第4話 幼なじみはアイドル!?

「やっぱり耕平だ! 耕平が駄菓子屋やっている!」

「なんだ、姉ちゃん、知り合いかよ」

 男の子は怪訝な表情で女子高生を振り返る。

 ……だけど、この子は一体誰だ? 

 その子は俺の事を「耕平!」と親しげに呼んだけど、こんな可愛い子が知り合いにいた覚えはない。俺の交流範囲は自慢じゃないが驚くほど狭いのだ。自分の家族と自分の所属しているクラスメイト。俺の日々の生活はそれだけで完結している。そんな俺がこんな美少女と知り合いであるわけがない。

 そして男の子はこの女子高生のことを「姉ちゃん」と呼んだ。そもそもこの男の子自体、四日前に知り合ったばかりだ。よって、ここから導き出される解は――


 ――この女子高生は俺の知り合いではない、ということだ。


 だけどそのきらきらした愛嬌のある瞳と突き抜けて可愛いその顔はどこかで見たような気がする。

 ……おかしい。俺の人生で、こんな可愛い子と知り合う機会なんてないはずなのだが……と、そこで俺の視線は『すおう』の壁に掛かっているアイドルカードに向けられた。

 そこに掛けられているのは現在人気絶頂のアイドルグループ『Weight less』のメインメンバー登美丘(とみおか)遙香(はるか)の写真が表紙となっている。登美丘遙香はきらきらした大きな目が特徴的な子で……

 ……って、ちょっと待てよ、本当かよ、おい。

「えっ? あれ? まさかっ、とみおかはるか……さん?」

 不躾にもその子を思わず指を差してしまった。

 そう、そこにいたのはアイドルカードの表紙と寸分違わぬ目と鼻と口と輪郭を持った女の子だった。でも、どうして登美丘遙香が、ここに? そしてどうして俺を知っている? もしかするとそっくりさん?

 俺に指差された登美丘遙香は、その瞬間、その笑顔を曇らせた。そして残念そうに肩を竦める。

「そっか。やっぱり覚えていないんだ。そうだよね、小学校の時以来会っていないんだもんね」

 え? なになに。小学校の時以来なんだって?

 目を白黒させて俺が戸惑いまくっていると、弟である男の子がやれやれとばかりに助け船を出す。

「姉ちゃんは、船橋小学校出身なんだよ。五年前に卒業したんだ」

 五年前に船橋小学校を卒業? ってことは俺と同じだ。ということは俺はアイドルと同級生ってことか。これはちょっと自慢だぞ。明日、学校で自慢してやる。

 ……いや、ちょっと待て。同級生であるのに、全く知らない、なんてことはあるのか? ひょっとして、本当に知り合いなのか? まさか、いや、そんな、もしかして――

 俺の頭の中で小学校の同級生女子の顔が物凄いスピードで、現れては消えていく。そして目の前の登美丘遙香と一致する部分を、次々に照合して行く。そして一人の少女のとある一部が合致した。

 そう、その何事にも興味を持ち、何事にも良いところを見いだしてしまうような、きらきらした瞳の持ち主が。

「……まさか、みーちゃん?」

 とたん、登美丘遙香の表情に満面の笑みが蘇った。

「やっと思い出してくれたんだあ。ごきげん、うれしいっ!」

 目の前のトップアイドル、登美丘遙香……いや、俺の幼なじみである竹中(たけなか)美奈子(みなこ)はわずかに目を潤ませながら、満足げにこくりと頷いた。

 物凄くハードルが高かった間違い探しを何とか切り抜けた。しかし、この目の前のスーパー美少女が本当に俺の幼なじみの『みーちゃん』なのか?

 みーちゃんとは小学校四年から六年まで同じクラスだった。少しふっくらしていてぽっちゃりしていて、それはそれで可愛らしかったんだけど、荒っぽい男子の遊びにも普通に付き合ってくれる、みーちゃんは最高の友達だった。

 猪突猛進で後先考えないみーちゃんとの毎日はそれこそ苦労と驚きの連続だったけど、楽しくて、愉快で全く飽きさせてくれなかった。黄金色で、虹色に彩られた日々。それこそ俺の古き良き想い出だ。

 小学校を卒業すると、みーちゃんは女子校に進学した。俺は地元の公立中学に進学したので、それ以来、すっかり疎遠になってしまったのだ。

「しかし、すっかり変わっちゃったなあ。見違えたぜ」

「ふふん。まるでサナギマンがイナズマンになったようだとでもいいたいの?」

「……いや、その表現はどうかと思う。っていうか、お前なんでそんな古い特撮知っているんだよ」

 誇らしげに、妙に不安定なポーズを取るみーちゃん。全言撤回。超絶可愛いアイドルになってもみーちゃんはみーちゃんだ。中身はほとんど変わっていない。そんなみーちゃんを見ながら弟くんは呆れたように口を開いた。

「ボクは心の中で姉ちゃんのこと『最もアイドルらしくないアイドル』って呼んでいるよ。正直、クラスで姉ちゃんのこと自慢出来ねえもん」

「良太(りようた)、うるさい。でも耕平も大きくなったね。その……ちょっと……格好良くなった」

「よせよ。そんなわけ百パーない。なぜなら俺は昔から格好良いからだ」

 その瞬間、みーちゃんは懐かしそうな表情で俺の事を見返した。そう。きっと今、みーちゃんは小学校の時のことを思い出しているに違いない。俺たちはガキの頃、こんな下らないやりとりばかりしていたのだから。そんな俺たちのやりとりをがっくり肩を落としながら聞いている弟くん――良太を押しのけるように、みーちゃんは『すおう』の中にずかずかと入ってきた。

「『すおう』は全然変わっていないねー。ここも小学校の時以来だなあ。ばあちゃん、怪我しちゃったんだって?」

「ああ。全治三ヶ月で入院している。でも心配ないよ。症状は日に日に良くなっているし、三ヶ月の入院生活の後半はほとんどリハビリらしいから。俺はその間の代役だよ。三ヶ月間は、ばあちゃんの代わりに『すおう』をやるんだ」

「本当!」

 みーちゃんはそう言って、ただでさえきらきらしている瞳をさらに輝かせた。

「じゃあ、三ヶ月間は耕平ずうっとここにいるんだね。だったら、私、毎日来る! 入り浸る! 常連さんになる!」

 鼻息荒く、そう息巻くみーちゃんだったけど、直後、やたら冷静な良太からツッコミが入る。

「姉ちゃん、学校もあるし、仕事もあんだろうが。いつ来るんだよ」

「う、ううー」

 みーちゃんはがっくりと肩を落とした。そして頬を可愛らしく膨らませて言う。

「それでも暇を見つけて来るもん」

 竹中姉弟とそんな雑談を交わしていると、次第に『すおう』の店先に停車する自転車の数が増えてきた。学校帰りの子どもたちが押し寄せてきたようだ。

 子どもたちは、みーちゃんの姿を確認しても、何の反応も示さない。どうやらこの辺の子どもにとっては、いかに登美丘遙香といえども、『良太の姉ちゃん』という見方しかされていないらしい。トップアイドルにも拘わらず、子どもたちにどんどん押し出されるみーちゃん。そんな状況にみーちゃんは苦笑した。

「じゃ、耕平、また遊びに来るね。ほら、良太帰るよっ!」

「え? ボク、まだ駄菓子買ってないんだけど」

 そんな不平をぶちまける良太を引きずってマウンテンバイクの運転席に放り込むみーちゃん。どうやら忙しくなってきた俺に気をつかってくれたらしい。この辺の気配りは昔はなかったところだ。やっぱり変わっていないようで変わっているんだな。そんなことを、子どもたちと駄菓子のやりとりをしながら思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る