第5話 くじの導く先
「こっちで拾ったんだ」
初め怯えていた男の子だったけど、こちらが特に咎める様子もないと分かると、元気に俺たちを先導し始めた。
『すおう』を閉めて、俺と良太と道広は、その男の子の後に従って付いていく。
途中『呪いの館』の前を通ったときは、道広がそちらに注意を引かれていたけど、良太に促されて俺たちの後をしぶしぶ付いてきた。
「ほら、この辺に散らばっているだろ?」
男の子が指し示すとおり、路地裏の路上にくじ紙が数枚散らばっていた。
拾い上げてみると裏には赤いマーカーのぎざぎざ線。
間違いない。これは薫だ。
薫がこのくじ紙をばらまいたに違いない。
でも、何のために?
「こっちにもあったよ!」
良太が少し先でくじ紙を拾ったようだ。
……なんとなく薫の意図が理解出来た気がしてきた。
俺は三人の子どもたちに指示を出す。
「よし! きっとまだまだ散らばっているはずだ。くじ紙をどんどん探してくれ!」
子どもたちは競うようにくじ紙を探し出した。
なんだろう。こういう何かを探すという行為は子供心をくすぐるものらしい。
「こっちにあったよ!」
「あっちにもあった!」
彼らはまるで薫捜索なんて忘れたかのように興奮気味で次々にくじ紙を見つけ出す。
くじ紙を集め始めて、その散らばり方に方向性があることがだんだんと分かってきた。
そのくじ紙は無差別にばらまかれた訳ではない。
数枚ずつ、俺たちをとある方向へと導いている。
路地裏を抜けて、人が一人しか通れないような細い路地を左に曲がって、その先を右に曲がると、どうやらそこが終着地のようだった。
俺はそこに屹立する鳥居を見上げる。
『道祖土(さいど)神社』。
十坪もない小さな神社だった。
当然のごとく宮司は常駐していない無人の神社だ。
くじ紙はその鳥居の前に数枚撒かれた後、境内へと続いている。
ごくりと唾を飲み込んだ。
この神社には裏口はない。ということは、この境内に結論がある。
「みんなは、ここで待ってろ」
俺は鳥居のところで、子どもたちを制した。
良太は不満そうな表情を見せたが、すぐに俺の意図を理解してくれたようだ。
俺は必要以上に辺りを警戒して、境内に足を踏み入れた。
大木、石塔、物置、本殿、それらの影に人影がいないのか、最大限の注意を払って一歩一歩進む。
風が吹いた。
木の枝が揺れる。
びびって思わず歩を止めた。
俺の緊張感が伝染したのか、鳥居の前で待機している子どもたちも身体を固くして俺の様子を見守っている。
俺は大きく息を吐いて、心を落ち着け、境内の地面をじっくりと観察する。
風で飛び散っているが、撒かれているくじ紙は今までで一番多い。
そしてそれは物置の前から飛び散っているように感じる。
俺は一呼吸置いた。そして覚悟を決めて物置の扉に手を掛け、一気に引いた。
そこには――
「薫っ!」
薫の顔は涙とよだれでぐしゃぐしゃだった。
顎が外されているようで、薫はうめき声しか上げることが出来なかったが視線はしっかりと俺をとらえていた。
両腕、両足はだらんと、投げ出された格好で力が入っているように見えない。
俺は直感した。
――関節が外されている。
そして怒りが一瞬にして吹き上がる。
薫にこんなことをした犯人に対してだ!
俺は携帯電話を取りだして、すぐさま、警察と救急車を呼び出した。
そして電話を切ると同時にすぐさま薫に駆け寄る。
怒りで俺の身体は震えが止まらなかった。
許さねえ。絶対に許さねえ!
数分後、いつもはひっそりとしている無人の道祖土神社が騒然となっていた。
警官三名と救急隊二名が担架を持って駆けつけたからだ。
近所の野次馬も十数名神社を取り囲むように見守っている。
薫は、やはり顎の関節と両肩と両足首の関節を外されていたらしい。
救急隊員の応急処置によって、それらは元の位置に戻り、薫は身体を動かせるようになり、話せるようになった。
だが、ショックのせいか、今は泣きじゃくっているだけで何も話すことが出来ない。
俺はというと警察から事情聴取を受けていた。
と言っても知っていることしか話すことが出来ない。
良太と道広に薫の行方を訊かれたこと。
そして子どもが持ってきたくじ紙によって薫の居場所が判明したこと。
この二点を話すのみだった。
薫の方には救急隊員二名と警官一名が付き添っていた。
関節を嵌めたあとは、大事はないと判断したらしく、救急隊員は去って行った。
警官一名は、おだやかに薫から事情を訊こうと努力していたが、泣きじゃくるだけの薫からは何も聞き出せないようだ。
俺は薫に近寄っていった。
「大丈夫か、薫」
俺が近寄ると、警官は気が付いたように離れていった。
身内だと思われたのだろうか。
俺が薫に近寄ると、良太、道広も薫を取り囲む。
今まで泣きじゃくっていた薫は、それで落ち着いたのか、目に涙を溜めたまま、無理矢理口元に笑みを形作った。
「……『すおう』のお兄ちゃんなら、きっと気付いてくれると……思ったの」
薫はそう言って今まで握りしめていた右拳をゆっくりと開いた。
そこにはくしゃくしゃになったくじ紙が握りしめられていた。
「ずっと持っていたんだ」
「……上着のポケットに入れておいたのをすっかり忘れていたの。でもそのおかげで見つけて貰えたの」
そう言って薫は下を向いて、ほっと大きく息を吐いた。
そして何かを思い出したかのように急に顔を上げ、真剣な表情で俺を見上げた。
「ケイが、ケイさんが危ないの!」
「え?」
どういうことだ? なぜケイが危ない? それにもっと疑問なことがある。
「どうして薫がケイのことを知っているんだ?」
ケイは薫が『すおう』に来なくなってから現れた人物だ。
名前はおろか存在すら知らないはずだ。
それに対して薫は「う」と言葉に詰まった。
「実は」
その時、薫に助け船が出た。薫の兄の道広だった。
道広は、話しづらそうにしている薫の表情を読み取ったように言葉を続けた。
「薫はあの後、何度も『すおう』に行こうとしたんだ。毎日『すおう』の直前まで行っていたんだよ。だけど勇気が出なかったみたいだ。だから『すおう』での出来事は他のどの子どもよりも詳しいんだよ」
薫は複雑な表情をその顔に浮かべ、そして俺から目を背ける。
「……だからここ数日『すおう』を監視していた男の存在も知っていたの」
「監視だって?」
俺は驚いた。
……いや、嘘だ。本当はどこか予感していた。
警官が報告に来ていた女児の後を付ける男の事例。
身長はおよそ百七十センチから百八十センチくらい。
年齢は十代後半から二十代後半。赤いジャージを身に纏い、ニット帽を着用している。
一見、竜也のように思えたけど、意外とその範囲が大ざっぱであることに後から気付いていた。
身長およそ百七十センチから百八十センチくらい。
年齢は十代後半から二十代後半。
これではほとんどの男性が範囲に入ってしまう。
だけどその中で決定的なのはニット帽だ。
竜也はニット帽を被っていない。
竜也を評するのなら『丸坊主の』という言葉になるはずだ。
それが『ニット帽』だ。
竜也と別の人間が徘徊していることを暗に示していた。
ニット帽の男は小学生高学年から中学生くらいの女児の後を付けていたという。
恐らく男が探していたのはケイだ。
ケイがターゲットだったんだ。
「ジャージ姿のニット帽を被った男だったの。目立たないように『すおう』を監視していたけど、私には分かったの。だって私も『すおう』を見ていたから」
とたん薫の瞳から涙が溢れてきた。
「……一言だけ……言いたかったの……」
泣きじゃくる薫の口から何とか次の一言が絞り出された。
「……ごめんな、さい」
その言葉は、ずきんと俺の心に突き刺さった。
俺はどこか薫のことを諦めていなかったか。
百人の子どもが居たらその全てとは仲良く出来ない、と自分に言い訳をしていなかったか。
なのに薫は、諦めていなかった。
俺に謝ることを諦めていなかったんだ……。
謝るのは俺の方だ……。
「……俺もずっと言いたかったことがあった。言い過ぎてごめんな。気にしないでいいから、また『すおう』に遊びに来てくれな」
涙でぐしゃぐしゃの顔で薫はこくりと頷いた。
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