第7話手渡されたものは?

「なんだか、気分が悪いわ。すれ違う人すれ違う人、みんな顔に『なんでこんな小娘が』って書いてある。本当に失礼しちゃうわ」

麻美は憤りながら歩いていた。


「まあ、仕方ないんじゃないかな。麻美は可愛いよ。美人だと思うよ。でも僕は神様だからねえ……この神々しさは隠しようがないからなあ……」

とぬけぬけと言ったが、キューピッド自身にとっては事実を述べただけだった。


「何言っているの。さっきまで誰にも見えないようなシークレットモードになっていたじゃん」


「まあ、そうだけど……また姿を消そうか?」


「う~ん」


「そろそろ彼に遭遇するな……やっぱり姿を隠そう」

キューピッドはそういうと麻美の手を引いて細い路地に入った。


「ついでに麻美の姿も見えないようにしたから」

そのままキューピッドは麻美を両手で持ち上げると胸の前まで抱き上げた。

「何?急にお姫様抱っこ?」


「うん、今からちょっと飛ぶから……」


 そういうとキューピッドは麻美を抱き上げたまま宙に浮かぶと一気にビルの屋上まで飛んだ。彼の背中には白い羽が美しく生えていた。


「うわ!怖い!落ちる!」


「落ちないって。大丈夫だよ。僕がついているから」

キューピッドはそう言って麻美を安心させるとそのまま地上をじっと見つめた。


「うん。あそこにいる」

彼は市街地の広い公園に目をやりながら、その公園を見渡せるビルの屋上に降りて広げた羽根をゆっくりと閉じた。

そして麻美を優しく下ろすと

「ほらあのベンチに座っているのが彼だよ」

と指さした。


「あ、ほんとだ。あんなところでこんな朝早くから何してんだろう」


 高畠翔はその公園のいくつかあるベンチの内の一つに座って誰かを待っているようだった。


「う~ん。見ていたらその内判るよ。多分……」

 

 キューピッドは奥歯にものが挟まったようなはっきりしない言い回しで麻美の質問に応じた。

二人は静かにビルの屋上で高畠翔を見ていた。


 ほどなくしてそこへ私服姿の女子高生風の女の子がやって来た。彼は立ち上がってその女の子を迎えた。腹が立つほどさわやかな笑顔だ。

――あの笑顔に私は騙されたのよ――

麻美はそう思いながら二人の姿を食い入るように見つめていた。


ひと言ふた事ことばを交わした後、女の子は彼に手紙を差し出した。

高畠翔はにこやかに笑いながらその手紙を受け取った。女の子はそれを渡すと、高畠翔に負けないくらいの笑顔を見せるとその場から早足で去って行った。

 彼は暫くその後姿を目で追いかけていたが、彼女の姿が見えなくなるとベンチに腰を下ろした。そして貰った手紙を無造作に右肩にかけていたディバックに放り込むと、両膝の上に肘をつき何か考え事をしているようだった。


「あれはラブレターよね?」

麻美は隣で同じようにこの情景を見ていたキューピッドの顔を見上げて聞いた。


「まあ、そうだろうな……あの女の子は知り合い?」


「ううん。全然知らない子」


「そうか……」

キューピッドはそう言っただけだった。


 高畠翔はおもむろに腕時計を見て、ゆっくりと空を見上げてから立ち上がって歩き出した。


――なんで手紙を読まないんだろう――

 そう思いながら高畠翔の姿を見ていた麻美は、彼が立ち上がったので驚いてキューピッドの顔を再び見上げた。

その視線に気が付いたようにキューピッドは麻美を優しい笑顔で見つめて


「大丈夫。また直ぐに戻って来るから……」

と麻美に言った。

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