第15話ラブレター


 急にキューピッドが思い出したように呟いた。

「あれ?ちょっと待てよ。『見事に玉砕』って……この男……うん。間違いない。高校時代にこの彼女にラブレターを書いている」

彼は顎に手を当て眉間に皺を寄せて考え込むように床を見ていた。まるでロダンの「考える人」のように。


「え?そんな事も分かるんだ?」

麻美は驚いて聞き返した。

「まあね。一応神様だし……」

キューピッドは自嘲気味に答えた。


「流石だねえ……て、この人はそれでフラれたの?」

麻美はちょっとキューピッドの力を見直していた。


「いや、そのラブレターを彼女は目にしていない……なんでだろう?」

キューピッドは全身全霊の力を使ってその当時の状況を確認していた。

流石は神様である。時空を超え一気に高校生の二人を捕まえた。



「初めて二人が出会ったのは同じクラスになった二年生の時だな。彼の右斜め前に彼女は座っていた……」


「あ、今の私と同じじゃん! それでそれで?」

麻美は身を乗り出だしてキューピッドの話を聞きだした。


「初めて会話を交わした時に彼は『この子と俺は付き合うんじゃないのかな?』て思っているな」


「おお、それは強気で自惚れが強い」

麻美は笑いながら言った。でもそういう男子は嫌いではなかった。


「いや、二人は前世からの付き合いだから、あながち間違いではない」

キューピッドは眉間に皺を寄せて、確認するようにゆっくりと麻美に言った。


「え?そうなの?」


「うん」


「ただ彼女……勘トロだな」


「カントロ?」


「勘がとろいって……そう、鈍いって事だよ」

血の巡りの悪い生徒に噛んで含めるように教える家庭教師のように丁寧にキューピッドは言った。


「ああ、そういう意味か!」

麻美は分からない数式をやっと理解した生徒のように手を打って叫んだ。


「彼女も彼と同じような感覚を感じているんだけど、それが何か分かっていない。う~ん。珍しいぐらい自分の感情を解っていないな。これが理解できていたら苦労なくここで二人は付き合っていたな」


「そうなの?」


「うん。悲しいかな今でも彼女はそのままだ。とろい」

キューピッドは頷きながら残念そうに答えた。


「ええ?結婚もした事があるのに?」

麻美は驚いたように叫んだ。


「うん。この時はあまりにも彼女がとろいので、オイラが何とかしてやろうかと思ったんだけど、同時に彼の友達も彼女の事が好きになってしまったんだなぁ」

どうやらキューピッドは完全に当時の事を思い出したようだった。


「お、ライバル登場!!」

麻美は続きを促すように前のめりでキューピッドの前に座った。


「なんか、面白がっていない?」

キューピッドは眉間に皺を寄せて軽く麻美を睨んだ。


「間違いなく面白くなってきたわ!!」

麻美は目を輝かせてキューピッドに話を続けるように更に促した。


 キューピッドもこれ以上彼女に何を言っても無駄だと悟り、諦め顔で話しを続けた。


「ふぅ……ま、良いか……。で、彼も一気にそこで攻めたら何とかなったかもしれないんだけど……若いな。自分の気持ちを友達に悟られるのが嫌で素気ない素振りを始めたんだな」


「なんと!! 若いなぁ! 分かる気するけど」


「あんたが言うな! 麻美も高校二年生だろう?」


「そうだけどねぇ……」

そう言うと麻美は舌を出してばつが悪そうに笑った。


「結局、高校時代に二人は付き合う事は無かったな」


「そうなんだ。何とかしてあげれば良かったのに……」


「まあ、はっきり言ってこういうのをくっつけるのは僕の領分であるのは間違いないけど……彼の想いが……そこまでの熱い想いがこっちに伝わってこなかったんだよなぁ……」


「そっかぁ……」


「うん。結局、お互いどちらも誰とも付き合わないまま卒業した……」


「卒業? じゃあ、どこでラブレターを渡したのよ?」


「で、卒業を前に彼が意を決してラブレターを書いて、下駄箱に入れた」


「おお! 下駄箱かぁ……本当にそこに入れるんだ!! 」

麻美は他人事なのに自分の事のようにワクワクしていた。


「それで、そのラブレターに気付かずに彼女は卒業してしまったんだ……」

と麻美は呟いた。


「いや……違う……入れたのは卒業前だ……それもまだ三年生の彼らが登校している三学期の頭だ……」

キューピッドはまたもや眉間に皺を寄せて過去を遡っている。今日は何度このポーズを取っただろうか?


――なぜ、彼女の目にラブレターが届かない?――


キューピッドがそう思った瞬間


「あ!」

突然、彼は声を上げた。

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