第9話家の前で捕まえて

「どうするって?」

麻美は不思議そうな顔をしてキューピッドを見つめて聞き返した。


「僕が彼を撃つのをここで見てる? それとも彼の目の前で見る?どっちが良い?」


 麻美は迷った。ここで見ていたいという気持ちと、彼が自分の事を好きになる瞬間を目の前で見たいという気持ちも、どちらも同じくらいの強さだった。それ以外にももう一つの気持ちも揺れ動いていた。

暫く考えていたが、


「うん。目の前で見る。その前に彼と話をさせて。良い?」

と聞いた。


「話を? まあ、良いけど。じゃあ、話が済んでから撃つね」

キューピッドは意外な顔をしたが、快く麻美の頼みを許してくれた。


「うん。でもタイミングは分かるの?」


「分かるよ。だって僕は神様だから」

 とキューピッドはにこやかに神様のくせに天使の微笑で返した。

そして麻美の手の上に弾丸を置いた。


「これは?」


「高畠翔を撃つ弾だよ。これを握ってありったけの想いをこの弾に込めて」

 キューピッドはそう言うと両手で麻美の手を覆い、弾丸を握らせた。

「うん。判った」

麻美はそう言うと弾丸を胸の前に持って両手で願いを込めた。


「はい」

麻美は思い残すことはないという表情で弾丸をキューピッドに渡した。

弾丸はピンク色の淡い光を放っていた。


「いい色だ。君の強い思いがこの弾にはこもっている」

キューピッドは彼女から受け取った弾丸を顔の前に持ってきて、まるで宝石を鑑定するように見つめた。


「うん」


「そしてこの弾は高畠翔に君の想いをぶつけてくれる事になる」


「外れたりしないの?」


「それはない。僕を誰だと思っているんだ? 愛のキューピッドだよ。 そんなへまはやらないさ」

キューピッドは自信満々に答えた。


「そう」


「僕の射程は3,000mだ。こんな距離は目をつぶってでも当てられるよ」

キューピッドは更にふんぞり返って自信満々に答えた。


「へぇ。ゴルゴさんより凄いんだ」

麻美は感心したように声を出した。


「よく知っているね」


「うん。お父さんがよく読んでいるから」


「成る程」

キューピッドは納得したように笑った。

麻美はその笑顔をじっと見つめていた。



 麻美は高畠翔の家の前で待っていた。

彼が広い通りから路地に入ったら、姿が見えるはずだった。

それほどでもない時間が長く感じられた。

本当はほんの2~3分だったかもしれない。そして彼の姿が麻美の視野に入った。


 高畠翔は麻美の姿を認めると驚いたように立ち止まった。

麻美は高畠翔の家の前からゆっくりと彼に向かって歩き始めた。







 ビルの屋上でキューピッドが三八式歩兵銃に麻美から受け取った弾丸を詰めこもうとしていた。

ボルトを引き静かに薬室に弾丸を送り込んだ。ピンク色の弾丸は三八式歩兵銃に装てんされた。


銃の状態を確認すると彼はしゃがみ込んで左膝を立てその上に、左肘を乗せて銃を構えた。


「南南東の風。風速2m。湿度45%。距離200m」

と呟いた。


 ターゲットスコープには高畠翔が映り込んでいた。

ゲージが彼の頭でクロスする。そのままゲージは彼の身体を撫でるように下がり左胸で止まった。

キューピッドはトリガーに指を軽くかけて、静かにその時を待った。





「なにしてるの? こんなところで」

高畠翔は敢えて感情を抑え込んでいるような抑揚のない声で聞いた。


「うん。ちょっと聞きたい事があったから」


「なに?」


「さっき、ラブレター貰っていたでしょ?」

迷った末に麻美は高畠翔に聞いた。


「え?なんでそれを知ってるの?」

彼は驚いたように麻美を見つめた。彼女たちに会う事は誰にも言ってない。それに麻美とは何らつながりもない二人だ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る