第3話僕は愛の神だ!

「ちょっと待って。そう言う意味じゃないの。キューピッドって羽根の生えたしょんべん小僧のような恰好をしてるやつでしょ?」


 麻美は兎に角、この場はじっくりと考える時間が欲しかった。まずは彼を引き留めるのが先決だと思ったが、出てきた言葉はこのキューピッドにとってとても似つかわしくない耳障りの良くない表現だった。


「小便小僧?あのブリュッセルの?……あんなものと一緒にしないで欲しいな。まあ、あんなのと区別がつかないのはこの国の人間ぐらいなもんだけどね。言っておくけど、僕は愛の神であって年がら年中小便をだらしなく垂れ流している小僧などと一緒にされる覚えはない。その辺は違わないで欲しいもんだね」


 浮きかけた腰を下ろした自称キューピッドは表情は柔らかだったが、明らかにひどく憤慨している声で反論した。彼のプライドを麻美の一言はいたく傷つけたようだった。


 この国の奴はあんな小僧と俺を一緒にしやがって本当に失礼な奴等だとキューピッドは心の中で思っていた。

しかし麻美の取り合えずキューピッドの腰を落ち着かせるという目的は無事に達成したようだった。


「はぁ」

麻美は力なく返事をした。


「愛の神。神様ですよ。分かってんのかなぁ」

神様の割には気が短い様だ。


「はぁ……でも羽根は?」


「あ、これ?」

男はそう言うと立ち上がって背中の羽根を広げた。綺麗な純白の羽だった。

「どう?これで少しはキューピッドに見えるかな?」


その姿はどう見ても堕天使だった。


「魂と交換?」

麻美は聞いた。


「しない!! それは悪魔だっちゅうの!」

さすがに悪魔呼ばわりされた愛の神はさっきまでの柔和な表情では無くなった。

でも、キューピッドは更に悪魔チックになった。


「あ、ごめんなさい…で、でも、キューピッドって天使みたいな感じじゃない。マヨネーズなんか持っているし……ってあれは料理専門の天使だっけ? 違った?」


「それはキューピー。その呼び名は間違ってはいないが僕は料理専門の天使なんかではない。それにマヨネーズってなんだよ?そんなものは持ったこともない!」


「あ、違った? 3分間で料理作ったりしてない?」


「3分間クッキングなんかやらん!……って、もしかしてわざと言ってない?」

愛の神は声を少し荒げて聞いた。


「ごめんなさい!悪気はなかったの!」

麻美は慌てて謝ったがわざと言っていたのは間違いなかったようだ。


「まあ、天使ならまだ良いか……。ボッティチェリの「プリマヴェーラ」って絵は知っているだろう?」

彼は少し自分を落ち着かせようと話題を変えた。


 ボッティチェリの「プリマヴェーラ」という絵はフィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されている絵画の事であり「世界でもっとも有名な絵画作品の一つ」とも言われている。

テーマは「愛」。


 そこにヴィーナスや他の神と一緒に天使のような姿で描かれているのがキューピッドだった。彼はその話をしようとした。


「知らない」

 しかしアイドルグループのメンバーの名前は全部言えても絵画の事など全くわからない麻美は、考えるそぶりも見せずに首を振った。

キューピッドは悲しみと憐みをたたえた表情で麻美を見た。


「本当にこの国の奴らは何も知らんな……」


「ごめんなさい。今度ちゃんと調べて勉強しておきます。今までキューピーさんとはサラダでしかお付き合いが無かったもので……」

麻美はまた謝った。しかし彼女の言い訳は一言多い。


「その呼び方はあまり好きではない。それと僕をその辺のマヨラーみたいに言うのは止めてもらいたい」


「あ、ごめんなさい」

麻美はさっきから謝ってばかりだったが完全に最初に感じた恐怖感は消え去っていた。


「本当に……頼むよ。もう」

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