第16話届かなかったラブレター


「どうしたの?」

麻美は驚いて聞いた。


「そのラブレターを消したのは僕だ」

と、この期に及んでとんでもない事を言い出した。


「え?なに?なんだって?」

麻美は驚いてキューピッドに聞き返した。


「うん。ちょっとしたいたずらというか、出来心というか……」


「え~なんてことをすんのよ! ここまで盛り上げておいて、それはないわ……恋のキューピッドの名が泣くわよ!」

麻美はあきれ果ててキューピッドをなじった。


「うん。ちょっとビーナスに怒られた後だったので、むしゃくしゃしてそれを吹き飛ばしてしまった」


「えぇ!! とんでもない事したわね」

麻美は信じられないという顔でキューピッドを見た。いや見下した。


「今考えるとちょっと反省」


「もっと早く反省しろ! で、ちょっとと言わずマリアナ海溝よりも深く反省しろ!!」

と麻美は怒鳴った。


キューピッドは肩をすくめて小さい声で

「はい」

と答えた。


「もし、あんたがラブレターを飛ばしていなかったらどうなったの?」

人生に『IF』はないが麻美はそれが気になって仕方なかった。


「うん。間違いなく二人は結ばれていた」


「ばか! ろくでなし!」

 麻美は思いっきりキューピッドに罵声を浴びせた。

キューピッドは身をかがめて縮こまって麻美に謝った。


「ゴメン……若気の至りで……」


「若気ってあんた今何歳よ。たかだか10年や20年なんてあんたにとっては一瞬じゃないの!!」


「いや、確かにそうなんだけど」


「じゃあ、卒業以来二人は会っていないの?」


「うん。偶然、彼は彼女を見かけたんだけど声を掛けなかった」


「なぜ?」


「ラブレターを出して返事が無かったから無視されたと思っていたんだな。それにラブレターって後で考えたら結構恥ずかしいもんだから、証拠も残るし……人生の黒歴史だからな……だから余計に声を掛けられなくなったみたいだ」


「ああ、それ分かるなぁ……」


「だろう?」


「だろう? じゃない!! これって全部、あんたのせいじゃん!」


「そうだった」

とキューピッドは他人事のように言った。


「そんな恥ずかしいモノを奮起して気合で書いたのにあんたが吹き飛ばすってどういう事よ?」


「スミマセン……」


「謝って済む事じゃないでしょ? どうすんのよ?」

麻美は当然のようにキューピッドを詰めた。


「う~ん。どうしよう?」

雨降る路上に捨てられた子犬が段ボールの中で不安げに見上げるようなつぶらな瞳でキューピッドは麻美を見た。


「私に聞かないでよ、そんな事! バカ!」

つぶらな瞳は麻美の罵声を抑えるのには、なんの効果もなかった。


「だよねぇ……」

 粗相(そそう)をして叱られた子犬のようにキューピッドは俯いた。

暫くして立ち上がってモニターを覗き込んだ。画面上のコメントをしばらくじっと見ていたが

「うん。まだ間に合う。明日が4回目のデートかぁ……今度こそ見事に仕事を全うしてやる」

と麻美に振り返り言った。


「前回、見事に外したもんね」

と麻美は笑った。


「今度は大丈夫だよ。汚名挽回する」

とキューピッドは苦虫を嚙み潰したようしかめっ面で答えた。

そして付け足すように

「彼はまだ彼女の事が間違いなく大好きだ」

と言い切った。


「だったらなんで、彼は彼女を口説かないの? あの掲示板の書き込みじゃぁ、その気はないみたいな事かいていたじゃん」

 麻美はキューピッドのその断言が腑に落ちなかった。


「それは、過去の忌まわしい想い出……つまりラブレターを出して返事もなくフラれたと思い込んでいた事と、今更焼けぼっくいに火をつけてもっていう大人の常識のせいだな」


「それって、全部、あんたのせいだよね」

麻美は軽くキューピッドを睨んて言った。


「あ……はい、そうです……」

キューピッドは言葉に詰まった。

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