第2話 男の子の悩みごと
*
実はこの前の月曜日はボクの誕生日だったんだ。
そして、その日の放課後、帰り支度で教科書をカバンの中に入れようと思ったら、カバンの中に何か入っているのに気が付いたんだ。
綺麗なリボンが付いていたからそれがプレゼントだってすぐに分かった。
どうやら、ボクがいない時を見計らって誰かが入れたみたいなんだ。
プレゼントの包装紙には『山県(やまがた)書店』って印刷があった。駅前にある本屋さんだよね。
で、開けてみるとメッセージカードと一緒にプレゼントが入っていた。ブックカバーだった。ボクが本を読むのが好きなことを知っていた人のプレゼントだと思う。
メッセージカードには、いかにも女の子らしい、色とりどりのマーカーで『たんじょうび、おめでとう!』って書いてあった。
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「モテモテだね」
*
話の腰を折るのはやめてよ。話すのやめるよ。
で、ここからが本題なんだけど、そのメッセージカードには名前が書いていなかったんだ。たぶん、書き忘れたんだろうと思う。
それで、ボク困っちゃったんだ。一体、誰にお礼を言ったら良くか分からなくて。
ただ、ボクの趣味が読書だっていうことを知っている女の子は限られていて、五年二組には五人しかいない。その五人の誰かだとは思うんだけど、面と向かって「ボクに誕生日プレゼントくれた?」なんて聞き回るわけにもいかないし……。
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「どうしたら良いと思う?」
男の子は懇願するような目つきで俺を見上げる。
……ばあちゃん、こんな悩み事相談みたいなこともやっていたのか。駄菓子と関係ないじゃん。
確かに、ばあちゃんは昔から頭が切れている人だったから、こんなこと即座に答えてしまうんだろう。
でも、ともかく今はこの男の子の頼みを聞かなきゃいけないのは、俺だ。
……全く面倒なことを押しつけてくれたもんだ、ばあちゃん。だけど、ばあちゃんが守ってきた駄菓子屋『すおう』の看板にも傷を付けないためにもここは俺が答えなくてはならない。
ばあちゃんの七十七年の年月には適わないまでも、俺だって十七年間の短い人生の中でいろいろなことを『解決』してきたんだ。こんな小学生の男の子の悩みくらい解決できないわけがない。俺は思考を巡らす。
『プレゼント』『ブックカバー』『五人の女の子』『たんじょうび』『五年二組』――
……答えが出ない。
必要なキーワードは頭の中をぐるぐると廻っている。そこから何かが産まれようとしている予感だけはしている。
だけど、起爆材料が足りない。頭の中のソフトがフリーズを起こしていて、ちっとも計算を始めない。
『スイッチ』か。
俺は昔、ばあちゃんに教えて貰ったことを思い出した。
そしてそれは今でも続けている大切な習慣だ。
やる気を出すこと、本気を出すこと。それらを行うことは本当に大変なことだ。だから、自分の中できっかけを作る。そのきっかけは何でも良い。とにかく、そのきっかけ――つまり『スイッチ』を入れたら、自分のギアが一段上がるように自分に暗示を掛けるのだ。
そして俺の『スイッチ』はこれだった。
俺は『すおう』の店先に並んでいる駄菓子の一つをつかみ取った。それは『ボトルラムネ』。錠剤状のラムネがプラスチックの容器に入っているという駄菓子だ。
俺はそれを数粒、口の中に放り込む。奥歯でそいつらを砕くと、シュワっと舌を刺激するような清涼感が口の中に広がった。目の奥で星が散らばるような既視感を覚える。そして、聞こえない音が頭の中で鳴った気がした。俺は確信した。
そう『スイッチ』が入ったことを。
「……分からないよね。やっぱり、ばあちゃんじゃなきゃ」
男の子がそう呟きながらがっくりと肩を落とし掛けた時、俺は間髪入れずに口を開く。
「五人の女の子かあ。それはつまりキミの『趣味が読書』ということを知っていて、なおかつ『プレゼントをくれるくらいに好意を持っている』女の子、ということなんだな?」
「……まあ、自分で言うのも恥ずかしいけど、そういうことだよ。……そうだ! その女の子たちの特徴とか、貰ったプレゼントの絵柄がどういうものなのか、とかの情報が必要だよね。ええと、まずは」
「必要ないよ」
「え?」
驚いたように顔を上げる男の子に俺は、とある四文字のひらがなをメモに書いて、渡した。
「この名字の友達はクラスにいる?」
男の子はそのメモに書かれた四文字のひらがなをしげしげと見てから首を横に振る。
「ううん」
「なら、この『ひらがな』をその五人の女の子に『漢字』で書いてもらいな。たぶん、それで悩みは解決だ。そのドジっ子ちゃんはすぐに見つかる」
男の子は驚いたようにそのメモに書かれた『文字』をもう一度見返すと、何かを理解したように、大きく頷いた。
「分かった! 明日やってみるよ!」
男の子は目をきらきらさせて、『すおう』の外に飛び出すと、乗ってきたマウンテンバイクに再び飛び乗り、勢いよく帰って行った。
ふう、と俺は息を吐く。
……ばあちゃん、ひょっとして、病院で「耕平なら任せられる」とか言っていたのは、こういうことだったのかな。俺の事を買いかぶりすぎだ。俺は、ばあちゃんほど頭良くないよ。実際、今の相談に答えるのも精一杯だった。
……ところで、さ。
俺はもうすでにその後ろ姿が小さくなってしまった男の子を見送りながら思った。
……記念すべき、第一号のお客様、何も買っていないよな。
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