第37話無力感



「他には?」

キューピッドは重ねて聞いた。


彼女は少し考えて

「ごめんなさい。他は何も思いつかないわ」

そう言って首を軽く振った。


「ごめん……なんの力にもなれなくて」


「良いのよ。気にしないで。あなたが謝る話ではないわ。これは私の寿命だから。でも私はこの寿命が尽きるまで精一杯生きてみせるわ。死ぬのが決まっているからと言って私の人生に手を抜いたりはしない」

と「余命幾ばくも無い」と宣告された病人とは思えない力強い言葉でキューピッドの瞳をまっすぐに見て言った。


――でも大好きな彼に自分の想いを伝える事だけは諦めているんだ――


 キューピッドは口元まで出かけたその言葉を何とか飲み込んで抑えた。

彼女が何故それを諦めているのかをここで問うのはこの場で「愛をつかさどる神」と名乗る以上の愚行である事を彼は知っていた。神のプライドにかけてもそんな恥の上塗りのような真似はできなかった。


 彼女の残された人生の取捨選択をキューピッドは尊重した。


「また、顔を覗かせても良いかな?」

 キューピッドはこのまま彼女を見捨てる事は出来なかった。

いつもならこんなところに最初から来てはいない。麻美の余計な命令がなければこんな思いを経験することもなかった。自ら望んで火中に栗を拾うような真似は絶対にしない。


 しかし、けなげに自分の人生を最期まで必死に生き抜こうとしている彼女を見てしまった。キューピッドも何とかしてあげたくなった。ただ彼には彼女に対して何をしてあげれば良いのかが全く分かっていなかった。いや、正確には分かっていた。彼女の差し迫った寿命を延ばすことができればそれで良いのだ。

しかしキューピッドにはそれを実現する力もなければ方法論も思いつかなかった。


――これで何度目だろうか?……こんな無力感を感じるのは――


 キューピッドのそんな思いも知る由もないその少女は

「ええ。神様のお見舞いは歓迎よ。その内いつでも会えるようになるんでしょうけど」

と笑った。その笑いには多少の彼女自身への皮肉の影が漂っていた。


「まあ、その内ね……その前にこのサイトを作っている女子高生を連れてくるよ」

キューピッドはそう言って彼女が笑って頷くのを確認すると、静かに病室から出て行った。



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