第二章 くじ引きのやり方
第1話 駄菓子の仕入れ方
駄菓子屋生活を始めてから一週間が過ぎた。
来店する客が増えるに従って、子どもたちの相談も勢いが増してきた。
どうやら良太が「新しく来た耕平兄ちゃんもばあちゃんに負けず劣らず凄いぜ」とかなんとか言いふらしまくっているらしい。でも、俺はそれらをなんとかこなしていた。
子どもたちの相談事のほとんどが『失せ物』相談だ。
子どもたちと一緒に行動することは出来ないから百パーセントの回答は出来ないけど、その大部分に対しては満足の行く結果を出している。
この質問をする子どもには「そのなくした物を最後に見たのはどこだ?」と訊いている。そこから記憶を辿っていけば、失せ物はだいたい見つかるもんだ。
次に多いのは女の子からの『恋愛』相談。……残念ながらこれにはご期待に応えることが出来ない。
だいたい自分の恋愛経験自体が少ないのにアドバイスなんて出来るもんか。
この相談をする子たちには「頑張れ」としか言っていない。今のところ、みんな上手く行っているようだ。世の中、意外と適当だ。ふう。
そんなわけでおかげさまで、来店する子どもは増えて万々歳だ。だけど……
俺は開店直後の店内をしげしげと見回した。
「……品物が減ってきたな」
そりゃそうだ。売っているだけで、補充をしなければ、いつか品物はなくなってしまう。
でもどこから品物を仕入れたら良いんだろう。
ふと、『すおう』を始める前に言われた、ばあちゃんの言葉を思い出す。
『困った時はこの袋を開けてみればええ』
ばあちゃんはそう言って三つの巾着袋を渡してくれたんだ。
……って、ばあちゃん、諸葛孔明かよ。
座敷の真ん中に、でんと置かれているコタツの上に三つの巾着は無造作に投げ出されてある。
その内の一つを取り上げて開けた。するとそこには一枚の紙切れが入っている。
『駄菓子の仕入れは山平(やまひら)商店に連絡すること』
やたら達筆でそんなことがでかでかと書いてある。続けてその山平商店のものと思しき連絡先が書いてあった。
……つーか、これくらいのことは口頭で教えてくれよ、ばあちゃん。
でもまあともかく、これで駄菓子を補充するめどは立ったということだ。後で何を注文するか、書き出しておかなくちゃな。
そんなことを思っていた時、店先に人の気配を感じた。
あわてて振り向くと、そこに居たのは利発そうな小学校低学年くらいの女の子。長い髪の毛を片側で結って変則的なポニーテールにしている。
「いらっしゃい」
他に客もいないこともあり、珍しく満面の笑顔を作って、そう歓迎の意を表すると、その女の子はびくっと身体を震わせて、身を翻し足早にどこかに行ってしまった。
……どうしたんだろう。そんなに俺の笑顔が怖かったんだろうか。
わずかにショックを受けて、女の子が走り去った先を見ようと店先に出たとき、とあることに気が付いた。
『キャベツ太郎』が一つなくなっている……。
勘違いじゃない。
俺はしっかり覚えている。さっき売り物が少なくなって、がらがらの店内を見渡していた時に、『キャベツ太郎』が最後の一個だけになっていたから、それは印象深く覚えている。
「……まさか、万引き?」
あんな小さい子が? 嘘だろ?
俺は女の子が走り去った曲がり角の方に視線をやりながら、呆然と『すおう』の店先に立ちすくむしかなかった。
翌日、高校にて。二限目の休み時間に、俺は高校の事務室の公衆電話の前にいた。
校内でうかつに携帯電話を使うと没収の憂き目に遭うので、やむなく公衆電話だ。
あらかじめ山平商店の電話番号を控えておいたメモを取り出し、それに沿ってダイヤルをする。
初めての場所に電話するのはいつも緊張する。
数回コールが繰り返される間、俺は何度受話器を置こうかと思ったか分からない。だけど、その前に、電話回線は先方と繋がった。
「はい、山平商店です」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、若い女性の透き通った声。
意表を突かれた。
もっとダミ声のおっちゃんが出るものだと思っていたので肩すかしを食らわされた気分だ。
「あ、『駄菓子すおう』ですが」
「ああ、ハルエばあちゃんの所の! お孫さんが代わりに始めたんだってね? 調子はどう?」
「……」
初めて会話するはずなのに、のっけからの凄いテンションに圧倒される。
でもどうして俺が『すおう』をやっているって知っているんだ。これも子どもたちの口コミか?
そのことを訊いてみると意外にも「ハルエばあちゃんから、電話があったよ。不慣れなウチの孫が迷惑を掛けるかも知れないから、よろしくって」との返答。
なんと、ばあちゃん、病院から根回ししてくれていたんだ。
ありがたい婆心だ。
「で、注文は何かな? 今日配達に行ってあげるよ。何時頃が良い?」
電話先の女性のおかげで話はとんとん拍子に進んでいく。
俺はメモに控えておいた商品を読み上げ、そして配達時間は午後五時頃が良いと伝えた。
受話器を置いて俺は「ふう」と大きくため息を吐く。
大きな仕事を一つこなした感があった。
これで商売をする上で大事なことの『販売』と『仕入れ』の二つを経験したことになる。とりあえず、商売の大きな流れを体得出来た。このままやって行けそうな気分になる。
そんなたいそうな気分に浸っていると、休み時間終了のチャイムが響いてきた。
なんかちょっと楽しくなってきた。
俺の心はすでに放課後に跳んでいたんだ。
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