第三章 パラノイアの本棚

第1話 外国からのお客様

 夜六時も過ぎて、辺りが薄暗くなってくると、次第に客足が衰えてくる。

 外でサッカーに興じていた子どもたちも、友達の家でゲームで遊んでいた子どもたちもそろそろ家に帰る時間だからだ。

 遅くなってから来店する子どもは、塾に通っていたりクラブ活動をしている子くらいだ。

 客も来ないし、閉店前に駄菓子の模様替えでもしてみようか、と俺はふと思いついた。

 昨日、山平商店のあおいさんが駄菓子の配達に来てくれた時に、一つアドバイスをしてくれたんだ。

「駄菓子の並べる時のコツはね、狭いスペースにぎゅうっと隙間無く並べるのが良いんだよ。そうすると迫力が出るんだ。これは圧縮陳列(あつしゆくちんれつ)という技法の一つでね。ほら駅の売店とかドンキホーテなんかがその良い例だよ」

 なるほど。

 確かにまばらに隙間を作って並べると、迫力はないような気がする。

 万引きの原因になりそうな店先の棚は一時撤去して、店内に隙間無く並べてみようと考えた。

 まず、店の最奥部である座敷への入り口にある棚から整理するか。

 そう思って、作業を開始し始めたまさにその時、背後でがさごそと何かが動く音がした。

 お客かな? と思った。

 ちょうど塾帰りや部活帰りの子どもたちが来店する時間帯だったので、彼らかと思ったんだ。

 だけど、振り向いた先にあったのは、そんな生やさしいものではなかった。

 そこには何者かが背中を見せるようにして床の上にうずくまっていたのだ。

 そして、何かをかりかりとむさぼり食っている。

 何を食べているかは容易に推理できた。

 その足下にうまい棒の包装紙の残骸が散らばっていたからだ。

 俺の脳裏には一瞬、妖怪大図鑑なんかでイラスト付きで紹介されている『餓鬼(がき)』の姿がオーバーラップした。

 あばら骨が浮き出て、腹だけぷっくり膨らんでいる、あのイラスト。

 だけど、餓鬼よろしく駄菓子をむさぼり食っているのは、そんなイラストとは似ても似つかない可愛らしい少年だった。

 年齢的には中学生くらいだろうか。

 ジーパンに清潔そうな真っ白いワイシャツを身に纏い、そしてその上からだぼだぼのジャンバーを羽織っている。

 シャツから覗く腕や首筋から察するに、平均的な中学生より少し華奢な感じがする。

 肌は少し浅黒く、顔はわずかに彫りの深さを感じさせた。

 日本人ではない、と直感させるが、具体的にどこの国の人間かは分からない。

 南方系であることは間違いないと思われる。

 顔立ちは中性的で柔和だ。

 髪の毛もさらさらして少し長目なので、女性らしい服を着せたら少女と取られても問題ないような怪しい魅力を備えていた。

 そしてこの段階で、その子の足下に小さめのスーツケースが転がっていることにようやく気が付いた。

 間違いない。

 この子は外国人旅行者だ。

 持っていた『もろこし太郎』を綺麗に食い終わると、手に付いてた油をぺろりと嘗めて、その子は屈託のない笑みを浮かべた。

 そのあまりに純粋な笑みに俺はついつい咎めるチャンスをまたもや逃してしまう。

 するとその子は不意に、目をきらきらとさせて視線を俺の背後に移した。

 俺の背中越しに何かを見つけたようだ。

 と、次の瞬間、まるでどこぞのバスケマンガの登場人物のように目だけでフェイントを掛けると、俺の脇を華麗にすり抜けて行く。なにぃっ!

「ちょ、ちょっと待て!」

 だけど、その子はそんな言葉など耳に入らないようで、勝手に座敷に上がり込む。

 靴を脱いだだけでも良しとするしかない。

「オー! コ・タ・ツ、ですネ!」

 その子は目の前の伝統的日本家具を見て感動の声を上げた。

 『すおう』の座敷の真ん中で一年中、でんと存在感を主張しているコタツ。

 ここ数日涼しい日が続いたので、押し入れから薄手のコタツ布団を引っ張り出してかけたばかりだったのだ。

 感動で瞳を輝かせたその子は、俺に何の断りもなく、コタツ布団の中に潜り込み、そして次の瞬間――そう、本当の一瞬で眠り込んでしまったのだ。

「お、おい」

 肩を小突いてみたが、起きる気配は全くない。

 完全に熟睡している。

 これを爆睡というのだろう。

 ところで、時々思うのだけど、この爆睡って言葉を最初に使った人のセンスって凄いと思う。

 だって、『爆発するように睡眠』するんだぜ。

 爆発したらうるさくて眠れないつーの。うっかりしたら永久にお休みだっつーの。

 ともかくも、いくら揺すっても起きないその物体に対して、途方に暮れるしかなかったのだ。

「どうすんだよ、これ」

 そんな俺の独り言が、閉店間際の『すおう』に吸い込まれていった。

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