第5話 みーちゃんの悩みごと

 昼時の陽光が窓から斜に差し込んでくる。

 暦の上では十月だが、まだまだ窓ガラスは開けておかないと、暑くて汗を掻くくらいだ。

 教室内ではクラスメイトたちが弁当を広げたり、学食や購買へ行ったりとおのおのの活動を繰り広げている今は、昼休み。さまざまな総菜の香りが教室のあちらこちらから漂ってくる。

 俺は机の上に行儀悪く座ったまま、購買で買ったパンをかじっていた。そして隣の席で漫画雑誌を読みながら弁当をかっ食らっている級友の姿をぼけっと見つめる。

 級友の名前は小泉(こいずみ)欽也(きんや)。クラスメイトからは『コキン』とか『コキンちゃん』呼ばれており、勉強嫌いで、エロい話が好きで、遊ぶことには目がない、つまりごくごく平均的な高校生男子だ。

 ヤツは今、ルーチンワークのように弁当から飯を規則正しく口に運んでおり、そしてその目は漫画雑誌のグラビアに釘付けになっている。

 そのグラビアで特集されているのは『Weight less』。

 六人の超絶可愛い女の子たちが色とりどりの衣装を着て、にこやかに笑っている。

 遠目で見ているせいで、六人の集合写真ではどれがみーちゃんなのか分からない。

 ヤツ――コキンは弁当を食いながら器用にページを捲(めく)っていく。

 次のページからは、個々のメンバーの紹介になっていた。一人一人に一ページが割り当てられている。

 最初のページは恐らく『Weight less』のリーダー。この子はロングヘアで真面目そう。恐らく眼鏡が良く似合う子だろう。クラスの委員長にぴったりのような気がする。

 そして次のページは、確か一番人気と聞いたことがあるスタイル抜群の女の子。ボンキュッボンで、遠目に見ていても圧倒される。

 そして三ページ目は、我らが登美丘遙香だ。黒髪セミロングは昨日見たとおりのヘアスタイルだ。ジャンプしている瞬間を切り取ったその写真は、活動的なみーちゃんを良く表現していると思う。ジャンプした拍子にほんの少しへそが見えて、ちょっとドキっとしたのは内緒だ。

 え? 誰に?

「ん? どうしたよ、耕平」

 俺の視線に気が付いたのか、コキンは口の中に飯を入れたまま訊いてきた。そしてその視線の先にある雑誌に気が付き、にかあっと嫌らしい笑みを浮かべる。

「ははあ。ひょっとするとお前も『ウエイター』か」

「は?」

 その全く聞き覚えのない言葉に呆然としていると、コキンは自慢げに説明を始める。

「『ウエイター』っていうのは『Weight less』のファンのことを言うんだよ。かく言う俺も『ウエイター』だ。見ろ!」

 コキンはそう言って定期入れから一枚のカードを取りだして見せた。それは『Weight less』ファンクラブ会員証。会員番号が六桁だ。その桁数に『Weight less』の人気が忍ばされる。俺はそれについては否定も肯定もせず、コキンが今まさに開いている雑誌のページを指差した。

「登美丘遙香って、どうなんだ? 人気あるのか? 『Weight less』の中ではどうなんだ?」

「バカか、お前!」

 即答だった。

「はるごんは『Weight less』の中でも、全アイドルの中でもトップクラスの人気だよ! そりゃもちろん若宮(わかみや)あさみには敵わないかもしれないけど」

 と言って前のページのエロいボディの女の子を指し示す。

「何にでも元気で、どんなことでも出来る、はるごんは大人気だ。歌やダンスはもちろん、最近はドラマにも出ているし、バラエティ番組に出ても面白いし。『Weight less』の中で一番汎用性があってユーティリティープレイヤーなのは、はるごんなんだ」

 みーちゃん、どうやら頑張っているみたいだな。というかそれなりの地位を築きつつあるようだ。

 他人がこれだけ褒めてくれると幼なじみの俺としてはとても誇らしいし、嬉しい。ただ、思いっきり手の届かないところへ行ってしまおうとしているみたいで、少し寂しい思いはある。

「もちろん俺のオシメンも、はるごんだぜ」

 そう言ってコキンは、親指を立てた。

「悪い、コキン。お前がみーちゃ、いや登美丘遙香を好きだ、というのはちょっと気持ち悪い。なんか汚された気がする」

「ええっ!」

 ショックのあまり、箸を取り落としてしまうコキン。だけど俺はそんなコキンなど放っておいて、雑誌の中のみーちゃんを凝視していた。昨日は「また来る!」って言っていたけど……

 これだけ騒がれていて大人気だったら、忙しくてきっともう来ないだろう。俺はそんな予感がしていた。


「また来たよー!」

「マジかよっ!」

 『すおう』閉店間際の夜七時頃、良太のマウンテンバイクの後ろに立ち乗りしてやってきたのは、みーちゃんだった。

 今日は制服ではなく、私服姿。そして変装しているつもりなのか、眼鏡を掛けている。意外に眼鏡も似合う。驚いた。

 しかし二日連続で来るとは驚きだ。俺の『予感』は速攻外れた。改めてみーちゃんの行動力のもの凄さに感心する。

「私服ってことは、今日は仕事帰りか?」

「そう! さすが、耕平。ごきげん鋭いね」

 みーちゃんは軽快にマウンテンバイクから飛び降りると、にっこり笑ってVサインを決める。そんなみーちゃんを見て良太はため息を吐いた。

「姉ちゃん、いちいち『すおう』に来るのにボクを誘わないでくれよ。一人で来ればいいじゃん。そりゃ、いきなり耕平兄ちゃんと二人っきりってのは恥ずかしいのかもしれないけどさ」

「な、なに言ってんの、良太! 耕平なんかにそんなこと思うわけないでしょ!」

「そうだよ、良太。こいつがそんなこと思うわけない」

 弟にからかわれてパニくっているみーちゃんにそうフォローを出してやると、なぜだか、みーちゃんは急に大人しくなり、良太はぽかんと口を開けて珍しい物でもみるように俺を見つめている。

「……つか、耕平兄ちゃん、普段鋭いくせに、時々なんか鈍いね」

「?」

 言っている意味が分からない。頭の中をハテナマークでいっぱいにして、良太とみーちゃんを代わる代わる見ていると、良太は大きくため息を吐いて頭を振った。

「まあ、いいや。そうだ、姉ちゃん。何か相談事があるんだろ、訊いちゃいなよ」

「え? いいよ。きっと私の考え違いだよ。たいしたことないよ」

「何が、たいしたことないだよ。さっきまでボクに散々『あ、そうだ。耕平に相談しよう』って言っていたじゃん」

「良太ぁ!」

 顔を真っ赤にしているみーちゃん。

 うーん、えーと……。

 姉弟だけに通じる会話をされても話に入っていけない。こういう時は俺はどういう態度を取ったらよいものなのか。

「……まあ、とにかく話してみろよ。話すことで何か気付くことがあるかも知れないし」

「あ、そう! そうだよね! 違いないよね!」

 話す事に対して、躊躇していたくせに、びっくりするくらい、ころっと態度を変えるみーちゃん。まあ、この辺も昔から変わらない。俺としては、ほっとするポイントだ。

「やれやれ」

 良太はうんざりしたように肩を竦めた。

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