駄菓子屋はじめました
やす(山下泰昌)
プロローグ
駄菓子屋まかされました
「耕平(こうへい)、ばあちゃんの代わりにしばらく駄菓子屋をやってくんねっか?」
「ええ?」
病院のベットで横たわるばあちゃんに「大丈夫か?」と問いかけようとしたまさにその時、逆にそう問われて、俺は戸惑った。
ばあちゃんはベットの中で横向きになって寝ている。腰骨を骨折したというので、仰向けにも、うつぶせにも寝ることが出来ないのだろう。
布団からは、三十代といっていいほどの若々しい女性の顔が俺を見つめている。
もしかすると二十代と言っても通用するかも知れない。
このベットの中の女性が「俺のばあちゃんだ」とか「七十七歳」だと言っても他人は絶対に信用しないと思う。
実際、病院の看護士さんたちは、問診する時に何度も何度も、ばあちゃんの年齢を聞き返したそうだ。最近、美魔女とかいうものが世間を騒がしているようだけど、あんなもの俺に言わせればまだまだ甘い。ひょっとすると人魚の肉でも食べたことがあるんじゃないか、なんて疑いも最近は持っている。
でも俺にとっては、生まれたときからその顔で『ばあちゃん』なわけなので、何の違和感があるわけじゃない。
「オラァ全治三ヶ月だってよ。その間だけでも店をやってくんねっか?」
その可愛らしい顔で、どぎつい船橋弁を話されると人によっては相当なギャップがあるらしいけど、さっきも言った通り、俺にとってはこれが生まれたときからの当たり前の光景なので、なんとも思わない。
「ばあちゃん、俺は高校生なんだよ。学校休むわけにもいかないし、無理だよ」
「もちろん、放課後だけの営業でええ。それに耕平が都合悪いときは休んで構わね。無理のない範囲でやってくれればええ」
「そうは言ってもさ……」
「家っちゅうのはよ、人が住んでいないとガタが出てくんのよ。それによ、オラァ毎日楽しみに来てくれるガキんこたちに悪くてよ。耕平なら、ガキんこたちの相手をちゃんとしてくれるって、ばあちゃん分かっている。まあ、困ったことがあっても、昔ばあちゃんが教えたアレをすれば大丈夫だっぺ。『スイッチ』を入れるコツを覚えてるべ? なら、大丈夫だべ」
俺は、ばあちゃん子だった。
小さい頃は両親共働きだったので、ばあちゃんの家に預けられるのはしばしばだった。
そこでばあちゃんは俺の面倒を見ながら、いろいろなことを教えてくれたんだ。折り紙の鶴の折り方。ベーゴマの回し方。それに、さっきの『スイッチ』の入れ方もそうだ。
やる気を出したいとき、本気を出すとき、自分の中でスイッチを入れるんだ。それにはコツがある。スイッチが入る条件を自分で作ってやればええ。
……ともかく、ばあちゃんはそんな風に、遊び方も生きるコツも俺に教えてくれた。正直、俺は、ばあちゃんには感謝しかない。
でも――
「ばあちゃんが退院するまでだけでええ。店をやってくれねっか?」
「うーん」
返事をすることには躊躇した。
ばあちゃんなりに相当譲歩してくれているのは分かる。俺は帰宅部だし、バイトもやっていないし、塾にも行っていないし、特に熱中している趣味もない。
ばあちゃんの申し出を断るいわれもないのだけど、いきなり『商売』を任されるというこの状況に、少し戸惑ってしまっている。
つまりばあちゃんが戻ってくるまでの三ヶ月間、俺が『店長』であり『責任者』なのだ。これは一介の高校生が背負うにはちょっとヘビー過ぎる気がする。
「うんにゃ。耕平が戸惑うのも分からなくもね。そう思ってさっき朋子(ともこ)さんにも相談していろいろ考えておいた」
朋子、というのは俺のお袋だ。知らないところで結構話が進んでいることに舌を巻く。
「まず、耕平が店を手伝ってくれる場合、ウチに住み込みしてもええ、ということの許可を貰った」
「え?」
俺が、ばあちゃんの家に住み込み?
ということはそれって、あこがれの一人暮らし!
親に文句言われることなく、ゲームもパソコンも出来る。エッチな動画も見ることが出来る。ちょっとわくわくしてきた。
「もう一つ。駄菓子屋で売り上げた金の利益は、耕平のこづかいにしたらええ」
「おお!」
頑張って、駄菓子を売れば売っただけ、俺のこづかいが増えるってことだ。これって断る理由はないんじゃないか?
いや、全くない。
「オラァの願いは、とにかく店を開けておいて欲しいことと、ガキんこたちの相談にのって欲しいってことだけだべ。金儲けのことは考えてねぇ。どうだ、耕平。やるか?」
頭の中で、店を任されることの重圧と、一人暮らしをすることの出来る気楽さとが天秤にかけられた。そしてそれは割とあっさりととある一方に傾くことになった。
「……うん。やってみるよ」
こうして、ばあちゃんに上手く丸め込まれた感のある俺は、駄菓子屋を任されることになったんだ。
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