さんの言い訳みたい。なんか人間臭いですね」
と彼女は笑った。
「え? そうかぁ……。ま、どこの世界も似たようなもんさ。今度来る時はその彼女も連れてくるからね」
と言い訳しながらキューピッドは足早に入り口に向かうと、黒い影もろとも部屋から出て行った。
夕子はその黒い影には気が付いていないようだった。
キューピッドは病室を出るとその黒い影ごと病院の屋上へと跳んだ。
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