第2話 くじ引きのやり方

「まいどー、山平商店ですー! あ、キミとは初めましてだね! よろしく、山平(やまひら)あおいです。私がだいたい『すおう』さんの担当やってます」

「あ、周防(すおう)耕平(こうへい)です。よろしく」

 放課後、『すおう』の前に横付けされた軽のミニバンから現れたのは、実にボーイッシュな女の人だった。

 この人がさっき電話で出た人なのか。

 俺はしげしげとその『あおい』と名乗った女性を観察する。

 彼女はジーパンに白いTシャツ。そしてその上から紺色のジャージを羽織っていた。頭にはタオルを巻いており、化粧っ気はほとんどない。

 でもそれでいて、女性の魅力は感じさせる、そんな人だった。

 どちらかというと可愛いタイプではなく、美人タイプ。

 顔立ちは良いからドレスアップしたら、きっとモデル級に化けるんじゃないかと想像させられる。

「なに? じろじろ見て。さて荷物を下ろすよ。どこに下ろす?」

「あ、はい」

 俺はどぎまぎしながら、店先に下ろすようにお願いした。

 店の奥にしまいこむ必要はない。

 これから子どもたちが来店する。その前に、品物を速攻で並べなくてはいけないからだ。

 あおいさんは軽トラから次々とダンボールを運び出し、店前に置いた。そして伝票を取りだし、そこに記載されている品物と現物が合っているかどうかを、俺に見せながらチェックしていく。

 全てのチェックが終わった後、いよいよ支払いだ。

 俺は、ばあちゃんの金庫の中から、お札を何枚か取り出すと、それで支払った。金庫の中の金の蓄えがごっそりとなくなった。

 何か物凄い損をした気分で心細くなる。だが、これから仕入れた商品をがんがん売りまくればそれはまたお金に替わるのだ。頑張らねばなるまい。

 決意も新たに、俺は到着した品物の箱を開け、陳列を始める。『どんぐりガム』という商品の容器を開ける。

 開けてみると、その一番上にはビニール袋があり、その中に『どんぐりガム』が二つだけ入っていた。なんだこりゃ?

 そんな俺の様子を見ていたあおいさんは、すかさず助け船を出してくれる。

「あ、その中に入っている袋は『当たり』だよ」

「『当たり』?」

「そう。『どんぐりガム』は当たり付きなんだよ。当たったらもう一個貰えるタイプの駄菓子だね。で、一応そうやって当たりは別になっている。それは適当に混ぜておけば良いんじゃないかなあ。一切当たりを入れない、っていう方法もあるけど」

「それはさすがに子どもたちが可愛そうですよ」

 俺はアドバイスに従って当たりを『どんぐりガム』の中に混ぜ込んだ。

 続いて他の駄菓子に取りかかる。次は『ヤッターメン』か。これは……。

「『ヤッターメン』は金券付き駄菓子ってカテゴリーに当たる商品だね。ジャック製菓や丹生堂(たんせいどう)製菓がこの類は良く作っているよ。駄菓子のフタを捲(めく)ると『十円』とか『二十円』とかって書いてあるんだね。その分の駄菓子を子どもに選んで貰うんだ」

「その分の駄菓子を子どもにあげちゃったら損をしませんか?」

「それは大丈夫。ほら箱に書いてあるでしょう? 当たり総額分四百円分の補填として四十個商品が余分に入っているって。だから損をしないようになっているんだよ」

「へえー」

 ばあちゃんが駄菓子屋を営んでいる関係で、小さい頃から駄菓子には親しんでいたけど、全く知らない知識ばかりだった。やっぱり経営するのと、お客とでは立場が違うんだなあ、と感慨を抱く。

「あと、少し売り方が特殊なのは『くじびき』かな? 最後にこれだけ説明して行くね。例えばこれ、『スーパーボールくじ』があるね。これには必ず『くじ紙』が付属で付いています」

 あおいさんはそう言って『スーパーボールくじ』の裏側からなにやら赤い紙を一枚取りだした。それは縦横無尽にミシン目が入っている。

「これが『くじ紙』。これをミシン目に沿ってバラバラにします。一枚一枚は捲(めく)れるようになっていて、捲ると一番から百十番までの数字が書かれています。ほらスーパーボールにも一番から百十番までの数字が振ってあるでしょ。捲って出た番号のスーパーボールが貰えるのね」

「なるほど」

 そして言われたとおりミシン目に沿って『くじ紙』をバラバラにしようとしたら「ちょっと待って!」とあわてて止められた。

「何の考えもなしに、いきなりバラバラにしてしまうと、どの『くじ紙』が何番か分からなくなっちゃうんだよ」

「え? あらかじめ、どれが何番だか分かるんですか?」

「うん。このシートの状態だったらどれが何番か分かるんだよ。一番左上が一番でそこから下に順に二番、三番って並んでいる。で、次の行に行くと十一番、十二番ってね。だから一番右下が百一番ってことね」

 俺は、ぽかんとあおいさんの顔を見ていた。

「どれが何番か分かるってことは……ひょっとして『当たりくじ』を入れないってことですか?」

「違う違う」

 あおいさんはあわてて首を横に振る。

「それじゃ、サギじゃん。『当たりくじ』をまんべんなく入れるためだよ。だって、例えば初めの内に当たりが全部でちゃったら、はずれだけのくじなんて誰もやらないでしょ」

「……そりゃそうですね」

「逆に初めの方に当たりが全く出なかったら、子どもたちの興味を惹かせることが出来ない。その為にくじ紙をまんべんなく入れるんだ。この『スーパーボールくじ』の場合だと一番から五番は大きいスーパーボール、つまり当たりだよね。だからこの五枚の内三枚くらいは初めから入れておく。残り二枚は頃合いを見計らって入れていく」

「頃合いって、どんなタイミングなんですか?」

「四枚目は適当でいいよ。三枚目の当たりが出てからくらいでいいんじゃないかな? 一番大事なのは最後の一枚。これはくじが残り十枚くらいになるまで取っておくんだ。ここからが大事なところなんだけど――」

 あおいさんは大きく身振り手振りを加えながら、実に熱く説明を続ける。ごくり、と俺の喉が鳴った。いよいよ話は佳境だ。

「ここから上手く『当たりくじ』を混ぜなくちゃいけない。『あと何枚残っているのかな? お兄さんが数えてみよう』とか小芝居をしながら『当たりくじ』を入れるんだ。そして、実際に数えた枚数、まあ仮に十枚だとしたら『十枚の中に必ず当たりが入っているぞ! 誰かやるヤツいないのか?』とか言って煽るのね。子どもによっては『俺三回やる!』とか複数回希望する子も出てくるでしょう。それで十回分やる子どもが集まったら一気に引かせるのね。これで完売ってわけよ。あと、時々、他のお店の『くじ紙』や『当たり』を持ってくる子がいるから、『当たりはその場で開いたものでない限り無効』とか決めておいたり、『くじ紙』の裏に印しを付けておいたりすると間違いないかもね」

「はあああ」

 長い演説が終わって少し満足げなあおいさんと、感銘しきりの俺。

 いや、本当に知らないことばかりだった。一口に駄菓子屋と言ってもいろいろあるんだなあ。奥が深い。

 と、その時、店先で人の気配がしたことに気が付いた。お客かな。

 ついついあおいさんの話にのめり込んでしまって、子どもの来店に気付かなかった。

 到着した駄菓子を急いで並べて開店できる状態にしないと……と焦ったのだけど、店先には誰もいなかった。

 あおいさんも首を傾げている。

「誰か来たのかと思ったけどね。まだ開いていないと思って帰っちゃったのかな?」

 その時、俺は気付いた。

 気付いてしまった。

 残り三個だったので補充しようと思っていた『ラーメンババア』が二個になっていることを。

 俺はあわてて表に飛び出した。

「なに? どうしたの?」

 あおいさんが不審気な表情で俺の事を見るが、それどころではなかった。

 表に飛び出ると視線の先で子どもが角を曲がったところだった。

 辛うじて印象的なポニーテールが見えたような気がしたがそれだけだ。

 まさか、昨日の女の子か……?

 でも、あおいさんを放っておいて追いかけるわけにも行かず、諦めて『すおう』に戻る。

 あおいさんには「知り合いの子どもが来たのかと思ったんです」とお茶を濁しておいた。

 それより俺にはこの山と積まれた駄菓子を早急に片づけなくてはならないという使命がある。もう、まもなく子どもが来襲してくる時間帯だからだ。

「んじゃ、私はまだ配達の途中だから、これで行くね。分からないことがあったら気軽に電話してね」

「あ、すみません。ありがとうございます」

 挨拶もそこそこに品物の片付けを急ぐ。学校帰りの子どもたちが押し寄せたのは、その数分後だった。

 間一髪だった。

 もう少し遅かったら、店内がてんやわんやの状態になるところだった。

 今度から余裕を持って注文を出して、品物を並べるのは、閉店後にやることにしよう。

 それにしても、あの万引きの疑いがある女の子。この次来た時は、目を離さないで現行犯で捕まえてやる。そして社会の厳しさを教えてやるんだ。

 俺はそう決意を誓った。

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