第47話屋根の上のサリエル

 翌日、キューピッドは麻美の家の屋根に座っているサリエルを見つけた。


「こんなところで何をしている? この家にお前を必要としている者は居ないぞ」

とキューピッドはサリエルの傍に立つと見下ろしたまま聞いた。


 サリエルは気怠そうにキューピッドを見上げると

「そんな事は分かってますよぉ……あなた、昨日、あの子に私の名前を言いましたねぇ……」

と聞いてきた。


 一瞬、キューピッドの表情が強張ったが

「言ったが、それが何か?」

と平常を装って聞きな直した。


「それが何か? ですとぉ……それを言いますかぁ? 確かに彼女の死期は近いですけどぉ、今すぐにではないですよねぇ。そんな人間に対してお迎えに誰が来るかぁなんて言って良いと思ってるんですかぁ?」

と詰めるようにサリエルは言った。


「いや、まあ、話の流れというかなんというか……もしかしてハーデースは怒っているの?」

キューピッドは少し落ち着かないようだ。


「当たり前ですよぉ。そのへんの死神でも先走って言われたりしたら怒るのに今回は私ですよぉ。この神の玉座に侍る大天使(アークエンジェル)の一人である私サリエルですよぉ? 分かってますぅ?」


「ああ、分かっているよ」

キューピッドはうんざりしたような顔で答えた。


「分かって入れば良いんですけどねぇ」

と更に念を押すようにサリエルは言った。

 天に召される時に迎えに来るのが天使か死神かでその魂の行き先が決まる。それを教えてしまったという事は自分の行き先が召される瞬間を待たずに先に分かってしまうという事だ。つまり他の神としての専権事項をキューピッドが踏みにじった事に他ならない。


 ただ夕子にそんな知識があったとは思えないので気が付いてはいないとは思うが、キューピッドもサリエルの事を「天使だ」とか「この世界では大物だ」とか余計な事を放言していた。際どいと言えば相当に際どい事を言っていたのは間違いなかった。


「で、ハーデースはなんて? 釈明しに来いって?」


「いえ、うちのボスそこまでは言ってませんけどねぇ。所詮キューピッドのあなたに何を言っても無駄ですからねぇ……」


「どういうことだ? それは?」

キューピッドは憤(いきどおっ)てサリエルをにらんだ。


「何をとぼけているんですかぁ? 今まで何回、神様連中を怒らせましたぁ? 何度だましましたかぁ?」


「ああ……そんな事もあったなぁ」

とキューピッドは遠い目をしてとぼけた。


「だから今更なんですよぉ。そういえば昔……うちのボスにも何かやらかしていたんでしたよねぇ」


「え?」


「うちのボスの奥さん、知ってますよねぇ……」


「当たり前だ。ペルセポネーだろ? 知っているよ」


「だったら良いんですけどね……」


「大体あの二人をくっ付けたのは、俺が……」

と言ったところでキューピッドの瞳が大きく見開かれ言葉が止まった。


「どうやら思い出した様ですねぇ……」

サリエルの瞳が怪しく笑った。


「ハーデースはどうでもいいが、ペルセポネーは今どうしてる?」

キューピッドは押し殺した声でサリエルに聞いた。


「今や冥府の女王として君臨していますからねぇ。二人はどう見たっておしどり夫婦ですよぇ。腹が立つぐらいに……それ位の事はあなたも知っているでしょう?」


「ああ、そうだった……」


「おやおや……のんびりしてますねぇ……」

とサリエルは呆れたようにキューピッドの顔を覗き込んだ。


「そうだった!! それがあったんだった」

そう叫ぶとキューピッドは羽根を広げ一気に天高く舞い、そして消えた。


「やれやれ、やっと行きましたよぉ。本当に手間のかかる神様ですぅ」

と空を見上げていたサリエルは呆れたように呟くとかき消すように姿を消した。

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