第2話 みーちゃんとあさリン

 その日、俺は早朝から店内の整理、清掃を強いられることになった。

 その理由はテレビ取材を受けることが突然決まったからだ。前日の晩に電話でいきなり取材の申し込みがあったんだ。

 まあ、子どもたちに駄菓子を売る以外さしたる用事もないし、午前中は大抵暇だ。断るいわれもないので、俺はその申し出を承諾した。

 なんていったって無料の宣伝なのだ。

 商売をやっていたらこれに乗らない手はない。だ

 けど、俺はその時、自分の思慮がどれほど浅かったかを痛感することになる。そう、予想するべきだったんだ。テレビの取材と言われた時点で。


「やっほー! やってきました駄菓子屋さんですー! ここのお店は『すおう』さんって言うんですねえー! ねえ、あさリン? 駄菓子屋さんって来たことある?」

 と見事な営業スマイルでかたわらに居る巨大な着ぐるみに話を振る登美丘遙香こと、みーちゃん。

 みーちゃんはときおり、カメラに映らないような角度で俺に意味深な視線を送ってくる。

 俺はそれに対してどういう視線を返したら良いのか分からずに、硬い笑顔で「ははは」と力なく笑った。

 みーちゃんに話を振られた巨大着ぐるみは、船橋非公認キャラクターあさリン。あさリンはその巨大な身体をゆらゆらと動かしてみーちゃんに答えた。

「ここの駄菓子屋さんは昔から常連だリン! 店主とはマブダチだリン! ひさしぶり!」

 嘘つけ。あんたとは初対面に決まってるじゃないか。俺がこの店を切り盛りし始めたのはつい最近なんだから。と、喉まで出かかったその言葉をなんとか飲み込んで、俺は

「久しぶり、あさリン」

 と返した。なかなかの大人の対応。やるじゃないか、俺。

 因みにあさリンとは、船橋市特産のあさりをモチーフにした可愛らしいデザインのご当地キャラであるが、中の人が喋ったり、飛んだり走ったりするのがウケて、今全国的に人気が出てきている。

 おかげで、ここ千葉県船橋市も全国的に知名度が上がってきたらしく、最近ではニュースでも「千葉県船橋市の」と言うところを、頭に付いていた「千葉県」が省略されるくらいに知られてきた。

 昨晩の電話では詳細は分からなかったが、どうやら『船橋出身のアイドル登美丘遙香と船橋ご当地キャラあさリンが船橋のいろいろなお店を紹介して行く』という企画だったようだ。しかし「仕事で来てやる!」と捨て台詞を残して去って言ったみーちゃん。本当にその言葉通り、仕事で来やがった……。その並外れた行動力には頭が下がる。

「それでは早速中に入ってみようよ、あさリン! わあ、ごきげん懐かしいー!」

「入るだリン!」

「うわあっ!」

 みーちゃんとあさリンが同時に『すおう』の中に入ってきて、俺は思わず声を上げた。

 というのはただでさえ狭い店舗スペースなのに、ひらひらふわふわの衣装を着たみーちゃんと、大人三人分くらいの体積を持つあさリンが入ってきたせいで、店の中が一杯になってしまったからだ。

 二人が動く度に棚から駄菓子がぼろぼろと落ちまくる。

 更に二人が邪魔で落ちた駄菓子を拾うことも出来ない。あーあ。

「何事カ?」

 と俺の後ろの座敷から目を輝かせて身を乗り出しているのはケイ。

 ケイも確実カメラに映っているのは間違いがない。

 だけど、みーちゃんはケイなんて存在しないかのように話を進めていく。

「あ、この『ポリバルーン』、小さい頃良く買ったなあ。幼なじみと良くどっちが大きく膨らませるか? って張り合ったんだよ!」

 とみーちゃんはあさリン(というかカメラ)に話すけど、その目は俺の方へ向けられている。

 その幼なじみって他ならぬ俺のことだ。みーちゃんとポリバルーンで遊んだのは確かに良く覚えている。

 でも、ここで話すようなことなんだろうか。みーちゃんのトークがいろいろと思わせぶりで辛い。

「はい、ではここで店長さんをご紹介しましょう。こちらは『駄菓子すおう』の店長さん、周防耕平さんです」

「ど、どうぞよろしく」

 真正面からカメラとマイクを向けられて緊張してしまう。みーちゃんと違ってカメラ慣れしていないんだから、仕方がない。

「こうへ……じゃなかった。周防さん、お若いですねー。おいくつなんですかー?」

 知っているくせに、と思ったけどここは大人の対応を見せなくてはならない。

「十七歳です。でも本当は、ばあちゃ……じゃなくて、祖母が営んでいたんですが、先日骨折を」

「ええ!? 十七歳なんですかー! 私と同い年ですね! すっごい偶然ー!」

 みーちゃんは話を途中で華麗に遮って、俺の手を取って飛び上がって喜んだ。

 いや、そりゃそうだろ。同級生なんだから。

「すっごーい! 私とほとんど同じような年齢なのに、もうお店を切り盛りしているんですねー!」

 なに、この茶番。

 みーちゃんは俺にぐっと顔を近づけてにやりと笑う。

 胸元の大きく開いた衣装から、みーちゃんのつつましやかな胸の谷間が思わず目に入る。脳髄がくらくらするような良い匂いが漂ってくる。正直、女性にあまり免疫のない俺には刺激が強すぎる。

「ちょ、ちょっと近いよ。みーちゃ」

 と言いかけたその時。

「があああっ!」

 と獣のような声を上げてケイが立ち上がった。

「それ以上コーヘーに近づくとただじゃおかないナ! コーヘーも嫌がっているナ!」

 ケイはそう叫んで俺とみーちゃんの間に割り込んできた。

 ああ、たたでさえ狭い店内がますます狭くなる。

 その余波で、ばらばらと駄菓子が棚から落ちた。

「ほほう。耕平のばあちゃんの単なる知り合いだって言う関係だけのあんたが一体、何のようかしら?」

「コーヘーとはもう四日間、夜を共にした仲ナ! コーヘーは私のあられもない姿も見たナ!  フラグが立ったナ! もうただならぬ関係ナ!」

「ちょ、ちょっと、ケイ!」

 どこからそんな日本語、覚えてきたんだ!

「ふうん。大方シャワーでも浴びているところ偶然見られちゃっただけでしょ? 私なんか、耕平と一緒にお風呂に入って洗いっこをしたことだってあるし、一緒のベッドで寝たこともあるよ」

「どうせ、その話も小さい頃の話ナ。まだ小学校上がる前の微笑ましい話じゃないのカ?」

「ぐぐぐ!」

 みーちゃんとケイの言葉の応酬に、口を挟む間もない。

 しかし二人の鋭い洞察力というか、女の勘には舌を巻く。

 指摘は全て的を射ている。……でも、みーちゃん。仮にもアイドルがそんな発言をして良いのか? カメラ廻っているよ。

「とにかく!」

 みーちゃんはびっしいっと人差し指をケイに向かって突きだす。

「あんたみたいな、まるで男の子と見分けが付かないようなガキが私と耕平の間に割り込むなんて、百万年早いっていうの!」

「ガキとはなにカ、ガキとは! その言葉そっくりミナコに返すナ! ミナコの胸はまるで下敷きナ! アイドル下敷きナ! 私の方が大きいナ!」

「こっ!」

 みーちゃんがぎりっと奥歯を噛みしめ、そして拳を握りしめた。気のせいか、ぷちっという音が聞こえてきたような気がする。

 ちなみにケイの言った『アイドル下敷きは』一枚100円で、すおうの店頭で絶賛販売中だ。

「こんの、クソガキィ! 言うに事欠いて『下敷き』とはなんだっちゅーの! あんただって『チョコFO』程度じゃないっ!」

「ふん、ミナコはその『チョコFO』すらないナ!」

 ちなみに『チョコFO』というのは丸い円盤状をしたチョコの掛かったカステラのことだ。しかし、そんな冷静な解説をしている場合ではない。

 すでにみーちゃんとケイはとっくみあいのケンカを始めており、その様子になぜか興奮したあさリンが

「アイドルがそんな汚い言葉を使っちゃいけないリン! 僕にだけ使ってくれリン!」

 と争いの輪の中に加わってきた。ああ、もう。

 次第に荒らされていく『すおう』の店内を為す術もなく見つめながら、俺はがっくりと肩を落としていた。

 ……だけど、この映像。ほとんどがカットされるんじゃないのか、みーちゃん。

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