第4話 あおいさんの追跡

 という『どたキャン』の様子を唖然として見ていた竜也たちを余所に、俺はスマホでみーちゃんのブログ『ごきげん、ハルカ』をチェックした。

 そしてついさっきアップされた『誘拐された私の友人の情報をお願いします!』という記事に、凄まじい勢いでコメントが付いていたのを確認する。

 そのほとんどが『本当?』『マジか?』『番組の企画じゃないの?』というそもそもみーちゃんの発言を疑うコメントだったが、その中にちらほらと確かそうな情報が見え始めていた。

『サッカーボールの跡の付いた車見た! 国道十四号線走っていた!』と『今、西船橋で信号に捕まっている』のコメントが一番、最新で重要そうな情報だった。

「十四号線の西船の辺りだ! まだ船橋を出ていない!」

 俺は立ち上がった。

 ここから西船橋ならチャリンコで十分ほどで着く!

 ……バカか。

 俺が十分掛けて自転車を漕いでいる間に犯人の車はどれだけ先に行ってしまっているというんだ。

 でもここでじっとしていることなんて出来ない。

 居てもたっても居られず、『すおう』の外に出ようとしたその時、目の前に見慣れた車が走り込んでくる。

 車のボディに『山平商店』の文字。

 あおいさんだ。

「毎度ー。配達遅くなってごめんねー……って、なに? 耕平君、なんでそんな殺気立っているの!」

 これが天の配剤というヤツか、それとも千載一遇のチャンスというヤツか! 

 この機を逃したら、もう二度とケイを救出することは出来ない。頼れ、俺!

「なになになに、なんなの!」

「いいからいいから!」

 頭の中疑問符だらけのあおいさんは無視して、俺と竜也は山平商店カーに強引に乗り込んだ。

 だが続いて乗り込もうとしていた良太を俺は押しとどめた。

「良太。悪ぃ。お前は残ってくれ。これから来る救急車と警察に対して、全ての事情を説明出来るのが、俺を除くとお前しかいない」

 もちろん、これは詭弁だ。

 本当はここから始まる危険な仕事に小学生を巻き込むわけにはいかないという判断からだった。

 一瞬、無念そうな表情を見せた良太だったが、すぐに納得してくれたようだ。

「分かったよ。ボク、『ですお』に残っている。……でも」

 良太はそこで一呼吸置くと、にっこりと笑った。

「貸し『1』だよ、耕平兄ちゃん」

 俺は親指を立ててそれに応えた。

 ……しかし、俺、良太のいくつ貸しを作っているんだろう。

 取り立てが怖い。

 最終的に内臓を売るハメになったりしないだろうか。ま、それはともかく――

「とにかく車を出して、あおいさん! 西船橋方面に!」

「う、うん!」

 訳も分からず、反射で車を発進させるあおいさん。

 さすが肉体言語のガテン系だ。

 頭で考えるより身体が先に動く辺りが素晴らしい。

 だけど、いつまでも理由を説明しないわけにもいかない。

 胡乱な表情で本町通りから西船橋方面にのろのろと車を向けたあおいさんに、俺はかいつまんで事の流れを説明した。

 ケイがサイアム王国の王女様だったこと。

 そのケイが誘拐されたこと。

 みーちゃんの協力もあって、そのケイを乗せたサッカーボールの跡のついた車は西船橋方面に向かっていることが分かっているということ。

 そこまで説明したら後は早かった。

 急にその目を爛々と輝かせたかと思うと、あおいさんは、思い切りハンドルを切って車を急転回させた。

 俺と竜也は悲鳴を上げる余裕も無かった。

 タイヤの焦げる匂いが鼻腔を刺激する。

「そういう理由なら任しておいて! この辺りの裏道は知り尽くしているよっ! 伊達に駄菓子屋配達はしてないってところを見せてやる!」

 あおいさんはいきなり脇道に入り込んだ。

 ここは一方通行だろ? というくらいの細道をあおいさんはひたすら突っ走る。

 なるほど、駄菓子屋は基本的に『すおう』みたいに自宅を改造して営んでいる場合が多い。

 そうなると必然的に細道、路地裏、裏道に点在することになる。

 だからあおいさんは裏道に詳しいんだ。

 あおいさんは船橋在住の俺ですら、通ったことのないような道を物凄い勢いで突き進む。

 俺はその激しい急制動に耐えながらスマホ画面を覗き込んだ。

 みーちゃんのブログのコメント欄は凄い勢いで更新されていく。

 その中で一つ有用な情報を見つけた。

「あおいさん、新しい情報が入った! 車は十四号線から北に折れて、競馬場の方に向かったらしい!」

「ふふん、どうやら十四号線の渋滞に焦れて、右折したみたいだね! 中山競馬場方面なら良い道知っているよ!」

「……だけど、どうして高速道路を使わないんだ? 高速使われたら追いつくことも出来なかったのに」

 それに対してあおいさんは軽快にハンドルを捌きながら答えてくれる。

「高速はオービスなんかの監視網が充実しているからね。警察から逃げ切れないって判断したんだと思うよ。まして運転しているのは外国人だろ? 使い慣れていない高速道路に乗るのは抵抗があると思うよ」

 そう言ってあおいさんの操る山平商店カーはどんどん加速していつの間にか東海神駅の北側に出ていた。

 そして細かい道の左折を繰り返し、ついに中山競馬場の脇道に突入する。

 なんとここまで五分もかかっていない。

 そしてあおいさんは、呟くようにこう予言する。

「この時間帯の競馬場横の県道は渋滞するからね! たぶん、競馬場の正面で追いつくよっ!」

 その言葉を裏付けるように、みーちゃんのブログのコメント欄に次のようなコメントが書き込まれた。

『今、中山競馬場前に車が居る! 警察に通報しますた!』

 まるでスパイ衛星のようなあおいさんの予言にたじろぐ暇もなく、あおいさんは車を競馬場交差点に突入させた。

 そしてタイヤの音を激しく鳴らせて右折する。

 後輪が横滑りする……ってあおいさん、赤信号だって!

「人の命と交通違反どっちが大事なのさっ!」

 ……あおいさん、目がイっちゃっている。

 もう完璧、人格が変わってしまっている。

 でも、今はそれが頼もしい。

 そしてその数秒後、ドリフトしたままの車の中で俺は目の端に『それ』を捕らえた。

「いたあああっ!」

 俺たちの三台前にサッカーボールの跡を付けた車が居た。

 渋滞で身動きが取れずに右へ行ったり左へ行ったりと、不穏な挙動を繰り返しているのですぐに分かった。

「あおいさん、あれだっ!」

「オッケイだあっ!」

 あおいさんは、間髪入れずに車を歩道に乗り上げると、がつがつと車を進める。

 歩道を歩いている歩行者がびっくりして道を開けた。

 ガードレールにボディがこすれたけど、あおいさんは全く気にしていないみたいだ。

 そしてついにケイを乗せた車の前に飛び出ると、何の躊躇もなくハンドルを右に切った。

 あおいさん、肉体言語にもほどがあるっ!

「うおおおおおおっ!」

 山平商店カーの側面にケイたちを乗せた車の鼻っ柱がこすれた形だった。

 そのまま二台の車は横滑りをして歩道に乗り上げて、止まった。

 あらかじめ衝撃に備えていた俺たちでさえも、たっぷり三十秒は固まって動けなかった。

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