第32話麻美の命令
「え?」
麻美は一瞬言葉を失った。
「重い病気だよ。余命がそれほどある訳ではない」
キューピッドは表情も変えずに淡々と言った。
「え? そうなの……」
「うん。それは本人も知っているよ。だから付き合えないっと書いてあるんだよ。付き合ったところですぐに別れが訪れる。だからこの彼女は……彼を悲しませたくないんだろうな。置き去りにして残った彼氏を一人ぼっちにするのが嫌なんだろう。頭も良いし、そしてとっても優しい子だね」
「寿命かぁ……何とかならないの?神様なんでしょ?」
諦めきれない様子で麻美はキューピッドに聞いた。
「一応、神様だけどね。でも人の寿命や運命を司る神ではない。万能の神はゼウスだけだ。でもゼウスも人の運命や寿命を変えたなんて話はあまり聞いた事無いなぁ……」
キューピッドは事もなげに答えた。しかしそれは麻美の期待した答えではなかった。
「じゃあ、出来ないの?」
麻美は諦めきれずにキューピッドに食らい付いて来た。
「僕にはどうしようもない」
キューピッドはまるで「お手上げだよ」とでも言うかのように両手のひらを上に向けて首をすくめた。
彼も何とかしてやりたいという気持ちも無い訳ではなかったが、そもそもキューピッドは人の寿命を司る神ではない。できる事と出来ない事がある。麻美と違ってキューピッドは割り切っていた。
重い沈黙が部屋を支配した。
「なんだかなぁ……」
麻美も何か言おうとしたが、それ以上の台詞が見つからなかった。しかしそれでも納得できずにモニターを見つめていた。彼女は何かを必死に考えている様だった。
再び部屋に沈黙の時間が流れた。
その沈黙を破る様に麻美が振り向くと
「キューピーちゃん、この人に会ってきてよ」
とキューピッドに顔を近づけて言った。
「え? 僕が? なぜ故に?」
目の前の麻美の顔を驚いたように凝視しながらキューピッドが聞いた。
「会って詳しい話を聞いてきてよ。なんかこのまま何もしないで見ているだけなんて私には無理」
「え~、聞いてどうするんだよ。どうしようもないのに……」
キューピッドは思いっきり嫌そうな顔をしたが、麻美はそんな事はお構いなしに
「そんな事行ってみないと分からないでしょ?!! 」
と詰め寄った。
「いや、行かなくても分かるよ。どうしようもないことぐらい」
キューピッドには会ったところで何も変わらないという状況が見えていた。しかし、それは麻美には伝わらない。もし伝わったとしても彼女は納得しない。
「それでもいいの! 兎に角、会って話を聞いてみて! マネージャー命令よ。このへたっぴが!」
と冷たく言い放った。麻美は言い出したら聞かない。
「それは言わないで……」
キューピーは泣きそうな顔をして麻美の命令にしぶしぶ頷いた。
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