第3話 超絶可愛い女の子
今日はラッキーな日だった。六限目の担任教師の事情により、早めに高校から帰れることになったんだ。
駄菓子屋『すおう』生活もすでに四日目。
初日は、売り上げ三百十円という激烈に悲惨な状況だったけど、二日目からそれは持ち直した。さして宣伝もしていないのに、次から次へと子どもたちが来店して来たのだ。
途中、不思議に思って来店した子どもの何人かに「なんで『すおう』が開いているのを知っているのか」を訊いたところ、「学校で友達に訊いた」とか「塾で友達に訊いた」との返事が返ってきた。子どもたちの口コミ力、恐るべしだ。
いつもより少し早めに『すおう』に到着した俺は、開店前の掃除をあらかた済ませると、開店初日から気になっていた陳列棚の最上段の整理なんてものをしてみようと思った。
棚の最上段は、身長百七十五センチの俺の背でも届かない高さにある。
確実に、ばあちゃんの背では届かない高さだ。だから完璧にデッドスペースになっている。下から見るとダンボール箱が何箱か載っているのが分かる。さっき、物置から脚立を取って来ておいた。脚立は、底のカバーが少し剥がれているのか、試しに乗ってみるとがたがた揺れて少し怖い。俺なら絶妙のバランス感覚で乗りこなすことは出来そうだけど……って、ひょっとして、ばあちゃん。まさか、この脚立に乗って怪我したんじゃないだろうな。
脚立に乗って棚の最上段を覗いてみるとホコリがうっすらと被ったダンボールが三箱載っていることが分かる。ホコリが飛び散らないようにゆっくりとそれらを床の上に降ろす。
「さてと」
それらを見下ろして、そう独りごちると、まず一箱目に手を掛ける。
ぼわっとホコリを巻き上げて開いたその中には、小さな小箱がいくつか入っていた。その小箱の表紙には『ポンポン船』と書かれている。中身を確認してみると、ブリキの船が一艘入っており、小さなロウソクが付いていた。そのロウソクに火を付けると、それを動力にして進むらしい。
……ああ、あれか。ヒロインが三段階変化を遂げるアニメ映画でこんなのが出てきたな。実に昭和臭あふれるおもちゃだ。良く見ると『八百円』という値札が付いてある。古くさい上に高い。棚の最上段に仕舞い込まれるのも分かる。これは再封印だ。
次の箱に取りかかる。フタを開けてみると、中には中途半端に売れ残ったアイドルのカードが入っていた。そのアイドルが誰なのかを確認して、俺は色めき立った。
「おお! 『ワクワク7(セブン)』じゃん!」
そこに有ったのは、俺が小学校の時に大ファンだった七人組のアイドルグループ『ワクワク7』のカードだ。当時、相当にのめり込んだのを覚えている。ひょっとしたら、自宅の机の引き出しの奥に、これと同じカードが仕舞い込まれているかも知れない。ただ、このアイドルカードがこの箱に仕舞い込まれている理由は容易に理解出来る。
時代遅れなのだ。この『ワクワク7』もメンバーの大半は結婚して現役を引退しており、引退していない子も不倫騒動を起こしたり、薬物事件を起こしたりして、もう往年の輝きはない。かってのファンとしては一抹の寂しさを感じないでも無かったが、この商品が現在の駄菓子屋の前線に並べられることはない。そんな大昔のアイドルのカードを今の子どもたちが買うわけがないからだ。
逆に今、『すおう』の最前線に並べられているアイドルカードは『Weight less(ウエイトレス)』という人気絶頂の六人組アイドルグループだ。と言ってもそれは他人からの知識の受け売りで、俺自身はそのグループを良く知らない。まあ人気の三人分くらいの顔と名前を知っているくらいだ。ともかくもその『Weight less』くらいに現在テレビに出まくっているアイドルでないと、こういうカードは売れないのである。つまり、この『ワクワク7』のカードも再封印ということになる。
さて最後の箱だ。フタを開けるとそこに入っていたのは薄っぺらいダンボールの板のようなものだ。一見しただけでは、何なのか分からない。中から取りだして手に取ってみると、どうやらそれは眼鏡の形をしていることが分かった。書かれている文字を読むと『太陽観察眼鏡』とある。
ああ、と思った。そうか2012年の金環日食の時に当て込んで仕入れたんだな。でも、それが過ぎてしまったので売れ残ってしまった、ということなんだろう。ってことはこれを売り切るには次の日食まで待たなくてはいけないってことか。次の日食はいつなんだろう。そう思って、俺はスマホでぽちぽちと検索してみた。すると――
「2019年一月六日……」
さ来年かあ。思わず未来に想いを馳せる。二年後というと俺は十九歳。もし順当に進学していれば大学生活を謳歌しているころだろう……。謳歌しているのかな? 正直、そんな先の事なんて実感ないし全く想像できない。ともかくもそんな先までこの商品は売りようがない、ということなのだ。
結局、この三つの箱は再び棚の最上段に仕舞い込まれることになった。届かない場所にあったのは意味があったことだった。しかしつくづく、仕入れって大変だな、と思う。これらのダンボールに仕舞い込まれた商品は、いわゆる『在庫』である。この商品もお金を払って仕入れたわけだ。だけどこれらはお金に替わることもなく、棚の最上段に眠り続けている。
『不良在庫』というヤツだ。これを仕入れた金額分、『すおう』は損をし続けているのである。ベテランのばあちゃんですら、こうなのだ。俺は仕入れる品物に対して、もっと注意しなくてはならないのだろう。
と、そう決意も新たに、『すおう』経営について考えている時、見覚えのあるマウンテンバイクが店先に停まったことに気が付いた。そして、それにまたがっていた男の子は、曲芸師のように軽やかにそこから飛び降りると、息せき切って『すおう』に飛び込んでくる。
「兄ちゃん、兄ちゃん! 言った通りだったよ! 誰がプレゼントくれたか分かったよ!」
四日前に顔を出した『すおう』来店第一号の男の子だ。男の子が言うのはこの前のアドバイスに対する『結果』のことだろう。俺はそれを訊いて真底ほっとした。一応、アドバイスを送ったはいいけど、予想以外の答えになる可能性もわずかながらにあったからだ。だけど、思い通りに行ったようだ。
『やまがた』――
俺はあの時、男の子に渡したメモに、そうひらがなで書いて渡したんだ。そしてそれを五人の女の子に『漢字』で書くようにと指示を出した。普通の小学生五年生なら『やまがた』と言えば『山形』と思い浮かべるはずだ。社会の時間で日本の地理を教えて貰っているから、それは間違いがないと思う。だけど、身近に『山県』という名前を知っている小学生なら、その限りではない。『山県書店』でプレゼントを買った女の子、ましてプレゼントを渡した相手から「『やまがた』って漢字で書いてくれる?」と訊かれたのなら、十中八九『山県』と書くはずだ。余程の戦国時代ヲタか幕末維新ヲタであるのなら、その限りではないけど、まあ、そんな小学生はあまりいないと思う。まあ、ともかくそれは図に当たったらしい。俺は、ばあちゃんの信用を一つ落とさずに済んだことに、ほっとした。
「凄えな! ばあちゃんも凄えけど、兄ちゃんも凄えや!」
男の子は興奮冷めやらぬ表情で、駄菓子にも目もくれず騒いでいる。そして、そんな男の子の後ろに誰かがいることに気が付いた。
その誰かは、驚いたように目をまん丸にして、男の子の背後からこちらを凝視している。
女子高生だった。この辺の男子高生なら誰でも知っている有名お嬢様女子校の制服を身に纏っていたからそれはすぐに分かった。やがて、その女子高生は、次第に目をうるうると潤ませたかと思うと、いきなり「耕平?」と問いかけてきた。
「え?」
誰? 俺の知り合い?
その女子高生の顔をまじまじと観察した。そして驚く。
――超絶可愛い。
下手なアイドルなんか裸足で逃げ出すほどの可愛さだ。小顔で顔立ちは整っていて、きらきらした大きな目が魅力的だ。その瞳で直視されると冷静ではいられなくなるくらい胸が高鳴る。可愛すぎて思わず視線を逸らしたほどだ。
……うるさい。自分でヘタれだってことくらいは自覚している。
でも、正直、思い出せない。
こんな可愛い女の子が知り合いのわけがない。
俺は喉元まで出掛かった「キミは誰?」という言葉を必死に飲み込んでいた。
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