第6話 良太の感慨

 言い過ぎた、か……。

 少し反省する。

 頭では、最善の選択をしたと冷静な判断を下しているのだけど、心が激しく後悔している。

 ……もっと優しい言い方は出来なかったのだろうか、と。

 それに薫からはくじ引きの代金は貰うつもりはなかった。

 くじ紙を捲っただけで、商品である『スーパーボール』を損失したわけではない。

 あおいさんからくじ紙だけ買い直すことだって出来る。

 そのことも伝えられなかった。

 薫が二千四百九十円の金額をことさらに重く考えていたらどうしよう。

 と、自問自答していると目の前に誰かが立っていることに気が付いた。

「兄ちゃん、お疲れ様」

 良太だった。良太は特徴のある愛嬌のある表情でにっこりと笑う。

 そして口を開いた。

「薫はさ。俺の友達の妹なんだけど、頭が良すぎるのか、生意気なんだよね。どんなことやらせても上手くてさ。ゲームやっても負けたところ見たことないよ」

 たぶん、そうなんだろうな。

 俺はこっくりと頷いて良太に『ぷくぷくたい』をぽんと手渡した。

 『ぷくぷくたい』は六十円のお菓子。

 十円から三十円が主体の『すおう』の駄菓子のラインアップから言うと、高価な部類に入る駄菓子だ。

「ありがとうな。おかげで助かった。これはそのお礼」

 いきなり『ぷくぷくたい』を差しだされて戸惑い気味の良太だったけど、すぐに満面の笑みを浮かべて「ありがとう」と受け取った。

 そして屈託の無い笑顔でこう言う。

「さすがだね、耕平兄ちゃん。あれっぽちのサインで作戦を理解してくれるなんてさ」

 そう、さっきのくじ引き、実は良太の手助けがあったのだ。

 薫がくじを開票している途中、良太が俺に「くじをやりたい」と申し出があった時、良太は五十円を俺に差しだした。


 五十円玉を一枚ではない。十円玉を五枚でだ。


 『スーパーボールくじ』は一回三十円だ。

 本来なら、十円を三枚出せば良いことだ。

 ばあちゃんが怪我をする前から『すおう』に来ていた良太がそれを知らないとは思えないし、そもそも薫がくじ引きを始める前に俺は薫に「三十円だ」と伝えている。

 良太は確かにそれを聞いていたはずだ。

 そのことを指摘しようと思って、良太の目を見つめ返したとき、俺はぴんと来たんだ。

 良太の目が何かを主張しているってことに。

 良太がわざわざ十円玉五枚を差しだしたのは理由があるってことに。

 俺は良太を信じて十円玉五枚を受け取り、二十円のお釣りと共にくじの紙を一枚こっそりと渡した。

 そう『一番』のくじ紙を。

 だからくじ箱に『一番』のくじ紙を混ぜ込んだのは俺ではなく、良太の仕業だったのだ。

 良太がなかなか上手かったのは自分で『一番』を出さなかったことだ。

 わざわざはずれくじを引いてくれた。

 それによって信憑性が増して、薫は騙されたのだ。

「ボクは、ばあちゃんが忙しい時、時々手伝っていたんだよ。だからくじ引きからあらかじめ『当たり』を抜いておくってことも知っていたし、薫がやろうとしていることも理解出来た。だからこれは助けなくちゃって思ったんだ」

「ありがとう。おかげで助かったよ。でも時々、ばあちゃんを手伝っていたのか。俺の先輩ってわけだな」

「まあね」

 良太は少し誇らしげに胸を反らす。

「それにしても、薫があんな風に何かに負けたところ初めて見たよ」

「……」

 胸がちくりと痛む。

 いくら罠に掛けられそうになったとはいえ、幼い女の子相手に大人げない事をやってしまったとも思っているんだ。

「もしかして、気にしている? 気にしなくても良いとボクは思うんだ。ボクは良かったと思っている」

 良太は見返した。

 言っている意味を捉えかねたからだ。

「このまま勝ち続けたら薫はもっと生意気になっちゃうと思うんだよね。だから良いんだよ」

 何の屈託もなく、良太はそう言った。

 小学生らしい論理だけど、そこにはそこはかとなく人生の真理が紛れ込んでいるように見えた。

 それに――おかげで俺も少し気が晴れた。

 うん、そうだな。頭を切り換えよう。

「ん、じゃあね。耕平兄ちゃん。今回のことは『貸し1』だからね」

 良太は『ぷくぷくたい』を行儀悪く口に頬張ったまま、店先に停めてあったマウンテンバイクに飛び乗った。

 そして振り向きもせずに颯爽とどこかへと去って行ってしまう。

 おいおい。なんだよ、『貸し1』って。

 俺は後で何を要求されるんだよ。

 全く薫といい、良太といい、今の子どもは頭が良いヤツばかりなのか? 

 これもゆとり教育が終了したことに関係があるのか? 

 良太が立ち去るとほぼ同時のタイミングで、子どもたちがわさっと押し寄せてきた。

 俺は再び駄菓子の販売とお悩み相談に忙殺されることになり、余計なことを考えている暇はなくなった。

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