第44話麻美の言葉


 

 更に麻美は

「さっさと彼氏にしたらいいのに」

とあっけらかんと言ってのけた。



「う……ん」

夕子は硬い表情で言いよどんで、麻美の顔をじっと見つめていた。もうさっきの笑顔は全くなかった。


「あと少しで死んじゃうから? 彼を独りぼっちにしたくないから?」

麻美の直球は更に剛速球となって本質をえぐる様に聞いて来る。


「……」

夕子は無言だった。

彼女はどう答えていいのか分からなかった。何から話せばいいのか頭の中でまとまらなかった。


 麻美はそんな夕子にお構いなく一人で語り出した。

「なんで? 私なら死ぬ前に彼の彼女で死にたいな。友達のままなんかで死にたくない。 大好きな彼に『あいつは俺の彼女だった』と言わせたい。いや言って貰いたい。付き合わなくてもどうせ独りぼっちになるんだったら付き合った方が良い。ちゃんと付き合って私の事をいつまでも覚えていて欲しい。彼が将来、誰かと結婚して子供が出来たら、その子供で生まれて来てやる。私が独りぼっちで死ぬんだから、それぐらいの我儘は許されると思う!」

とそこまで言うと


「どうよ!キューピーちゃん! 私の言っている事、なにかおかしい?」

とキューピッドに振り向いて聞いた。

麻美は自分で言っておきながら、自分の声を聞いて気持ちが高ぶってしまったようだ。最後は叫ぶようにキューピッドに聞いた。



「いや、おかしくない」

とキューピッドは表情も変えずに麻美とは違って冷静に答えた。


 麻美は一度大きく息を吸って呼吸を整えると

「ほらね。 恋の神様のお許しも出たわ」

と誇らしげに夕子の顔を見た。夕子は不快には思わなかった。むしろ今まで押し殺していた自分の本音を麻美が代弁してくれたとさえ思えるほどだった。


 夕子は穏やかな表情で

「そうね。麻美ちゃんの言う通りかもしれないわ。本当に目の前で恋の神様に許しを貰ったんだから麻美ちゃんって凄いわ」

と返した。



「それは夕子さんも一緒ですよ」


「そうね……でも……私は怖い……」

夕子は視線をベッドの毛布に落とすと、弱々しい声で呟いた。


「なにが?」


「彼に『私の寿命はあと少し』って言わなくてはならないでしょう。私は黙って……それを隠して付き合う事は出来ない……。それにそんな私と付き合うのを彼が拒否したら私はそれを受け入れるしかない。もし受け入れてくれたとしてもすぐに訪れる別れに彼の悲しむ顔を見るのが怖い。そして付き合ってから私一人で逝くのが怖い。今までも本当は叫び出したいほど怖いのに、そんな状況で彼と離れるのはとてもとても怖い」


と夕子は吐き出すように一気にまくし立てた。


 いつの間にか夕子は両手で毛布を握りしめていた。顔が強張っている。麻美の一言で今まで彼女の中で封印されていたものが一気に弾けたようだ。呼吸も荒くなっていた。

同じことを何度も何度も自問自答してきたんだろう。それを今、麻美に蒸し返された。

ただ今は目の前にはそれに対して答えをくれそうなキューピッドがいる。


――今なら想いを吐き出しても良いのかな――


夕子はそう自分に言い聞かせると軽く息を吸ってからキューピッドを見た。


キューピッドは黙ってうなずいた。




「麻美の言う事は間違ってはいない。どっちにしろ彼は夕子が死んだら悲しむよ。好きな女の子のそんな状況を知らずに……気が付かずにいた自分も許せないだろう。そして何一つ言ってくれなかった君の事をどう思うだろうか? それこそ寂しいと思うよ」

キューピッドは夕子の瞳を見つめて問いかけた。


 夕子は黙って答えなかった。必死に考えているようだったがすぐに答えが出せるような問いではなかった。

キューピッドはそれを見定めてから新たに聞いた。


「それに彼は君を失った悲しみに押しつぶされてしまうような男なのかな?」


「いえ。決してそんな事はないと思います」

夕子は今度ははっきりと答えた。彼との付き合いは長い。彼の性格は誰よりも知っているつもりだ。この件に関しては何ら迷いはなかった。

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