第52話ハーデース



 夕子の病室に訪れる少し前にキューピッドはハーデースの宮殿に呼ばれた。



キューピッドが宮殿に着くと既にハーデースは玉座で待っていた。


「ほれこれが例の酒じゃ。これをあの三姉妹に飲ませて願いを伝えろ」


「もしかして、それは?」


「そうじゃ。これじゃ。アポロンがあの三姉妹を酔わせた酒じゃ。あいつらは普通の酒では酔わんからな。ザルだ。だがこの酒は違う。この酒を飲ませると間違いなくあの三人は酔っぱらう。あいつらは酔っぱらったらなんでも言う事を聞く。アポロンはそれで人間の寿命を延ばさせた」

とハーデースは酒瓶を目の前に掲げながら答えた。


「え? それをどうやって?」

キューピッドは驚いたようにハーデースの顔を見た。


「あいつはなツメが甘いから、その時、最後の最後に手伝ってやったのじゃ。そのお礼にこの酒を貰った」

とハーデースは答えた。


「そうかぁ……そんなものがよく残っていたな」


「いや、残ってはいなかったが、アポロンに催促したらくれたのじゃ」

とハーデースは涼しい顔で言った。


「そうなのか……その程度で貰えるもんだったんだ……」

キューピッドは力が抜けたような顔で呟いた。


「ま、お主では間違っても貰えぬがな」

誇らしげにそう言うとハーデースは酒が入った瓶をキューピッドに手渡した。


「まあ、そういう事だな。ありがとう! 流石は冥府の王ハーデースだ」


「ふん。茶化すでない。早う行け!」

とハーデースは片手を面倒くさそうに振ってキューピッドを追いやった。


「助かる」

キューピッドは素直に頭を下げた。


「しかし、間違うでないぞ。三姉妹全員が酔っぱらったところで言うんじゃぞ。その前にお前が酔いつぶれなては話にならんがのぉ……」


「分かっている。そんなヘマはしない」


「兎に角、あの三人は一筋縄ではいかんからな。後はお主次第じゃ。お主の言葉ですべてが決まる」


「それも分かっている。ありがとう」


そうひとこと言うとキューピッドは宮殿の広間から姿を消した。


「やれやれ……本当に判っておるのかのぉ……」

ハーデースはキューピッドが消えた後を心配そうに見つめてそう言った。



「主上は元々手助けするつもりでしたわね」

と玉座の裏からハーデースに女性が声を掛けた。


 ハーデースは振り向かずに

「うむ。お主にはばれておったようじゃな」

とひとこと言った。


「勿論ですわ」

そう言ってその女性は玉座の横に立った。それはハーデースの妃となったペルセポネーであった。


「まあ、何かとあやつには世話になったからのぉ」



「まあ、そうでしたわね。覚えておりますか? 私は彼の妻プシューケーとは仲良しですわよ」

とペルセポネーは笑った。


「おお、そうじゃったな。お主のお陰でアプロディーテーは彼女をキューピッドの妻として認めたのじゃったな」


「そうですわ。あの時、彼女もヘマをしましたが私の父が何とかしてくれましたわ。本当に私の言った事を守らない困った娘です」

と笑いながらペルセポネーは言った。


「そんな事もあったのぉ」


「ええ、私はあの二人がとっても大好きですから」


「ふむ。そうじゃったのぉ」

ハーデースはそういうと愉快そうに声を上げて笑った。

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